第36話 秘密結社カミブクロンです

 スカイフィッシュの生息地は岩場だ。

 そこには小さな滝と小川が流れており、とても景色が綺麗だった。

 そして岩と岩のあいだを、ピュンピュンと何かが飛び交っている。


「あれがスカイフィッシュですわね」


「授業で習ったとおり速いですねー」


「でも、何とかなりそう」


 スカイフィッシュは音よりも速く飛ぶ。

 その動きを見切るのは熟練冒険者でも難しいが、ローラたち三人にとっては遊びのようなものだ。


「今だ、えいっ!」


 ローラは腕を伸ばし飛んできた影をガシッと掴む。

 一発で捕獲に成功した。

 ヘビに小さな羽根を生やしたような生物が、ローラの手から脱出しようとピチピチと暴れている。


「大人しくしてください!」


 ローラは暴れるスカイフィッシュを岩に叩き付ける。

 スカイフィッシュは死んだ!


「え、えぐいですわ……」


「ローラって大人しそうな顔なのに、ときどき凄い」


 シャーロットとアンナが引きつった顔になっている。


「じゃあどうしろっていうですか! まさか生きたままギルドに持っていくんですか!?」


「大人しくさせるにしても、冷凍するとか感電死させるとかあるでしょうに。それが岩に叩き付けるなんて……女子力がたりませんわよ、ローラさん」


「片腕を生贄に捧げて霊獣を召喚するシャーロットさんには言われたくありません!」


「試合中のことはノーカンですわ!」


 シャーロットは謎の理論で自分の正当性を主張した。

 もちろんローラはそんなことでは論破されない。


「二人とも。イチャついてないでスカイフィッシュ捕まえよう」


 アンナの一言で我に返り、真面目にスカイフィッシュ狩りを再開する。

 ローラとアンナは捕まえたスカイフィッシュを岩に叩き付けて殺す。

 シャーロットは電気魔法で焼き殺していたが、途中から面倒になったのか、結局叩き付けて殺し始めた。


「五十匹も捕まえちゃいましたね」


「持って帰るのが大変ですわ」


「でも、これだけあれば、結構なお金になる」


 岩の上に積み重ねたスカイフィッシュを見て、三人は満足げに笑い、汗を拭う。

 そのとき、近くにある森から轟音が聞こえてきた。

 同時にローラは魔法の発動を感知する。

 誰かが戦っているらしい。

 おそらくは、ベヒモスと冒険者たちだ。


「スカイフィッシュを持って早く逃げたほうがいい」


「いいえ。ベヒモスなんて滅多に見られるものではありませんわ。せめて一目見てから帰りましょう」


「ですね! 私もベヒモス見たいです!」


 ローラとシャーロットは頷き合う。

 しかしアンナだけは「えー」と嫌そうにしていた。


「私は二人ほど化物じみた強さじゃないのに……」


「大丈夫です! いざとなったら守ってあげますから。レッツゴー!」


 三人は森にずんずんと入っていく。

 向かうべき場所は簡単に分かった。

 激しい戦いの音がひっきりなしに聞こえてくるからだ。


「おお、戦ってます戦ってます。ベヒモス凄いですね、木を薙ぎ倒してますよ」


 ベヒモスは家よりも大きな怪物だ。

 シルエットはサイに似ているが、もっと凶暴な顔付きをしている。


「対して、真紅の盾とホークアイは情けないですわ。あれだけの大所帯でも仕留めきれませんの?」


 茂みに身を隠し、ローラたちは戦いを見守る。

 二つのパーティーは合計二十人ほどだ。

 ベヒモスを取り囲み、魔法と矢で攻撃し、足を止めてから接近戦を挑む。

 だがベヒモスの皮膚は厚く、攻撃がなかなか通らない。


「くそ、こいつ通常のベヒモスより強いぞ! 変異種だ!」


 かなり苦戦している。

 ハラハラしながら見ていると、ベヒモスの尻尾で冒険者の一人が吹き飛ばされた。

 それを助けるため魔法使いが回復魔法を使用。おかげで支援火力が落ち、ベヒモスの動きが激しくなる。

 真紅の盾とホークアイの瓦解は時間の問題だ。


「見ていられませんわ! ローラさん、アンナさん。わたくしたちも参戦しましょう!」


 確かに、そうしなければ彼らが死んでしまう。

 だが、リヴァイアサンで一度叱られたのだ。

 こんなに目撃者がいる中でベヒモスを倒したら、エミリアの頭から角が生えてくるかもしれない。

 ベヒモスを倒してから口封じをすればいいのでは、なんて考えが一瞬ローラの頭をよぎる。

 しかし目撃者たちの口を糸で縫い付けている自分を想像し、恐ろしくなってブルブルと震えた。


「口封じなんて可哀想ですよぅ……!」


「はぁ? 忘れたのですかローラさん。こんなときのために王都で紙袋を買ってきたではありませんか」


「あ、そうでした! これで変身すればいいんですね!」


 買った紙袋にはちゃんと目のところに穴を空けてある。

 これさえあれば何をやってもバレない、はず!

 ローラとシャーロットは嬉々として紙袋を被り、若干嫌がっているアンナにも無理矢理被せる。


「変身完了。ではさっそく……氷の槍!」


 ローラは空気中や地中から水を集め、凍らせ、巨大な氷の槍を作り出す。

 そしてベヒモス目がけて発射。

 腹部に命中し、反対側から飛び出すくらい深く突き刺さる。


「グオオオオオオオオオン!」


 ベヒモスは突然の痛みに悲鳴を上げる。

 二番手のシャーロットは手加減せず雷を落とした。

 雷は氷の槍を通してベヒモスの体内へと侵入。一面に肉が焼ける匂いが漂う。


「トドメはアンナさんです。強化魔法をかけてあげますから、やっちゃってください!」


「見せ場を譲って差し上げますわ」


「別に見せ場とかいいのに……」


 ボヤきつつ、アンナは背負った剣を抜き、ベヒモスへと走った。

 ローラとシャーロットは同時に筋力強化の魔法を実行。

 アンナは極限まで強化され、一刀のもとベヒモスの首を切り落した。


「き、君たちは一体……?」


 冒険者たちは何が起きたのか分からないという顔でローラたちを見つめる。


「私たちは通りすがりの『秘密結社カミブクロン』です。パジャレンジャーとかギルドレア冒険者学園とは全く無関係です! ではさらば!」


 変装が完璧ゆえに、正体がバレる可能性は低い。

 しかし世の中には万が一ということもあるので、ローラたちは素早く逃げ出した。


「人助けは気持ちがいいですねー」


「ベヒモスと戦えて満足ですわ」


「私がベヒモスの首を……やっぱり強化魔法って凄い」


 三人とも清々しい気分で寮に帰った。

 そして次の日、学校でエミリアに滅茶苦茶怒られた。


「紙袋被っても制服着てたらバレるに決まってるでしょぉぉぉぉ!」


「ひーん、ごめんなさーい」


 ローラたち三人は午前中の間、廊下に立っていることになった。

 しかも捕まえたスカイフィッシュを持ち帰るのを忘れていたと今頃気が付く。

 踏んだり蹴ったりだ。

 スカイフィッシュを売ったお金で新しい剣を買おうと思っていたのに、とローラは涙を流した。

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