第9話 あわよくば混ぜてもらいます
魔法学科の授業は、座学六割、実技四割だった。
まだ入学したばかりなので、まずはしっかりした知識をつけさせるという方針らしい。
座学では世界史。今現在の世界情勢。モンスターの分布。その対処法。魔法の歴史、理論などを学んでいる。正体不明の古代文明にかんする小ネタなんかも教えてもらった。
それから実技。これはローラにとってアクビが出るものだった。
エミリアが放った弱々しい攻撃魔法を防御魔法で防ぐとか、魔力の放出を一時間続けて持久力をつけるとか、遠く離れた目標を撃ち抜く訓練とか、とにかく退屈だ。
どれもこれも容易い内容である。
しかしクラスメイトにとっては難しいらしく、ローラとシャーロット以外は苦戦していた。
そのことをシャーロットに愚痴ると、意外と常識的な意見が帰ってきた。
「授業の進みが遅いのは仕方がないですわ。いくらこの学園が落ちこぼれを容赦なく切り捨てるからといって、適性値100の人間に合わせるわけにはいきません。基準は50。それですら一般的には優秀といわれる部類なのです。まあ、もどかしいというのは同意しますが、いずれ授業のレベルは上がります。それまでは放課後に自主練をするのがよろしいでしょう。わたくしは既にそうしていますし」
そう、それもローラの不満の原因だった。
入学してから今日で四日目。
一緒に寮に帰ったのは初日だけで、あとは別々だ。
シャーロットが図書館にこもったり、先輩に果たし状を送りつけて訓練場で決闘したりしているからである。
この学園。決闘は校則違反どころか、むしろ推奨されているらしい。
生徒の向上心を促すとかいう理由で、教師の立ち会いさえあれば、訓練場や闘技場で生徒同士が戦うことができる。
また教師も教師で、生徒同士の決闘を見るのが趣味という困り者が多く、立会人が不足するということもない。
今のところローラには、図書館にこもって勉強するほどの向上心はない。シャーロットには「負けない」と言ったが、授業だけで脳が疲れてしまい、放課後まで座学をやる気になれなかった。
もちろん、先輩に果たし状を送りつけるというのは論外だ。
自主練も何をやっていいのか分からない。
そもそも練習とか訓練と呼ばれるものは、達成目標があるからやるのであって、自分より強い魔法使いを知らないローラにとって、目標など立てようもなかった。
教師であるエミリアが本気を出せば、あるいはローラより強いのかも知れない。
しかし、しばらくエミリアの本気を見る機会はないだろう。
ゆえにローラは放課後を持て余していた。
なにせシャーロット以外に友達がいないのだ。
クラスメイトに話しかけて友達を増やせばいいのだが、全員年上なので気後れしてしまう。しかも何を話していいのかも分からない。
剣の話ならいくらでもできるのだが……。
(あ、そうだ。戦士学科でも居残りしてる人がいるかも。特に剣の適性値が98だったアンナさん。あの人も授業が退屈で、自主練していると思う!)
見に行こう。あわよくば混ぜてもらおう。
そして、そして。友達になってもらおう。
(善は急げ!)
部屋で一人、剣の素振りをしていたローラは、刃を鞘に収めベルトで縛って腰に固定する。
そして戦士学科の訓練場を目指した。
ギルドレア冒険者学園は、校舎と寮こそ戦士学科と魔法学科で共通だが、訓練場は別だった。
戦士と魔法使いではやるべき訓練がまるで違うし、それに訓練場が一つだけでは足りないという理由もある。
戦士学科の訓練場が近づくにつれ、カーンカーンと金属がぶつかる音が聞こえてきた。
そして中は、熱気に包まれていた。
剣と槍で模擬戦を行なっている生徒がいる。
素振りをしている生徒もいる。
弓矢の練習している生徒もいた。
鏡の前で型を確かめている生徒。筋トレをしている生徒。瞑想している生徒。
(これ、これよ!)
ローラはたまらず身震いした。
今まで自分と父だけで稽古していたのに、こんなに沢山の人が剣を振っているなんて。
剣士だけでなく、槍士も斧士も弓士も格闘家も、全員が親戚に見えてしまう。
そんな親戚たちを見回し、ローラは目当ての者を探した。
「あ、いた!」
訓練場の端で、一心不乱に剣を振り下ろす、赤い髪の少女。
ゾクリと毛穴が逆立つほどの集中力で自分の世界に入っている。
しかもバカげた大きさの剣だ。
刃渡りはローラの身長よりも長く、幅と厚みは辞書並。
そんな鉄塊の如き剣で、幼い少女が素振りをしている。
冗談のような光景だが、それこそローラがギルドレア冒険者学園に求めていたものだった。
「アンナさん!」
ローラは彼女に駆け寄って名前を呼んだ。
その刹那。
アンナの剣の軌道が変化し、ローラの首元を狙って走った。
それに対してローラは瞬時に反応。腰から剣を抜いて受け止める。
訓練場全体に、甲高い金属音が響き渡った。
腕がビリビリと震える。
防御していなかったら、間違いなく首が飛んでいた。
「あ」
アンナは自分がしでかしたことに気付いたようで、剣を降ろし、目を泳がせる。
「ごめん……いきなり走ってきたから」
「ううん。私こそごめんなさい。ちゃんと防御できたから大丈夫です。それより、凄い剣ですね! そして、それを扱うアンナさんも! 私がそんなに大きな剣を使ったら、きっと逆に振り回されちゃいます」
「あ、ありがとう……」
アンナは照れくさそうに頭をポリポリかいた。
素直な反応だ。やはり友達になれそう、とローラは安心する。
「あの、アンナさん。私とちょっと模擬戦やってみませんか?」
「それは、願ってもないこと。私もあなたに興味があった。けど、あなたは魔法学科に異動になったはず……」
「そうですけど。やっぱり剣は好きですから。我慢できずにここに来ちゃいました!」
そうだ。我慢ができない。
とにかく剣を振り回したい。
最悪、一人で素振りを続けるという手もあるが、どうせなら相手がいたほうが、楽しい。
「……分かった。相手したげる」
「ありがとうございます!」
と、両者の間で合意がなされた瞬間。
「ちょっと待った!」
思わぬところから横槍が入った。
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