第33話 決着
「論ずるまでもなく中止にすべきでしょう」
すでに消滅したリング。逃げ出した観客と生徒。
戦っていた二人も空を飛んでいった。
校内トーナメントはその体を成していない。
ゆえにリングの跡地に集まった教師たちは満場一致で『中止』の判断を下す。
それはつまり、教師たちが徒党を組んでローラとシャーロットの決戦に乱入し、力尽くで止めるということ。
それしかないのだ。
もう一人や二人の教師では、彼女らには勝てない。
(ローラさんだけでなく、シャーロットさんにも追い抜かれた)
エミリアは空を見上げて唇を噛み締める。
視線の先では無数の爆発が連鎖していた。
少女二人の魔力がぶつかり、王都全体の大気を揺らしている。
いっそ一人で空に殴り込んで、混ざりたい。
なのに自分にはその実力がない。
何をどうしたら届くのかも分からない。
もうこれ以上、生徒を先に行かせるわけには――。
「やめなさいよ、みっともない」
凜とした女性の声が風のように流れた。
それだけでギルドレア冒険者学園の教師全員が姿勢を正す。
声の主は、白銀色の髪を揺らす女性。
〝麗しき大賢者〟の二つ名を持つ人類史上最強の魔法使い。
この学園の学長。
カルロッテ・ギルドレアその人である。
「可愛い生徒が一生懸命頑張って強くなって、それを存分に発揮しているのを教師がよってたかって邪魔をする? どうして? 若者の才能を伸ばすというこの学園の理念はどこへ消えてしまったのかしら?」
「ですが学長! このままでは王都そのものが!」
エミリアは抗議する。
至極当然の主張だろう。
むしろ大賢者が何を言っているのか分からない。
教師たちは学園長に詰め寄ろうとした。
そのときである。
大賢者以外の全員の顔に、緊張ではなく、恐怖が走った。
足が動かないのだ。
筋力強化魔法をかけて全力をだしても、ピクリとも動かない。
「あなたたちの動きは私が封じたわ。気付きもしなかったの? 情けない。校内トーナメントが終わったら夏休み。教師全員、私が一から鍛え直してあげようかしら?」
大賢者の教えを受ける。
それは願ってもない幸運であるが、今問題にすべきはそこではない。
「学長……お願いします。このままでは本当に王都に被害が出てしまいます」
「王都は私の結界で包んだわ。魔神の攻撃であってもガラス一枚割らせない」
「だとしても二人が無事では済みません!」
「首から上が残っていれば私が再生させる。さあ、もう疑問はないでしょ?」
疑問はいくらでもある。
生徒に試合ではなく死闘をさせていいのか、とか。
こんな騒ぎを起こして女王陛下に何と言い訳するのか、とか。
このままでは教師の面子が立たない、とか。
(面子……? 待って、何よそれ)
エミリアは自分の思考に愕然とした。
「あなたたちはね。空で戦ってる二人に嫉妬してるだけなのよ。もう見てられないんでしょう? けれど、良かったわね。嫉妬できて。あれは自分とは関係ない世界だからって強者から目を背ける腑抜けがこの中にいなくて、私もホッとしているわ。あなたたち、まだ強くなれるわよ、おめでとう」
そして大賢者は空へ向かって宣言する。
「ローラちゃん、シャーロットちゃん。王都への被害は気にせず。怪我も頭部が残っていれば大丈夫。すべて私が何とかするわ。ゆえに存分にやりなさい。大賢者カルロッテ・ギルドレアの名において、あなたたちの決戦を許すわ」
もう大賢者に意見をする者はいなかった。
△
ローラはシャーロットと互角以上に飛び回っていた。
なんて忌々しい才能だろうか。
こちらは体を浮かすだけでも四日もかかったのに。
今日、見ただけで飛行魔法を成功させ、どんどん上手くなっていく。
既にシャーロットよりも複雑な動きをしている。
長期戦は不利だ。
早くしないと、またローラの背中が見えなくなってしまう。
だが、どうやって勝負を決めようか?
現状、シャーロットは何とか食らい付いているが、徐々に差が広がっていく。
ローラがこちらの攻撃を完璧に防いでいるのに対し、シャーロットは防御結界に微細な穴を空けられ少しずつ削られていた。
致命傷こそ負っていないが、制服も肌もボロボロだ。
一瞬でいいから何とかローラの動きを止めて、アレを召喚さえすれば勝機があるのだが。
その一瞬を作り出せないからこそ負けている。
あれだけ努力したのに、やはり届かないのか。
シャーロットは半月にわたり、アビスの門に潜った。
それは霊獣が群れをなす空間。ガザード家のご先祖様が作り出した地獄だった。
その中でシャーロットは、殴られ踏まれ焼かれ喰われ磨り潰され溶かされ、その度に強制回復をされて、不眠不休で痛めつけられた。
霊獣たちは多彩な技を使っていた。
それを見て盗んで、逆に霊獣を倒す。
無謀な試練だ。考えたご先祖様は正気をどこかに落としてしまったに違いない。
おかげで霊獣の包囲網から抜け出すのに手間取って、予選に遅れそうになった。
もっとも、それで強くなれたから、ご先祖様は正しかったということだろう。
問題なのは、強くなったのにローラに勝てないということだ。
シャーロットは絶望に沈みかけながら、それでも一縷の望みをかけてローラと攻撃魔法を撃ち合う。
そのとき、女性の声が聞こえてきた。
それは大賢者カルロッテ・ギルドレアを名乗り、王都の安全と、こちらの生命を保証するようなことを言った。
なんともありがたい申し出だ。
しかしシャーロットは、言われるまで気にしていなかった。
王都のことも。そして自分の命も。
ただ勝てればいいという思考停止。
今日勝てるなら明日死んでもいい――。
「もうやめませんか、シャーロットさん」
不意に、攻撃が止まった。
王都上空を炎で包むほどの猛攻が、飽きてしまったかのように終わった。
「え?」
やめませんか、と、そう言ったのか?
なぜだ。まだ二人とも動けるのに。こちらは死ぬまで続けてもいいと思っているのに。
ローラにとってシャーロットはその程度だったということか。
もう戦うに値しない。これ以上続けても得るものがない。つまらない。
そう思われてしまったのか。
「出し惜しみするのは、もうやめましょうよ」
ところが、ローラが続けてはなった言葉は、想像とは真逆だった。
「分かってるんですよ。なにか大技を狙ってるんでしょう? シャーロットさんは顔に出やすいですからね。バレバレです。小技の応酬はここまでにして、本番しましょうよ。幸い、大賢者様が王都を守ってくれるみたいですし」
ローラは動きを止めていた。
空中に静止して、両腕を広げて誘っている。
「わたくしが大技を持っているとして……それを受け止めるつもりですか、ローラさん」
「はい。避けずに受け止めます。私、シャーロットさんには半端な負け方して欲しくないです。あの技を出せていたら勝てたとか、こう立ち回っていたら勝てたとか、わだかまりを残して欲しくないです。だから遠慮せず、どうぞ。大丈夫です。私が勝ちますから」
そう語るローラの瞳に、慈悲や憐れみはなかった。
あるのは期待の色。
シャーロットが半月で手に入れたものが何なのか早く見たいという好奇心。
バカだなぁ、と呆れてしまう。
戦いのさなかだというのに、ついため息がもれた。
誰に呆れたのだろう。ローラにか、自分にか。
ああ、きっと両方に。
「……分かりましたわ。これが全力です。受け止めてください。勝つのはわたくしです」
そして唱える。
アビスの奥底に眠る霊獣を呼び寄せる呪文を。
「深淵に住まう獣よ。全てを喰らい尽くす者よ。我が魔力と血と腕を捧げる。ゆえに出でよ。走れ疾れ、狩り尽くせ――」
黒い魔法陣が空に広がった。
そこから顔を見せるのは黒い毛並。紅い瞳の狼。
鋭い牙がシャーロットの右肩に突き刺さる。
皮膚と肉を引き裂いて、やがて骨まで達し、そして狼は右腕を捻りきった。
「――ッ!」
流石に、痛い。涙が出た。
だが黒い狼はシャーロットの腕を美味しそうに食べている。
ゆえに契約は成立。
そのことに安堵し、そして命令を発する。
「さあ、お征きなさい!」
魔法陣から狼の全身が飛び出した。
馬よりも象よりも大きなそれは、空中を四肢で蹴飛ばし、顎からシャーロットの血をしたたらせながらローラへと疾走した。
一歩ごとに空間そのものが振動する。
彼を支えるのは底なしの食欲だ。
相手の魔力が強ければ強いほど美味らしい。
決して満たされることのない飢えを満たすため、彼は強い魔法使いを見付け次第、捕食する。
自分を食べようと走る狼を見て、ローラは全身を覆う防御結界を強化した。
同時に迎撃の準備。
炎の弾と氷の槍と雷の剣を形成。それぞれ十本ずつ。
一斉に狼へと叩き付けた。
爆発でローラと狼が包まれる。いたるところで放電現象が発生し、まるでこの世の終りのような有様だ。
大賢者が王都を守っていなかったら、百人単位で死人が出ていたかもしれない。
そして爆発の炎が収まる前に、ローラの詠唱が聞こえてくる。
「穴蔵に住む畜生よ。汝に疾走の許可をくれてやる」
突風で炎と煙が晴れた。
その風を起こしたのは狼だった。
ただし、シャーロットが召喚した個体ではない。それはもう死んだ。
第一、シャーロットが呼んだのは一匹だけ。
なのに今、目の前に三匹もいる。
またしてもローラは見ただけで覚えたのだ。
ガザード家の霊獣である狼を、アビスの門から召喚する術。この一瞬で会得したのだ。
「――征け」
三匹の狼はシャーロットに体当たりした。
それを防ぐ魔力なんて残っていない。
狼を一匹召喚した時点で、シャーロットは絞りカスのような状態になっていた。
薄れゆく意識の中、かつてエミリアに言われたことを思いだした。
技を使った瞬間に模倣される。
狙うなら一撃必殺。
し損じれば何倍にもなって返ってくる。
ああ、まさにその通り。
分かっていたことなのに。
どうすることもできなかった。
あの技を出せていたら勝てたとか。
こう立ち回っていたら勝てたとか。
そんなわだかまりのない、完全な敗北だ。
けれど、次は、絶対に、勝つ――。
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