第15話 放課後です

 戦士学科も魔法学科も、やる気のある生徒は放課後にそれぞれの訓練場に向かい、自主練を行なう。

 また、二つの学科の生徒が共同で訓練を行なうことも珍しくない。

 魔法を使える戦士。

 接近戦ができる魔法使い。

 引き出しは多ければ多いほど冒険者として重宝される。

 無論、得意分野をひたすら極めるという選択も間違いではない。

 ようは強くなればいいのだ。


 そして今、戦士学科の訓練場の中央で、二人の少女が激しく剣戟を繰り広げていた。

 一人は赤い髪。何を考えているのか分からない無機質な表情で、体つきは華奢。その儚げな気配とは裏腹に、手にした剣は巨大極まる。まるで鉄塊だ。

 そんな大剣をしっかりと握りしめ、赤毛の少女は容赦のない斬撃を放つ。


 対峙しているのは更に小柄な女の子だった。十歳にも満たないであろう幼い少女だが、両手持ちの剣ツーハンデッドソードを持ち、果敢に斬り合っている。

 彼女の持つ剣は身長に対してかなり大きめだ。しかし相手が持つ大剣が常識外れすぎて、さほど目立たない。


 訓練場にいる生徒は皆、その少女たちの戦いに熱中していた。

 なにせ一人は戦士学科の新入生で最強と謳われるアンナ・アーネット。

 もう一人は先日、教師を魔法の真っ向勝負で打ち破ったローラ・エドモンズなのだ。


 順当に考えて、実戦ならローラが確実に勝つ。瞬殺であろう。

 だが、これは剣と剣の模擬戦だ。

 ローラは一番の得意分野を封印している。

 それでもローラは剣の適性値でアンナを上回っていた。が、剣の鍛錬に割ける時間は、戦士学科であるアンナのほうが圧倒的に長かった。

 ゆえに勝敗が読めない。


 攻防は先程からアンナがリードしていた。


 アンナの攻撃は剣が巨大であるがため、非常に単純だった。

 振り下ろすか、横に薙ぐか、突き出すか。

 もちろん、それ以外の動作もできるのだが、咄嗟に出せるのは主にその三つ。

 ローラからすれば大変読みやすい。

 にもかかわらず苦戦しているのだ。


 アンナの斬撃の速度は、とてつもなく速かった。

 またリーチが長い分、回避するには動作を大きくする必要がある。ローラはなかなか相手の懐に飛び込めない。

 受け止めると腕がビリビリしびれる。剣を取り落としてしまいそうになる。


 周りからどう見えているか知らないが、ローラの主観では防戦一方だ。

 それは今日に限った話ではなく、この一週間ずっとそうだった。

 あと一歩のところで届かない。

 ローラが一歩差を詰めたと思っても、その頃にはアンナもまた一歩進んでいる。

 こんなに悔しいことは他になく、こんなに楽しいことも他にない。


 そして今、ローラのテンションは最高潮に達していた。五感が研ぎ澄まされている。アンナの一挙一動を見逃すまいと観察する。


(今だ!)


 ローラはわざと隙を見せて、アンナの攻撃を誘い込む。

 それを剣で受け止め、受け流す。


「なっ!」


 アンナの大剣はスルスルと吸い込まれるように地面に突き刺さる。

 その隙を突いてローラは一気に前に出た。

 体当たりである。

 ローラのような子供の当て身でも、速度さえ乗っていれば十分な威力が出る。

 ましてアンナもさほど体が大きいわけではない。

 衝撃に耐えきれず、アンナは剣から手を放し吹き飛んだ。

 地面に仰向けに倒れたアンナに、ローラが馬乗りになる。

 そのまま刃を喉元に突きつけ、睨み付けた。


「……参った」


 アンナの口からポツリと降参の言葉が漏れる。

 それを聞きローラも「ふぅ」と息を吐き、肩から力を抜く。


「……勝った……初めてアンナさんに勝った!」


 嬉しさのあまりローラが涙すら浮かべていると、見物していた生徒たちから拍手の嵐が巻き起こる。


「ついにアンナに勝っちまったか……」

「魔法学科の生徒が戦士学科の期待の新人を負かすとか複雑だなぁ」

「いや、エミリア先生を倒したローラ相手に今まで連勝してきたアンナがおかしいんだ」

「エドモンズ家の血は濃いんだなぁ」


 照れくさい。

 戦っている最中はまるで気にならなかったのに、終わった途端に人の視線が気になる。

 ローラはアンナを引っ張り、逃げるように闘技場の端っこに移動した。


「あー、緊張した……アンナさん。ありがとうございました!」


「こちらこそ……ローラ、今日は剣が冴えてた。何かいいことでもあった?」


「え? いいことですか? 私自身は別に……あ、でもエミリア先生がやっと学校に来てくれました。嬉しいです!」


「そう。よかった。ローラ、ずっと気に病んでたから。きっと今日のがローラの本当の剣」


「そうでしょうか? 今までも別に不調というほどではなかったはずですが……」


 エミリアが学校に来ないことを気にしていたのは事実だ。

 だが、それで剣が鈍っていたという自覚はなかった。

 もしかしたら自分の剣は浮き沈みが激しいのかも知れない。

 この学園に来る前は、同じ町で同じ相手とばかり稽古していたから、環境の変化が自分をどう変えるのかまだ未知数なのだ。


「もう一戦したいところだけど、小腹が空いた。甘い物が食べたい」


「同感です。食堂に行きましょう! 新メニューのイチゴパフェを試してみませんか?」


「何それ、美味しそう」


 ローラとアンナはさっきまで戦士の形相だったのに、その面影すら残さず、年頃の女の子になって食堂に走って行った。

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