第32話 決勝戦です

 決勝戦、である。


 本来なら観客のテンションは最高潮に達し、闘技場は歓声で包まれているはずだった。

 しかし準決勝のシャーロットが凄まじすぎて、シーンと静まりかえっている。

 耳が痛くなるほどに。


 そんな闘技場の中に、二つの足音だけが響いていた。

 ローラとシャーロットの足音だ。

 二人はリングの中央で立ち止まり、互いを見つめ合う。


「とりあえずシャーロットさん。決勝進出おめでとうございます」


「ありがとうございます。これでようやくローラさんと戦えるのですね」


「はい。それにしてもシャーロットさんは本当に凄いです。ここまで誰にも大ケガさせることなく来ました。圧倒的な力の差です。アンナさんの心を折った手腕も見事でした。一瞬で勝負を決めちゃいましたね」


「勝つためには盤外戦術も必要ですわ。けれどもローラさん。あなたに心理戦は仕掛けません。意味があるとも思いません。わたくしはローラさんと真っ向勝負がしたいですわ。空の飛び方は覚えましたか?」


「ええ。何とか大丈夫そうです」


 そう呟いて、ローラはわずかに体を浮かせてみせる。

 前に飛行魔法を試したときは加減が分からず、天井に頭をぶつけてしまった。

 しかしその失敗と、シャーロットが飛んできたのを参考に、修正を加えたのだ。


「結構ですわ。では始めましょう。力と力をぶつけ合いましょう」


 シャーロットは待ちきれないといった様子だった。

 なんて〝勝利〟に貪欲な人なんだろうとローラは思う。

 格下相手には奇襲もするし心理戦もやる。手っ取り早く勝つためだ。

 しかし格上に挑むときは、相手が十全に力を出せる状態にしてから戦う。

 セオリーとは真逆の発想。

 だがシャーロットにとって勝利とはそういうものなのだろう。

 待ち望んだ勝利の純度を曇らせないため、シャーロットはあえてローラの前で飛行魔法を使ったのだ。

 そんなにもシャーロットはローラに勝ちたい、、、、のだ。


「ねえ、シャーロットさん。私はあなたを友達だと思っていました。毎晩一緒に寝るのが楽しかったです。けれどシャーロットさんは、何を思って私と一緒にいたんですか?」


 戦う前に、それだけはどうしても知っておきたかった。

 するとシャーロットは、心底意外そうに瞬きし、「決まっているでしょう」と笑みを作る。


「ローラさんは大切なお友達ですわ。わたくしはあなたが大好きです。そして同時に倒すべきライバル。そこに何の矛盾がありましょうか」


「そうですか……安心しました。あんまりにもシャーロットさんが強くなりすぎていて、私、もしかして嫌われているのかと思っちゃいました」


 本当に。

 シャーロットは強くなった。ローラが恐れを抱くくらいに。

 百倍近い適性値を埋めてくるような努力は、人間のやることじゃない。

 けれど。

 シャーロットの声はとても穏やかで。

 同時に隙がない。

 純粋に戦って勝ちたいだけなのだと、ようやく理解した。


「わたくしがローラさんを嫌いになるとしたら、それは」


 手加減をしたとき。わざと負けたとき。


「分かっています。私だって冒険者の子供です。手加減なんてしません。シャーロットさんの半月を無駄にはしません。全力で叩き潰します。絶対に勝つのは私です」


「いいえ、勝つのはわたくしですわ!」


 係の教師は、試合開始の合図を忘れていた。

 そしてローラもシャーロットもそんなものを気にしていなかった。

 始めるのは二人の意志だ。


「いざ」

「尋常に」


「「――勝負――」」


 まずは小手調べ。

 手の平に魔力を集中させてぶっ放すだけの光の矢。

 互いに同じ技を使用して、衝突して――。


 瞬間、半世紀にわたって生徒たちの血と汗を吸ってきた闘技場のリングが、この地上から完全に消滅した。

 この戦いにリングアウトという萎える結末は存在しないのだ。


 土砂が巻き上がり、リングの破片が飛び散り、客席を守る防御結界に当たって跳ね返る。

 この時点ですでに闘技場から逃げ出す観客が多数いた。

 だが当然、ローラもシャーロットも頓着しない。

 そもそも相手のことしか見えていない。


 炎に水に雷に風に光。

 宣言通り、ぶつけ合って防御し合う。


 ローラは魔力を加減していない。

 なのにシャーロットは二本の足で立っている。

 そのことに感謝。

 入学して初めて〝敵〟に出会えた。ありがとう。よくぞここまで鍛えた。

 その闘争心がこの上なく嬉しい。

 全ては自分ローラを倒すための研鑽なのだ。

 シャーロット・ガザードという好敵手が同学年にいた幸運を天に感謝する。


(大好きです。あなたは本当に素敵です)


 ゆえに全身全霊で。一切の慈悲なく完膚無きまで打ち負かす。

 シャーロットがそれを望んでいるのだ。

 全力で勝とうとするローラを真っ向から倒すことが目的なのだ。


「私の全力――つまり剣も使います。構いませんね!」


「ええ、もちろん! ローラさんの全てを見せてくださいな!」


 抜剣して刀身を強化。

 強化、強化、強化、徹底的に強化。

 伝説の超金属オリハルコンと打ち合っても勝てると自負できる領域まで強化し、シャーロットに振り下ろす。

 無論のことローラの身のこなしは超音速。剣先は更に速い。

 発生した衝撃波だけで軽く十数人は殺せそうだ。


 そんな斬撃にシャーロットは手の平を重ねる。


「まさかこんなものが、わたくしに届くとでも?」


 シャーロットの魔力が高温を発生させ、ローラの剣をドロドロに溶かしてしまう。

 驚きだ。まさか強化した剣を破壊されるとは思わなかった。

 しかし斬撃を防がれるところまでは予測している。

 よって次の攻撃。

 闘技場上空に巨大な雷の精霊を召喚。

 自分ごとシャーロットを踏みつぶすように命令。


「そう来ましたか――ならば!」


 地面が盛り上がった。

 リングの破片と土が混じり合って巨人の姿になっていく。

 シャーロットが闘技場の地面で大きな像を作り、土の精霊を憑依させたのだ。


 土の精霊は巨腕を振り上げる。

 狙いはもちろん雷の精霊だ。

 土がアースの役目を果たし、電撃からシャーロットを守る。

 しかし超高熱に晒させ、土の一部がガラス化してしまう。

 そのまま二匹の精霊は激しく戦い、雷は大気中に四散し、土はガラスになって砕け散った。


 そして精霊が戦っている間も、ローラとシャーロットは変わらず魔力をぶつけ合っていた。


「たった半月で、どうしたらこんなに強くなれるんですか。後学のために教えてください」


「ですから、ただ努力しただけですわ」


「ただ努力しただけ、、……すると睡眠は?」


「していませんわ」


「食事は?」


「山ごもりする前と、今日ここに来る前に一度ずつ」


 どうにかしている。

 完全に人間のやることじゃない。


「ローラさんに……適性値9999に追いつくとはそういうことなのです。わたくしは追いつけましたか? 肩を並べましたか? 前に出ることができましたか? わたくしにはまだローラさんが分からないのです。本気を、本気を出してください!」


「ちゃんと本気ですよシャーロットさん。けれど、そうですね。あなたと一緒なら、私はもっともっと遠くへ行けるような気がします。こんな狭いところじゃなくて……一先ず、飛びましょうか!」


 舞台は闘技場を離れて王都上空へと。

 もはやギルドレア冒険者学園の行事でもなんでもなかった。


 決戦だ。


 友達同士だから。

 楽しむために。

 本気で。

 誰にも気兼ねなく。

 空高くへ。

 二人っきりの世界へ――。

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