第10話 剣の修行がしたいです

 それはまさに槍を持った男だった。

 年齢は四十代半ばくらい。ローラの両親より年上だろう。

 制服を着ていないので、教師だと思われる。


「なに、先生。模擬戦をしちゃ駄目?」


 アンナは恨めしそうに呟いた。


「模擬戦自体は駄目じゃないが……相手が悪い。こいつは魔法適性オール9999のローラ・エドモンズじゃねーか。ここにいること自体が問題だ。もしここで体力を使い果たして、明日の授業に差し支えたら、俺が魔法学科の教師から文句を言われる」


「でも、戦士学科と魔法学科の共同訓練は、むしろ推奨されてるって授業で習った」


「相手が普通の奴ならな。それに一年で共同訓練やる奴なんてほとんどいない。まずは自分の専門分野の基礎を固めろ。二年になってからでも遅くはない。というわけでローラ。お前は帰れ!」


 その教師はハエでも払うかのように、手の平をヒラヒラさせる。

 せっかく念願のアンナと話せて、更に模擬戦をこれから一発かますところだったのに。

 それを邪魔され、ローラは頭に血が上りそうだった。


「お、横暴です! 戦士学科に入りたかったのに勝手に魔法学科にされて……それでも我慢して授業を受けて、せめて放課後くらいはと思ってここに来たのに、それすら駄目だっていうんですか!? 私は、剣が好きなんです! 才能だってあるはずです。だってお父さんの娘ですから。お願いします。放課後だけでいいから、ここにいさせてください!」


 ローラは教師にしがみつき、必死に訴えた。

 これほど一生懸命、誰かに何かを懇願したのは初めてかも知れないというほどに。


「そりゃ……お前さんの剣の適性は107だからな。間違いなく天才だ。しかし、ただの天才だ。それに比べて魔法適性オール9999ってのは前代未聞なんだよ。かの大賢者様だって3000~6000らしいからな。そもそも、あの装置で測定できる限界が9999ってだけで、お前さんの適性値はもっと上かもしれないんだ。正直、俺だってお前を鍛えてみたい。どこまで伸びるか楽しみだ。しかし……お前が魔法を学ばないのは人類の損失なんだ。だから……諦めよう、お互い!」


「そんな……それでも私は剣の修行がしたいです!」


 そう叫んでから、ローラはわんわん大声を出して泣いてしまった。

 恥も外聞もなく泣きじゃくった。

 魔法が嫌いなわけじゃない。シャーロットのおかげで好きになれそうだ。

 しかし、それとこれは別問題。

 剣を捨てるなんて不可能だ。

 ローラの目標は父のような、いや父を越える剣士になること。

 それを諦めろなんて、残酷にもほどがある。


「あの……前を通りかかったらローラさんの泣き声が聞こえたんだけど、何があったの?」


 と、そこにローラの担任であるエミリアがやってきた。


「おお、エミリア。丁度いいところに来た。ご覧の通りだ。ローラがうちの生徒に剣で模擬戦を挑んでな。止めたら泣き出したんだ。この子の気持ちも分かるが……あとは任せた!」


「ああ、そういうこと。さ、ローラさん。帰りましょ。練習がしたいなら、私がいくらでも付き合ってあげるから」


「嫌です嫌です! 私は剣がいいんです! 魔法の練習は授業中にしてるじゃないですか!」


「あら。魔法は奥が深いのよ。いくら練習したって終りってことはないの」


「でも、自分より弱い人に教わることなんてありません! 先生、私より弱いじゃないですか!」


 ローラは本音をぶちまけた。

 普段なら思っていても言わないことだが、今はもう、エミリアが自分の邪魔をする敵にしか見えなかったのだ。

 その瞬間、ピキッと何かが千切れるような音がした。

 そしてエミリアのこめかみがピクピク痙攣し、青筋が浮かんでいた。


「弱い……? この私が……ドラゴンを単騎で倒し、大賢者様に〝竜殺し〟の二つ名を授かったこの私が……こないだ入学したばかりのちびっ子より弱い? はっ! 適性値9999だからって調子に乗りすぎよローラさん!」


「ドラゴンを倒したからって何ですか! 私のお父さんとお母さんは、一対三でも余裕だって言ってましたよ!」


「くっ……あなたの両親は関係ないでしょ! 今はローラさんの話をしてるの!」


 エミリアは本気で怒っているようだ。

 しかしローラも引くわけにはいかない。

 剣を否定されるということは、人生を否定されたのと同じなのだ。

 適性値なんて糞喰らえだ。

 放課後に好きなことをやって何が悪い。


「お、おいエミリア……子供相手に大人げないぞ」


 槍を持った男性教師がエミリアをたしなめようとした。


「先輩は黙っていてください!」


 が、一蹴されてしまう。怒ったエミリアはとても怖い。


「……ローラさん。そこまで言うなら、私と戦いましょう。明日、午前の授業で。クラスの皆の前で。そろそろ魔法合戦がどういうものか見せる頃合いだと思っていたところです。あなたを教材にしてあげましょう!」


「望むところです! 私が勝ったら、放課後に剣の練習をすることを認めてくれますね!?」


「もちろんです。その代わり、先生が勝ったら、ローラさんは卒業まで魔法一筋ですからね。いいですね!」


「いいですよ。だって私が勝ちますから」


「その自信、へし折ってあげるわ! それが教師としての役目です!」


 エミリアは顔を真っ赤にして踵を返し、肩を怒らせて訓練場から出て行った。

 ローラもまた鼻息を荒くし、エミリアの背中を睨み付け、あかんべーをする。


「……エミリア、大人げねぇにもほどがある……ドン引きだわ」


 男性教師は呆れた声を出していた。

 対して、周りで聞いていた生徒たちは、目を輝かせていた。

 教師VS生徒。

 それも美人教師と適性値9999の新入生というカード。

 注目を集めるに決まっている。


「先生! 明日の午前の授業は、魔法学科の授業を見学しませんか!? たまには他の分野を見るのも勉強になると思います!」

「賛成! ちなみに俺はローラちゃんが勝つ方に賭けます!」

「じゃあ俺はエミリア先生に。俺、あの先生のファンなんだよ」

「ああ、眼鏡がいいよな」

「何の話だよ」


 そんなアホなノリが場を包み、そして槍使いの男性教師まで「うーん」と唸り、悩み始めた。どうやら彼も興味があるようだ。


 それからアンナが、ローラの制服をクイクイと引っ張り始める。


「……あなたは勝たなきゃ駄目。私、あなたと一緒に剣の練習がしたい。だから……」


 アンナは大きな瞳で見つめてきた。

 まるでリスみたいな印象を受ける。

 だが、その奥底で闘志がメラメラと燃えているのがよく分かる。

 彼女もまた、好敵手を探していたのだ。

 ならば、応えねばならない。

 ローラとてアンナと戦いたいのだ。技を磨き合いたいのだ。


「大丈夫です。私、魔法が得意らしいですから。必ず勝ちます。そして、その次にアンナさんにも勝ちますよ」


「……それは楽しみ」


 ローラが不敵に笑うと、アンナもうっすらと笑みを浮かべた。

 一番強いのは私。互いがそう思っているのだ。

 そうでなければ上を目指すなど、とてもとても。

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