第13話 格が違う

 ギルドレア冒険者学園には闘技場がある。

 建てられた理由は、年に一回行なわれる生徒同士のトーナメントだが、普段の授業で使うこともある。


 今日は〝魔法学科一年生の授業に使う〟という名目で、エミリア・アクランドの名で押さえられている。

 授業の内容は、魔法合戦の手本を生徒たちに見せること。

 本来、そういった授業は教師同士で実演してみせるものだが、今回は新入生のローラ・エドモンズが相手に選ばれた。

 なぜか、と問う者はいない。


 エミリアが他の教師に協力を頼むと、誰もが快く引き受けてくれた。

 瀕死の重傷を負っても大丈夫なように、回復魔法のスペシャリストを待機させる。

 闘技場の客席に被害が出ないよう、防御魔法が得意な教師を十人も配置させた。

 この布陣だけで、今日ここで行なわれる戦いがどれだけの火力戦になるか、想像できるというものだ。


「あいつ生徒相手に本気で戦る気だな」

「むしろ殺る気なんじゃねーのか?」


 呆れたような、感心したような。そんな同僚の声が聞こえてくる。

 あながち間違いではない。

 無論、本当に殺すつもりはないが、そのくらいの気持ちでやらないと、こちらが秒殺される。


「先生。今日だけはライバルですね!」


 闘技場の上に立つローラは、剣を持っていなかった。

 エミリアが剣を持参してもいいと伝えたのに、今日は魔法合戦なのだから剣はルール違反だとローラから拒否した。

 それにしても、何て無邪気な表情だろうか。

 エミリアは安心した。

 萎縮していたらどうしようかと思っていたのに、彼女は今日の戦いを楽しもうとしている。

 間違いなく〝こちら側〟の人間だ。

 ならば遠慮は無用。


「今日だけじゃないわ。冒険者は全員、ライバルだから」


「そうですね。父と母もそう言っていました! 負けませんよ!」


「言ってくれるじゃない。才能だけで勝てるほど魔法の世界が甘くないって、教えてあげるわ」


 客席にいるのは自分の生徒たちだけではない。

 他の学年からも、戦士学科からも見学者が来ている。

 これで負けたら、もうエミリアは教師としてやっていけない。

 生徒より弱い教師などナンセンスだから。


「じゃあ、始めましょう。どこからでも、かかってきなさい」


 それが試合開始の合図。

 まずはローラからの攻撃。

 そんなハンデをくれてやる余裕はないのだが、教師としてギリギリの矜持だ。

 この一線を越えたら、勝っても勝った気になれないだろう。


「では、遠慮せず!」


 刹那、ローラは走った。

 フェイントも入れず、真っ直ぐこちらに向かって突進してくる。

 まるで猫化のモンスター『ホーンライガー』のような加速。

 筋力強化の魔法を使っているのかと思ったが、魔力の流れを感じない。

 おそらく自前の脚力だ。そういえば彼女はエドモンズ夫妻の娘だった。

 魔法の才能のせいで影が薄いが、戦士としても十二分に天才。

 身体能力だけでも警戒に値する。


 そしてローラは走りながら、拳に魔力を込め始めた。

 直接叩き付けるつもりだろうか。

 発想が魔法使いのそれではない。魔力の使い方がなっちゃいない。

 しかし、それなのに冷や汗が出るくらいの魔力が拳に詰まっている。

 殴られたら、確実に死ぬ。


(まあ、当たったらの話なんだけどね)


 エミリアは余裕を持って反撃に転じた。

 まずはローラの進撃を止める。

 無詠唱で土の精霊に干渉。闘技場の地面を隆起させる。


「にゃっ!」


 ローラの経歴から考えて、魔法使いと戦うのは初めてのはず。

 入学初日の一件のように、立ち止まって落ち着いた状態なら、相手の術式を見破ったり干渉したりもできるだろう。しかし、戦いながらは流石に無理のようだ。


 足元が突然盛り上がるという現象に対処できず、ローラはそのまま空高く跳ね上げられた。

 すかさず追撃。


「母なる大地よ。吹き抜ける風よ。我が魔力を捧げる。ゆえにその身を牙となして、我が敵を貫け」


 隆起した土はそのまま伸びて、鋭く尖り、巨大なランスのようになる。

 そして風の精霊の力により、垂直に発射。

 狙いはもちろんローラである。

 攻撃は更にもう一発。

 今度は空の彼方から。


「空駆ける雷よ。我が魔力を捧げる。ゆえに天より破壊を落とせ。立ちふさがる障害を焼き払え」


 雲一つない快晴だ。天候が荒れる気配はない。

 だというのに突如として落雷が轟音とともに降りそそぐ。

 そこに真っ当な理屈は存在しない。

 エミリアが自分の魔力を精霊に捧げ、世の理をねじ曲げてもらったのだ。

 魔法とはそういうもの。


 火がないところに煙を起こしたい。砂漠に雨を降らせたい。平地に山を作りたい。空を飛びたい、長生きしたい、全てを知りたい。

 魔法使いほどワガママな人種はいない。


 だからこうして九歳の少女に本気の攻撃が可能なのだ。

 この土のランスと晴天の落雷の組み合わせは、かつて空飛ぶドラゴンを屠ったもの。

 三年経ってエミリアの魔力はあのときより強くなった。

 つまりローラは、ドラゴンですら死ぬような攻撃に晒されている。

 本来なら跡形も残らない。

 エミリアは幼い子供を殺した罪人になってしまう。


 だが、そうはならないと〝信頼〟している。


(ほら、やっぱりね)


 ローラはエミリアの信頼に応えた。

 地上から迫るランスと、天から落ちる雷に同時に挟まれながら、人ならざる魔力で防御結界を形成。

 完璧にこちらの攻撃を防ぎきる。


(けどこれは……!)


 完璧、すぎる。信頼を上回った。

 まさか無傷でしのいでしまうとは。

 これだから天才は困るのだ。


(そうよ。私は凡人なの。あなたに会うまで天狗になっていた。気付かせてくれてありがとう。けれど今日勝つのは私よ)


 エミリアの手札はまだまだ健在。

 入学した十五歳のときから今まで培った全てを出し切ってやる。


 そう思った瞬間。


 動いたのはローラだった。


「先生。今の魔法、真似させていただきます!」


 再びの落雷。

 ただし狙いはローラではなくエミリアである。


「チッ!」


 信じられない。見ただけで覚えられてしまった。

 しかも無詠唱。威力はエミリアより一回り上だった。


(自分の技で負けてたまるもんですか!)


 全力で防御結界を張り巡らし、落雷を防ぐ。

 魔力がゴリゴリ削られているが、ここで出し惜しみを考えたらその瞬間に勝負が決まる。


「いでよ雷の精霊。我が魔力を吸い上げ顕現せよ!」


 自分に落ちてきた雷に向かって呪文を唱える。

 エミリアの魔力が広がり、雷を司る精霊に流れ込む。

 その結果、エミリアを攻撃するために落ちてきた雷が、人の形になって地面に降り立った。

 しかもその数、二十体。


「形勢逆転よローラさん。あなたはそこから地面に向かって落ちるだけ。けれど精霊は空を飛べるわ。一方的に攻撃し放題。安心して。怪我しても治してあげるから」


 思ったよりも楽に片がついた。

 いくらか戸惑うこともあったが、しょせんは魔法の初心者。

 魔力と才能が膨大でも、使い方をしらなければこんなものだ。

 と、エミリアが安心していると。


「いでよ雷の精霊。我が魔力をくれてやる。そして知らしめろ。破壊とは何かを啓蒙するがいい」


 ローラが呪文を唱えた。

 そして怪物が闘技場の上空に現われた。


(いえ。何てことはない、雷の精霊よ。魔神や霊獣の類いじゃない。けれど、これは……)


 エミリアが使役する雷の精霊二十体。それを縦に並べたのよりも更に大きなもの。

 精霊を手なずけるために使った魔力の桁が違うのだ。

 おそらくローラとしては、こちらの技を模倣しただけなのだろう。

 しかし、だからこそ才能の違いが直接現われる。


 この小さな精霊がエミリアの器。

 空に鎮座する王の如き精霊がローラの器。


「……征けッ!」


 エミリアは自分の精霊たちに命じ、飛翔させた。

 高圧電流をまとった体当たり。

 ドラゴンだろうがグリフォンだろうが黒焦げにしてしまうものだったが……しかし吸収されてしまった。

 空の精霊はますます大きくなる。


「斬れ」


 ローラは自由落下しながら、ポツリと呟いた。

 すると巨大な精霊は、その形状を変化させた。

 右手から稲妻が伸びて、剣が出現したのだ。

 人を斬るための大きさではない。ドラゴンを、否、城ですら一撃のもと両断してしまうだろう。


(死、ぬ……!)


 それが自分に振り下ろされるという恐怖に耐えられず、エミリアは目を閉じてしゃがみ込んでしまった。

 闘志を砕かれた。

 つまり既に負けている。魔法使いとして終わった。

 次は命が終わる――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る