第12話 大人げないと分かっている

 エミリア・アクランドは自分が優秀だという自負があった。

 そもそも自分に自信がない者は教師になってはいけないと思っている。

 生徒に対して失礼だろう。


 冒険者を志したのは十四歳のとき。

 故郷の村を襲ったオークとゴブリンの群れを、たまたま通りかかった大賢者によって救われたのだ。

 生きる伝説カルロッテ・ギルドレア。

 風になびく白銀の髪が美しかった。後ろ姿が雄々しかった。オークとゴブリンを薙ぎ払った一撃が眩しかった。

 そして「もう大丈夫だから」と手を伸ばしてくれたときの微笑みが女神に見えた。


 その次の年、エミリアは王立ギルドレア冒険者学園に入学した。

 三年後、首席で卒業し、Cランク冒険者となった。

 そこからは破竹の勢いで昇進し、たった二年でBランクまで上り詰める。

 更にその一ヶ月後。

 王都の近くに飛来したドラゴンを真っ先に感知し、単身で撃破した。

 これによりAランクとなった。そのとき二十歳。

 現存するAランク冒険者としては最年少だった。


 そして憧れの大賢者から〝竜殺し〟の二つ名を授かり、学園の教師として誘われた。

 そして現在、二十三歳。


 今でも自分が優秀だと疑いなく信じている。

 教師としても今までは上手くやっていた。


 だが、今年の新入生はおかしい。

 エミリアの魔法適性は80~90。同期では随一の才能だった。

 ところが今年は得意分野で80オーバーは珍しくない。90超えもいる。

 シャーロット・ガザードなど、攻撃魔法適性120。天才の中の天才だ。


 そして極めつけは、ローラ・エドモンズ。

 魔法適性値オール9999。

 もはや笑ってしまうようなデタラメな数値。


 教師全員が、ローラの才能を前に浮ついていた。

 是が非でも魔法学科に入れなければと躍起になった。

 ある種のパニック状態だ。なにせ大賢者よりも才能があるのだから。


 そしてエミリアは、魔法適性値オール9999の少女の担任になることを喜んでいた。

 どう成長するのか楽しみにしていた。

 単純に、並の天才の百倍の速度で成長する。卒業する頃には自分よりも強くなっているかも知れない――そんな生ぬるい認識をしていた。

 甘かった。


 入学初日であの馬鹿げた威力の魔法を放ち、あやうく新入生が皆殺しになるところだった。

 そしてエミリアは生徒たちを守りきれなかった。

 エミリアが構築した防御結界は、崩壊する寸前だった。

 しかし、術式にローラが割り込み、魔力を流し込んで増強してくれた。

 おかげで全員が無傷。何事もなく終わった。


「入学初日の九歳の女の子が、私の術式に割り込んで、あまつさえ増強してくれた……まったく、何てことかしら。私にだってプライドくらいあるのに」


 悪気が合ってのことではない。

 むしろ大惨事を防いでくれてありがとうと言うべき。

 だが、そう素直になれないのが、自分の未熟なところ。

 嫉妬が先立つ。

 今までの努力を尽く否定されたような気分になる。

 自分が何年もかけて歩んできた道が、あの子にとっての第一歩なのだと見せつけられたのだ。


「その小さなプライドを守るため、生徒にケンカを売ってしまった……本当、何をしているのかしら、私」


 本当なら放課後くらい、剣の稽古をさせてやってもいいのだ。

 むしろ新入生たちがもう少し学校に慣れたら、エミリアのほうから言い出そうかとすら思っていた。


 だというのにエミリアは「自分より弱い人に教わることなんてありません」という言葉でキレてしまった。

 子供相手に、本気で。


 教師失格。大人失格。

 そこまで自覚しておきながら、エミリアは明日、ローラと決闘する。その予定に変更はない。

 なにせこっちは冒険者なのだ。

 冒険者に〝まともな大人〟がいるわけがないじゃないか。

 自分より強い奴を見つけたら挑むしかない。

 そうでなくては冒険者とは言えない。

 現にここの教師の大半は、大賢者に挑んで敗北した経験を持っている。


「大人げない」


 そう言ってくる同僚がいた。しかし顔には「うらやましい」と書いてあった。


「お前が負けたら次は俺だからな」


 そう正直に言ってくる教師もいた。


 実に実に、度しがたい集団だ。

 普段は大人ぶって生徒に偉そうなことを言っているくせに。精神年齢は十代の頃から変わっていない。

 戦いたくて戦いたくてウズウズしている。


 ローラ・エドモンズという才能の塊を前にして、あれは自分とは違う生物だからと無視を決め込めるのは、まともな証。大人の思考だ。

 エミリア・アクランドは二十三歳だ。半年もすれば二十四歳になる。


 だが明日、全身全霊をもってして、あの超天才を迎え撃つ。

 勝敗にかかわらずローラに放課後の自由を認めるつもりでいるから、これはもう、個人的な戦いだ。

 無論、やるからには勝つつもりで。

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