第17話 シャーロットの修行
王立ギルドレア冒険者学園。その敷地の片隅で、人目を忍ぶように一人で魔法の特訓をしている金髪の少女がいた。
シャーロット・ガザードである。
彼女はあの日から。ローラとエミリアが戦ったその日から、ずっと一人で研鑽を積んでいた。
無論、それ以前からも魔法の特訓を休んだことはない。
しかし今は、死にもの狂いで達成しなければならない課題があるのだ。
これまでのように
「雷の精霊よ。我が魔力を捧げる。契約のもと顕現せよ――」
まずはエミリアが呼び出していた雷の精霊の再現。
彼女は二十体を召喚していた。
しかしシャーロットが召喚できたのは、たったの九体。
まだ遠く及ばない。
「くっ……エミリア先生は試合中にやってのけた。わたくしは十分に集中できるこの状況で九体……」
シャーロットは本気で悔しがる。
だが実のところ、雷の精霊を九体も召喚できる一年生のほうが異常なのだ。
今すぐ卒業してCランク冒険者になっても、余裕で通用する。
ところがシャーロットにとって、もはやCランクなど眼中にない。教師であるエミリアすら通過点だ。
見つめているのは唯一人。
ルームメイトにして、大切な友達。
そして越えるべきライバル。最強を目指すなら避けては通れない壁。
ローラ・エドモンズという、この世界に開いた穴のような、異常な才能。
入学式の日、9999という適性値を弾き出した彼女は、期待と好奇の目にさらされ、そして幾人かにライバル視されていた。
だが、あの試合のあと。
ほとんどの者が態度を一変させた。
露骨に無視するか、あるいは普通の生徒のように扱うか、憧れの目で見るか。
いずれにせよ、ライバルとして見る者は、ほぼ絶滅した。
当然といえば当然だ。
あの試合を見て、なお戦おうというのはバカの発想。
ローラ・エドモンズは既に人類の領域ではない。別の生物だ。挑むとか目指す対象にあらず。ゆえに嫉妬もしない。
とはいえ、そういう利口な判断をできない者も、少数ながら生き残っていた。
例えば戦士学科のアンナ・アーネットは、明らかに『バカの側』だ。
いつかローラと、訓練ではなく本気で戦おうとしているのは、見ていれば分かる。
また、公衆の面前で大敗したエミリアも、リベンジを狙っているようだ。あの目は試合前よりも更にきらめいている。あれほどの屈辱を味わったのに、どうやって立ち直ったのか。尊敬を禁じ得ない。
そしてシャーロットも当然、ローラと戦いたい。倒したい。
そうしなければ自分が自分でなくなってしまう。
彼女のことは大好きだし、親友だし、もっと仲良くなりたい。そこに嘘はない。
しかし、その気持ちと並行して、叩きのめしたいと思ってしまうのだ。
怨んでいるわけではないのに。
度しがたい。矛盾している。
強い相手を見つけたら挑まずにはいられない。
頭がおかしいのでは――と自分でも真剣に思うことがある。
なのに生き方を変えられないのだ。
「雷の精霊よ。我が魔力を捧げる。契約のもと顕現せよ――」
やった。ようやく十体を召喚できた。
次は十一体。その次は十二体。やがてはエミリアを超え、その次はローラが召喚したあの巨大精霊を再現してみせる。
それまでは休んでいる暇はない。
「はぁ……はぁ……あと、せめてあと一回……」
魔力の連続使用はシャーロットの精神に多大な負担をかけ、体調まで狂わせていた。
それを承知で訓練を続行させる。休んだほうが効率がいいと知っているが、そんな常識的な方法では、彼女には追いつけない。
それこそ、死の淵まで――。
△
「気が付いた? ここは保健室よ」
シャーロットが目を覚ますと、白い天井と、そしてかたわらに腰掛けるエミリアの顔が視界に飛び込んできた。
「……エミリア先生が私をここまで運んでくれたのですか?」
「そうよ。やたら大きな魔力を感じたから気になって見に行くと、あなたが精霊の召喚をしていて。そして途中で倒れたのよ。私がそばにいることにも気付いてなかったでしょ」
「不覚にも……」
「集中するのはいいけど、無茶し過ぎよ。なぁに、あの召喚術。私の真似?」
「はい。まずはエミリア先生を超えなければ、話になりませんから」
シャーロットが真面目に答えると、エミリアは「やれやれ」という顔で肩をすくめた。
「ローラさんといい、あなたといい、今年の新入生はどうして血の気が多いのかしら」
「異なことをおっしゃるのですね。元来、冒険者とはそういう生き物でしょうに」
「そうね。だから寿命が短いの。早々に死んでしまう。途中で素面になって、利口な生き方を覚えたら長生きできるんだけど」
ギルドレア冒険者学園の生徒のほとんどは、あの試合で酔いから冷めた。
きっと長生きするだろう。
「利口な冒険者なんて、冒険者モドキですわ。長生きしたいなら、最初から別の仕事を選べばいいだけのことですから」
ここに酔ったままの生徒もいる。
確実に
きっと一生治らない。
勝ちたい強くなりたいと想い続けなければ生きていけないのだ。
「ねえ。シャーロットさんがどうやってローラさんを倒そうと思っているのか知らないけど、一つだけアドバイスしてあげる」
エミリアはこの世界で唯一人、本気のローラと戦った者だ。
そのアドバイスはシャーロットにとって、ある意味、大賢者の言葉よりも貴重だった。
「なんですか?」
「ローラさんの知らない技を使っちゃ駄目。あの子はどんな技でも見ただけで学習して、戦いながらどんどん強くなる。場に出した瞬間、そのカードを盗っていくの。けど、ローラさんが知っている技だけで戦えば、少なくとも急激に成長することはない」
「けど、それだと勝てませんわ」
「そうね。だから未知の技を使うなら、トドメの一撃になさい。絶対に一撃必殺を狙うの。仕留め損なったが最後。次の瞬間、何倍にもなって返ってくる。人間と戦っていると思っちゃ駄目」
「……やはり、実際に戦った人の言葉は重いですわ」
あの試合を見た者なら薄々勘づいていたことだ。
何をやっても通用しないどころか、ローラの成長を促すだけ。
魔法適性値9999がどういうものなのか、具体的な形となって現われたのだ。
エミリアを実験台にして。
〝人智を超えた〟とは、まさにローラのためにある言葉だ。
「でも戦るんでしょう?」
「無論ですわ」
シャーロットは短く答え、ベッドから立ち上がる。
「大丈夫なの? 寮まで送っていきましょうか?」
「いいえ。もう平気です。ありがとうございました」
頭の中は、ローラ・エドモンズを如何にして攻略するかで一杯だった。
エミリアに構っている余裕などない。
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