第11話 ほっぺが伸びちゃいます!
「ところでローラさん。あなたバカではありませんの?」
「え、唐突になんですか!?」
夜。自室でくつろいでいたローラは、シャーロットに突然、バカ呼ばわりされてしまった。
何の前振りもないし、心当たりもなかったので、怒るよりも先にポカンとしてしまう。
そんなローラの顔が気に入らなかったらしく、シャーロットはますます眉を吊り上げ、そして頬をムニッとつねってきた。
「いた、痛いですよシャーロットさん!」
「当然の報いですわ!」
彼女は本当に立腹しているらしい。
だが、ローラには何のことやら分からないので、謝ることもできない。
「その顔はピンときていない顔ですわね。あなた今日、戦士学科の訓練所に行ったあげく、エミリア先生にケンカを売ったというではありませんか!」
「……ああ、そのことですか」
「ああ、じゃありませんわ! わたくしですら戦士学科に殴り込んだりしていませんのに。わたくしですら教師にはまだ果たし状を送っていませんのに!」
「いや、別に殴り込んだわけじゃないですし。果たし状も送ってないですよ」
戦士学科の訓練場には、遊びに行くような感覚でお邪魔しただけ。エミリア先生との一件は、流れでああなったのだ。
シャーロットのように、学園でトップをとってやろうという野心からの行動では断じてない。
「まったく……こんな大人しい顔をしておきながら、やることは派手ですわね!」
シャーロットはローラの両頬をグイグイと引っ張ってくる。
「痛いです、やめてくださぁい!」
「やめませんわ、おしおきですわ!」
「ふぇぇ……」
「な、なんて柔らかいほっぺ……やみつきになってしまいますわ!」
「シャーロットさん、目的が変わってますよぅ」
それから数分後。ローラのほっぺはようやく解放された。
触ってみると、少し伸びてしまったような気がする。
イジメじゃないのか、これは。
「もう、シャーロットさん、酷いです!」
「ローラさんがお可愛らしい顔で誘惑するのがいけないのですわ!」
「そんなことをした覚えはありません!」
ローラの顔はずっとこれだ。
顔が頬を引っ張る正当な理由になるというなら、ローラは四六時中誰かに引っ張られることになる。
きっと頬が地面まで垂れ下がってしまうだろう。
「まあ、ほっぺの件はともかく……大丈夫ですの? エミリア先生はお若いですが、Aランク冒険者。間違いなく超一流。才能だけではどうしようもない経験の壁がありますわ。あなた、負けたら卒業まで剣を使ってはいけないという条件を出されたのでしょう? いいのですか? 今からでも謝れば許してくれるのでは?」
そう言われ、ローラは目が点になった。
シャーロット・ガザードともあろう人が、なんて腑抜けたことを考えているのだろうか。
「シャーロットさんが私の立場だったとして、負けるのが怖いから先にごめんなさいしますか?」
今度はシャーロットが「うっ」と唸る。
そう。
これはローラとシャーロットのような人間にとって、当たり前の話。
上を目指す。強くなりたい。それを実現する手段は多々あれど、二人とも不器用だ。
この数日、語り合っただけでよく分かる。
似た者同士。
迂回が下手くそ。猪突猛進しか知らない。立ち止まって考えるくらいなら体当たりをくり返す。
非効率的なように思えて、これが一番の近道だ。
この生き方をやめた途端、どうしていいか分からなくなってしまうだろうから。
「……確かに、妄言でしたわね。では、話題を変えましょう。どうやって勝つおつもりで? わたくしたちはエミリア先生の手の内をほとんど知りませんわ。戦術の立てようもない。やれることは唯一つ。今自分にできるあらゆる技を叩き込む。つまり、力の真っ向勝負。いくらローラさんが適性値オール9999だとしても、Aランク相手に分が悪いとしか言いようがありませんわ。なのに、あなたの顔を見ると……負ける可能性を考慮していないように見えるのですが……」
「まさか。私だって流石にそこまで思い上がっていません。相手は先生。負けるかも知れないとは思っています」
正確に言うと、訓練場で口喧嘩をしたときは、自信満々だった。
しかし、あとになって冷静になると、無謀だと認めざるを得ない。
とはいえ、もう一度同じ状況になっても、やはり同じことをするだろう。
なにせ、エミリアに勝てば、放課後に剣の練習ができるのだから。
「戦って勝つ。たったそれだけで私は望むものが手に入るんです。分かりやすい。実にシンプル。しかも負けたからって死ぬわけじゃない。卒業まで魔法に専念すればいいだけです。逃げる理由がどこにありますか。三年は長いですが、私はもう我慢できないんです。明日、エミリア先生を倒して放課後の自由を勝ち取ります。それ以外のことは考えていません」
「なるほど。ローラさん。あなた、本当にわたくしと考え方が似ていますのね。それにしても……」
と、シャーロットは一度言葉を切り、ため息を吐いて苦笑する。
「こうして他人の口から聞くと、なんてバカバカしい考え方だろうかと思い知らされますわ」
「ば、バカじゃないですよ!」
ローラは真面目にやっているのに。
どうして日に何度もバカ呼ばわりされてしまうのか。
まるで解せない。
△
「と、ところでローラさん……恥を忍んでお願いがあるのですが……」
「何ですかシャーロットさん。私にできることなら何でもしますよ」
明かりを消して暗くなった部屋。
お互いベッドに潜り込んで、さあ眠ろうという矢先。
シャーロットが歯切れの悪い口調で『お願い』なんて言い始めた。
ローラの知る限り、シャーロットはいつもハキハキしている。そんな彼女がオドオドしているのだから、きっと余程のことに違いない。
ローラは重いまぶたに鞭打って、彼女のお願いを聞く。
「あの、実はですね。わたくし昔から、寝るときにいつもぬいぐるみを抱いていまして……それがないと眠れなくて……そしてローラさんは、そのぬいぐるみと丁度同じ大きさなのです。ですから……」
「ああ! それで毎日、目を覚ますとシャーロットさんが私に抱きついてたんですね! 何事かと思いましたよ」
「はい……それで今日も……」
「いいですよ。むしろ嬉しいです。わーい、シャーロットさんに抱っこしてもらえる!」
ローラは母親にくっついて寝ていた昔を思いだしながら、コロコロ転がってシャーロットにぴったりと寄り添った。
「さあ、どうぞ! 私を好きにしてください!」
「で、では遠慮なく抱きしめさせてもらいますわ……!」
シャーロットは腕を回し、ローラをムギュッと自分の胸に押しつけた。
柔らかくて、温かい。
それはローラにとっても気持ちのいいことだったた。
が、シャーロットの恍惚っぷりには敵わない。
「はふぅぅ……なんて素敵な抱き心地……ローラさん、抱き枕適性9999ですわぁ」
「えへへ、ありがとうござます」
「ローラさん、卒業するまで成長してはいけませんわ。この大きさが至高なのですから」
「はい……って嫌ですよ! 私、ちゃんと大きくなりたいです!」
「駄目ですわ!」
「嫌です!」
「駄目!」
「嫌!」
そんなことを言い合いながら、数分後。
「……すやぁ」
「……ふにゅ」
抱きしめ合いながら、仲良く眠ってしまった二人であった。
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