第7話 私、負けませんよ!
入学初日の授業は、訓練所で行なわれたテストだけで終りだった。
そして教室に戻り、担任であるエミリアから締めの挨拶を聞いて解散だ。
「えー、今日は入学初日と言うこともあり……皆さん疲れているでしょうから、真っ直ぐ寮に帰って休んでください。特に午後は疲れましたね……先生も疲れました。では解散」
どう見ても一番疲れているのはエミリアだった。
頬がげっそりしている。
「あー……そうだローラさん。あなたの荷物、保健室に置きっぱなしだから。寮に運んでおいてね。それじゃあ……」
エミリアはそう言って、教室から出て行った。
それから生徒たちも立ち上がり、わいわい騒ぎながら教室を出たり、残って雑談したりしている。
ローラはその輪に入ることができない。
どうやら午前中のうちに、ある程度グループが出来上がってしまったらしい。
とはいえ、ローラが無視されているというわけではなく、皆、こちらにチラチラと視線を向けてくる。
しかし、話しかけては来ない。
興味が半分。恐怖も半分。
(訓練場で、やらかしすぎた……?)
魔法使いのことをほとんど知らないローラでも、自分の力が他の生徒と違うというのは理解した。
「ローラさん、ローラさん。あなた午前中寝ていたから、女子寮の場所を知らないでしょう?」
ローラがボンヤリしていると、不意に話しかけられた。
視界の端に写ったのは、黄金の螺旋。
シャーロット・ガザードだ。
「あ、はい……でも誰かに聞けば……」
「わたくしが案内しますわ」
「へ?」
それは意外すぎる一言だった。
てっきりシャーロットには嫌われているものと思っていたのだが。
「何を呆けていますの? わたくしとあなたは同室。今から部屋に行くので、あなたはついてきなさい」
なるほど。そういう理由か。
しかし、無視されなかっただけでも嬉しい。
ローラはついつい頬を緩めてしまう。
「な、何をにやけていますの……?」
「何でもないです。それより、保健室に荷物を取りに行っていいですか?」
「ええ。わたくしがその程度も待てない狭量な人間だとお思いで?」
「シャーロットさん、優しい人なんですね!」
「え、このくらいで!?」
そしてローラはシャーロットと一緒に保健室に行き、荷物を回収してから寮に向かった。
その間、ほとんど会話はなかったが、クラスメイトと並んで歩くというだけでローラは楽しかった。
どうしてこんなに楽しいのか、自分でも最初は分からなかった。
だが、よく考えてみれば、小さい頃から(今も小さい)ずっと剣の修行ばかりで、年の近い人と遊んだ覚えがほとんどなかった。
つくづく父親の教育は偏っていたのだなと思い知る。
その偏りもまた楽しかったのだが……ここで一つ、まともな学園生活を送ってみよう。
「ここが私たちの部屋ですわ」
「ありがとうございます。おお、結構広いですね」
ベッド。タンス。机。それぞれ二つずつ。
暮らしていくのに最低限のものが用意されていた。
ランタンも一つだけあるが、魔法学科の生徒は自分の魔力で明かりを作れるので、これは不要である。
ローラは着替えやタオルなどが入った鞄、それから愛用の剣を床に降ろし、ベッドに腰掛けた。
結構いい布団だ。ふかふかしている。これなら授業で多少疲れても、一晩眠れば元気になるだろう。
「シャーロットさん。これから卒業まで、よろしくお願いします!」
「……ええ、よろしく。けれどローラさん。一つだけハッキリさせておきますわ」
「何ですか?」
「わたくし、誰とも必要以上になれ合うつもりはありませんの。わたくしの当面の目標は、学園最強の生徒になること。つまり全員がライバル。特にローラさん。あなたは敵ですわ!」
そう言ってシャーロットはローラをビシッと指差した。
「え、敵!?」
「そうですわ。さっきの訓練場での一撃。あれは何ですの。わたくしとソックリな魔法でありながら、わたくしよりも遥かに高威力。当てつけですの? 嫉妬と受け取ってくださっても構いませんが……正直、不愉快でしたわ!」
不愉快。そう言ったシャーロットの表情には、本当に怒りが浮かんでいた。
「わ、私は……ただ……」
ただ、シャーロットの魔法が格好よかったから。
それだけの理由で真似をしたのだ。悪意なんてなかった。
しかし、シャーロットの立場になって考えれば、確かにバカにされたように感じるだろう。
ローラがやったことは、お前にできることは自分ならもっと上手にできるのだぞ、と。そう言ったのと同じだった。
「ごめんなさい……私、魔法のこと分からなくて。今日見た中でシャーロットさんが一番素敵だったから、つい真似しちゃって……あんな威力になるって自分でも知らなくて……シャーロットさんの気持ちも考えずに、私は……」
謝り方すら分からない。
今の言葉も、はたから聞けば自慢に聞こえるかもしれない。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
戦士学科に入って、クラスメイトと切磋琢磨して、友達を作って、放課後は居残って剣の稽古をしたり、街に遊びに行ったり――そんな学園生活を想像していたのに。
これでは友達一人作ることすらままならない。
魔法のことも好きになりかけていたのに……。
「は、え、ちょっと、何を泣いていますの……!?」
「だって、私、シャーロットさんに酷いことを……」
「いえ、ローラさんは何も、わたくしが勝手にひがんでいるだけで……ああ、もう、これではわたくしが完全に悪役ですわ!」
シャーロットはハンカチを手に取り、ローラの涙を拭き取る。
「今のはわたくしが悪かったのです。謝ります。ごめんなさい。ですから、泣くのはおやめなさい」
「許して、くれるんですか?」
「ですから、許すも何も、悪いのはわたくしです。自分よりずっと年下の少女に本気で嫉妬するなんて、我ながら恥ずかしいですわ。負けたなら、努力していつか勝てばいいだけのことなのに……」
努力して、いつか勝つ。
当たり前すぎるほどの正論だ。
きっと、どんな世界でも、それは基本の考え方。
だが、ローラの魔法適性値はオール9999なのだ。
努力でどうにかなるものなのか?
普通なら諦めるものではないのか?
「ローラさん。わたくしの攻撃魔法適性は120です。他の魔法適性も100前後。つまり、あなたの約百分の一ですわ」
つまり、追いつくのは不可能――。
「つまり、ローラさんの百倍努力すればいいだけのこと。負けませんわ。この学園で最強の魔法使いになるのは、このシャーロット・ガザードです!」
ローラはハッとして顔を上げた。
シャーロットは真っ直ぐにこちらを見ていた。
「ローラさん。あなたは良くも悪くも特別ですわ。きっと、色々なことを言われるでしょう。陰口を叩かれるでしょう。わたくしのように嫉妬をする者。面と向かって悪口を言う者もいるでしょう。ですが、つねに全力でいてください。他人に遠慮して手加減をしないでください。わたくしは必ず追いつきます。あなたに勝ちます。手心を加えることは、他人に対する侮辱と知りなさい!」
ああ、魔法の世界にも、こんなに真っ直ぐな人がいるのか。
まるで剣を握っているときの父のような瞳だ。
ローラは、なぜシャーロットを格好いいと思ったのか、真に理解した。
彼女は疾走する光だ。
前だけを見つめて突き進む輝きだ。
そんな彼女が今、自分を見つめている。
何と答えればいい?
ありがとう? よろしくお願いします?
否。何だ、その寝ぼけた台詞は。
父と母から何を学んだ。
戦士と魔法使いという違いはあれど、言うべき言葉に変わりはない。
そう。たった一つのシンプルな答え。
「私、負けませんよ!」
この瞬間、ローラとシャーロットは友達となった。
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