第8話 仲良しです

 ローラとシャーロットは一緒に学園の食堂に行き、晩ご飯を食べた。

 ローラはオムレツとサラダ。シャーロットはビーフシチューを頼んだ。


(このオムレツ……悪くはないけど、お母さんが作ったやつのほうが美味しいな)


 一日目で早くもホームシックになりそうなローラだった。


 それから寮の大浴場で一日の汚れを落とし、パジャマに着替えて部屋に戻る。


「ねえねえ、シャーロットさん。どうせならベッドをくっつけましょうよ」


「……なぜですの?」


「だって、そっちのほうが楽しそうじゃないですか!」


「まあ、別に構いませんが、結構重いと思いますわよ」


「大丈夫です! 私、もともと戦士学科に入る予定でしたから。よいしょ!」


 ローラは一人で軽々とベッドを持ち上げ、もう一つのベッドに隣接させた。


「……小さいのに大したものですわ」


「えへへ、お父さんとお母さん譲りの腕力です」


 そして二人でベッドに寝そべる。

 せっかくベッドをくっつけたのだから、本人同士もくっつかなければ損だろうという理屈で、ローラはシャーロットの隣までコロコロと転がっていく。


「あ、暑苦しいですわ!」


 ドンっと跳ね返されてしまった。

 残念である。


「シャーロットさん。寝る前にちょっとお話ししましょうよ。ここに来る前の話とか。卒業したら何したいかとか」


「早く寝た方がいいのでは? 明日も授業があるのですから」


「ちょっとだけです。私、シャーロットさんのこと、もっと知りたいです!」


「……あまり長くは付き合いませんわよ?」


「はい!」


        △


 まったく、困った娘と同室になってしまった、とシャーロットは苦笑した。

 シャーロットのことが知りたいなんて言っておきながら、一方的に自分語り。

 父がどんなに強い剣士であるか、とか。母の作ったオムレツがもの凄く美味しい、とか。故郷の町の近くに綺麗な湖があって、よく釣りをしていた、とか。学園に辿り着く前に王都で迷子になりかけた、とか。

 散々語ってから、先に眠ってしまった。


「わたくしは何も話していませんのに」


 その寝顔は年相応に子供っぽくて、とても可愛らしくて、見ているだけで微笑んでしまう。

 しかし、この子は怪物だ。

 訓練場で見せたあのバカげた威力の魔法。

 おそらく、あれは限界ではない。

 あんなものでは済まない。魔力を絞り出していない。

 そして、まだまだ成長する。


 自分はこの子に本当に勝てるのか?

 威勢のいいことを言ってしまったが、自分でも信じているのか?


 適性値9999。

 その真価をまだ誰も目撃していない。

 いや、それでも。

 相手が誰であろうと勝ってみせる。

 そう決めて入学したのだ。

 ならば単純。自分でも言ったとおりだ。

 ローラの足を引っ張ったりはしない。その上でローラの百倍努力し、越える。

 勝つとはそういうことだ。


「にしても……眠れませんわ」


 隣でスヤスヤ熟睡しているローラが羨ましい。

 よく新しい環境ですぐに眠れるものだと感心してしまう。

 しかも、この子は午前中ずっと眠っていたはずなのだ。

 熟睡適性というものがあったとしたら、それも9999なのだろう。


「布団が違う。枕も違う。そして何よりも……」


 実家でいつも抱いていたぬいぐるみがない。

 シャーロットはあれがないと眠れないのだ。

 とはいえ、もう十四歳。

 いつまでもぬいぐるみを抱いて寝るのはみっともない。

 まして学園の寮は二人部屋。

 これを機会にぬいぐるみから卒業しようと考え、実家に置いてきたのだが。

 眠れない。

 疲れているのに眠れないという理不尽な状態に置かれている。


「……もうこうなったら、奥の手を使うしかありませんわ」


 シャーロットはローラを見る。

 この九歳の少女。大きさがあのぬいぐるみと同じなのだ。

 さっき大浴場に入ったときからずっと思っているのだが、とても抱き心地がよさそうだ。

 ああ、もう我慢できない。

 そっと抱いて、そしてローラが起きる前にこちらが起きれば、きっとバレない。

 問題ない。


「ローラさん……失礼しますわ……!」


 意を決して抱きしめる。

 その瞬間、至福の感触を全身で感じ取った。

 あのぬいぐるみと同等。いやそれ以上の心地よさ。

 匂いもいい。風呂上がりだからか? それともローラ自体がこの香りを放っているのか?

 いずれにしても、これは素晴らしい。

 楽園だ。


(昇天しそうですわ!)


 こうしてシャーロットは何とか安眠することができた。


        △


 そして次の日の朝。


「わ、私どうしてシャーロットさんに抱きつかれてるの!? 何があったの!? シャーロットさん起きて! 私、動けません!」


「すやぁ……」


「うぅ……何だかとても幸せそうな寝顔です。まだちょっと早いし、二度寝しようかな……」


 そのまま寝坊し、仲良く朝礼に遅刻し、エミリアに叱られてしまう二人であった。

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