第16話 イチゴパフェです
晩ご飯には早い時間だったので、食堂は空席だらけだった。
それでも食堂のオバチャンたちは働いており、注文可能というのがありがたい。
「すいませーん。イチゴパフェ二つくださーい」
「あら、あんたたち小さいのね。少し大盛りにしてあげるわ」
「ありがとうございます!」
背が小さくて得をしたのは初めてだ。
とはいっても、ローラが小さいのは九歳だからであって、決して発育が遅いわけではない。
いずれは母親のようなナイスバディになるはずだ。多分。
「窓際に行こう。見晴らしがいい」
「ですね!」
食堂の外には観賞用の庭園が広がっている。
ご飯時は窓際の席が取り合いになるが、今は人がいないのでその心配はない。
ローラはトレイに二人分のイチゴパフェを乗せて窓際まで歩いて行く。
すると、そこには意外な人物がいた。
「あれ? シャーロットさんじゃないですか!」
「ローラさん!? と、えっと……アンナさんだったかしら?」
「どうして私の名前知ってるの?」
この二人は初対面のはずだ。
それなのに名前を呼ばれ、アンナは不思議そうに首を傾げた。
「ふふ。わたくしの目的は学園最強。強そうな生徒は全員チェックしていますわ。特に同学年は念入りに! ああ、これは申し遅れました。わたくし魔法学科一年のシャーロット・ガザード。アンナさん、あなたはわたくしの『いつか倒すリスト』に入っていますわ」
「……見た目が派手な割にマメな人」
「ふふふ……」
シャーロットは不敵に微笑む。
だが、今のアンナの台詞は褒め言葉だったのだろうか。
ローラには判断がつかないので、口を挟まないことにしよう。
「シャーロットさんもイチゴパフェなんですね」
「べ、別にイチゴパフェを食べるために来たのではありませんわよ。自主練で疲れた体と頭に糖分を送り込むためですわ!」
「でもイチゴパフェですよね。私たちとお揃いです! 席をご一緒してもいいですか?」
「断る理由はありません。ご自由にどうぞ」
「ありがとうございます! 隣に座っちゃいます!」
ローラがシャーロットにくっつくように腰掛けると、
「じゃあ私は真向かいに座る」
アンナはシャーロットの正面に回り込み、その顔をジロジロと見つめ始めた。
「……人がパフェを食べているところがそんなに面白いのですか?」
「パフェはどうでもいい。ただ、魔法使いは見ただけだと強さが分かりにくいと思って」
「あら。するとあなたは、戦士同士なら見ただけで強さが分かると?」
「なんとなく分かる」
「へえ……わたくしも魔法使いならある程度は分かりますが、戦士の強さは分かりませんわ」
「誰しも専門外のことは分からないもの」
「そうですわね。けれど、いつまでも甘えたことも言っていられません。一流の冒険者になるなら、誰であろうと実力を見抜けるようになりませんと」
「同意。冒険者の道のりは険しい」
二人の会話を聞いて、ローラは「おや」と思った。
シャーロットもアンナも全く別タイプの人間なのに、意外と話が弾んでいるのだ。
シャーロットは一見高圧的だが、感情がすぐ顔に出て分かりやすい。そして話してみると、とても優しい人だというのが分かる。
アンナは基本的に無表情なので、何を考えているのか分かりにくい。実のところ、こうして何度も刃を交えた今でも、アンナが何を思っているのか分からない。だが剣にかける思いだけは伝わってくる。とても熱い。まっすぐ前を向いている。見ていて羨ましいくらいに。
「あ、ちなみに私は最近、両方の強さを見ただけで分かるようになりましたよー」
イチゴパフェをモグモグしながらローラは何気なく語った。
するとシャーロットとアンナの両方から、もの凄い目で睨まれてしまった。
なぜだろうか。
「ローラさん。あなた、たまに無邪気な笑顔でこちらのプライドを粉微塵に粉砕してきますわね」
「可愛い顔してむごい。心がチクチクしてくる」
「そ、そんなつもりで言ったわけでは……」
ただ会話に混ざりたかっただけなのに。
そんなにズレたことを言ってしまったのだろうか。
忌まわしきは魔法適性9999。
皆の感覚をつかむことができない。
早く空気を読めるようになりたいなぁ、と切に願うローラであった。
「ローラは私の心を乱した罰として、私に魔法を教えるべき」
「え? アンナさんに魔法を? それまたどうして。私はてっきり、アンナさんは剣一筋だと思っていました」
「もちろん、私は剣で戦う。けど、せっかく強化魔法と防御魔法の適性値があるんだから、覚えなきゃ損。特に筋力強化ができるようになれば、もっともっと強くなれるはず」
そういえば入学初日の測定で、アンナは『防御魔法適性:29』『強化魔法適性:31』という数値を出していた。
どちらも魔法学科で通用するレベルではないが、かといって全く使えないというわけでもない。
しかしアンナが魔法を覚えれば、ローラは彼女に剣で勝てなくなってしまう。
いや、彼女が魔法を使うなら、こちらも堂々と魔法を使えるので、条件は同じか?
「それにしても……私のお父さんって本当に偏った考え方だったんだなぁって今更思い知ってます。魔法なんて覚えても何の役にもたたない大道芸だって言われて育ちましたから。けどアンナさんは当たり前に魔法を取り入れようとしてるんですね。ちょっとビックリです」
「……普通の人間はそんな偏った思想を持たないから」
「そうですわ! 魔法が大道芸なんて、よくもわたくしの前で言ってくれましたわね!」
シャーロットは顔を真っ赤にし、テーブルをバシンと叩く。
「私が言ったんじゃありません! お父さんの言葉です!」
「誰の言葉だとしても、わたくしの耳に届かないようにしてくださいまし。鼓膜が腐りますわ!」
ローラは、シャーロットも十分に偏った思想だなぁ、と思った。
「エドモンズ家の魔法嫌いは冒険者の世界ではとても有名。特にブルーノ・エドモンズはヤバイという評判」
「やっぱりそうなんですか? はぁ……私もこの学園に来る前は魔法が嫌いでした。シャーロットさんやエミリア先生がいなければ、どうなっていたことやら。あ、もちろん剣を嫌いになったわけじゃありませんよ」
「分かってる。ところでローラ。ほっぺに生クリームがついてる」
「え、本当ですか?」
「取ってあげる」
そう言ってアンナは身を乗り出し、ローラの頬に手を伸ばした。
が、それより一瞬早く、シャーロットが指で生クリームをぬぐい去ってしまう。
「ふふ……ローラさんのほっぺについていた生クリーム……うふふ……」
シャーロットは不気味に笑いながら、生クリームをペロリと舐めとった。
「ズルイ。私が最初に気付いたのに」
アンナは抗議の声を上げるが、シャーロットはどこ吹く風。
「こういうのは早い者勝ちですわ。それに、ローラさんと最初に友達になったのは、このわたくし。ローラさんのほっぺから生クリームを取る権利がどちらにあるか、考えるまでもありません!」
「それを言うなら、私は毎日ローラと剣の稽古をしている。私にだって権利はあるはず」
「剣の稽古がなんですの!? わたくしはローラさんと同じクラスで、しかも寮が同室ですわ!」
「ぐぬ……なんて言い返そう」
普段は無表情のアンナが、口をへの字に曲げて拗ねている。
どうやらローラのほっぺから生クリームを取って舐めるというのは、大変重要なことらしい。しかしローラ自身にはそれがどう重要なのか、皆目分からなかった。
「さて。わたくし、まだまだ自主練の途中ですので。この辺で失礼しますわ」
「えー。それなら私たちと一緒に練習しましょうよー。あ、そうだ。シャーロットさんも剣を覚えてみませんか?」
「興味深い提案ですが、また次の機会に」
「そうですか……じゃ、頑張ってください!」
「ふぁいと」
「ありがとうございます。ローラさんとアンナさんも頑張って。それではご機嫌よう」
シャーロットはイチゴパフェの容器を返却口に戻し、颯爽と出て行った。
「スラッとして格好いい人。大人っぽい」
最後のイチゴをスプーンですくいながら、アンナはシャーロットの感想を述べた。
「ですよね! シャーロットさんは素敵な人なんですよ!」
「けど、あの縦ロールの金髪はどうかと思う。グルグルしすぎて目が回りそう」
「えー。あれがいいんじゃないですかー。毎朝、頑張ってセットしてるんですよー」
「……その時間を魔法の練習に使えばいいのに」
「ふっふー。シャーロットさんは魔法の力であの髪形を作っているのです!」
「なんと。敵ながらあっぱれ」
シャーロットのことを褒められ、ローラは我が事のように嬉しくなった。
自然と頬が緩んでしまう。
「ローラはシャーロットが好きなの?」
「はい、大好きです!」
「そう……私のことは?」
「アンナさんも大好きですよー」
「それならいい。許す」
「……何の話ですか?」
「別に。気にしないで……あ、ほっぺにまた生クリームついてる」
アンナは手を伸ばし、生クリームをすくって、ペロリ。
「これでシャーロットと互角」
「ねえ、さっきから何の話なんですか?」
「だから、気にしないで」
「はあ……」
とてもとても気になる。しかし人のプライバシーに踏み込むのはいけないことだ。そのくらいはローラも知っている。
ゆえに、それ以上の追及はしないが……やはり気になるものは気になるローラであった。
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