第6話 どうしよう、病みつきになりそうです
「よし、一番手は僕が行くよ。命中率には自信があるんだ」
シャーロットよりも年上の男子が前に出て、そして手の平に魔力を集中させた。
放ったのは、水で作られた矢。
それは一直線に飛び、五十歩ほど先にいる精霊へ見事に命中する。が、精霊の持つ熱量であっという間に蒸発し、ダメージを与えることはできなかった。
「いい感じね。命中判定よ。じゃ、次の人」
二人目はエミリアとさほど変わらない歳の女性だった。
さぞ経験を積んでいるのだろうと思いきや、彼女は外してしまった。
三人目も失敗だ。
魔法を命中させるのは意外と難しいようだ。
「では、そろそろ、わたくしがお手本を見せて差し上げますわ」
四人目はシャーロット。
全身から自信がみなぎっている。
「おお、ついに出たぞ、ガザード家の長女」
「攻撃魔法適性120だからな……きっとすげーのを撃ってくるぞ」
「9999のせいで霞んでるけど、120も十分天才だしな」
「十分ってか、数十年に一人の逸材のはずだぞ……9999のせいでアレだけど」
あまり9999を連呼しないで欲しいと思うローラであった。
「光よ。我が魔力を捧げる。ゆえに契約。敵を粉砕せよ――」
シャーロットは言葉を紡いだ。
流石にローラも知っている。
これは呪文という奴だ。
魔法使いが魔法のイメージをよりハッキリさせるために唱える言葉。
普通なら、喋りながら何かをすると気が散るようにも思える。
しかし優れた魔法使いは呪文を詠唱することにより、自らの精神を改変し、魔法の効果を高めるらしい。
そう母に教わった。
横で聞いていた父は、魔法使いらしい小細工だと切り捨てていた。
だが、目の前で呪文詠唱し、魔力を高めているシャーロットの姿は……端的に言って、格好良かった。
美しかった。凛々しかった。見惚れてしまった。
剣術こそ至高と信じてきたローラが、よりにもよって魔法使いの少女に目を奪われた。
そして、シャーロットの手の平から閃光が走った。
白く輝く光の砲撃だ。
今までの生徒とは明確にレベルの違う威力。
それは空間そのものを切り裂くように炎の精霊へ直撃し、貫通した。
精霊を構成した炎が散る。そのまま消える。
更に光の砲撃は、精霊の後ろの壁に衝突し轟音を響かせた。
「はい、お見事、シャーロットさん。まさか入学初日の生徒に、炎の精霊を倒されるとは思ってなかったわ」
「ふふ。このくらい、ガザード家として当然ですわ」
そう言ってシャーロットは金色の髪を手でかきあげた。
平静を装いたいのだろうが、先生に褒められたのが嬉しかったようで、頬が紅潮している。
かなり分かりやすい性格なのかもしれない。
「そして皆。この訓練場の結界の強さも分かったでしょう? あれほどの威力の魔法でも、ほら。壁に焦げ目すらついていない。それは空に向かって撃っても同じこと。外に迷惑はかからない。だから皆、安心してぶっ放してね」
エミリアは新しい炎の精霊を出した。
それから五人目、六人目と生徒たちが挑戦していく。
その様子をローラはずっと後ろから見ていたが、命中させることができる生徒は、全体の七割くらいだ。
精霊を破壊できた生徒といえば、それはシャーロット唯一人。
少し……いや、かなりがっかりだ。
シャーロットの魔法で期待してしまった分、そのあとの生徒たちの不甲斐なさに腹が立つ。
なんだ、この人たちは。
命中させるだけで限界か。
これが剣なら、何の訓練もしていない者でも当てることができるぞ。
やはり魔法は駄目だ。剣のほうが素晴らしい、と思わずにいられない。
「残っているのはローラさんだけね。さ、さ。思いっきりやってちょうだい」
「ふふん。お手並み拝見ですわ」
エミリアとシャーロットが、期待を隠そうともせずローラを見つめた。
また、他の生徒たちも似たようなもので、適性値9999がどんな魔法を出すのかと注目してくる。
(うわぁ……緊張するなぁ。けど、これで本気でやってショボイ魔法しか出なかったら、それを理由に戦士学科に入れてくれるかも!)
「で、ではローラ・エドモンズ、行きます!」
全員の視線を浴びながら、一歩前へ。
手の平を炎の精霊に向け、意識を集中。
呪文を唱えよう。
理屈は知らないし、技術もないし、鍛錬も積んでいない。
しかし今日見た中では、シャーロットのやり方が最もしっくり来た。
真似をさせていただく。
「光よ――」
このあとに続く言葉は〝我が魔力を捧げる。ゆえに契約。敵を粉砕せよ〟だった。
しかし頭の中で唱えてみても、いまいち違うような気がする。
ゆえに自分流にアレンジだ。
「我が魔力を喰らえ。集え、従え、平伏せよ。そして命じる。万象を蹂躙せよ。王が誰かを知るがいい――」
はて?
自然とスラスラ呪文が口から出てきたが、やたらと仰々しい。そして威圧的だ。
こんな上から目線で精霊が言うことを聞いてくれるのだろうか。
ローラがそう疑問に思っていると。
「あ、ちょっ、ローラさん! ストップ!」
「へ?」
エミリアが止めたときにはすでに遅かった。
ローラの手の平から光の砲弾が……否。光の破城槌が放たれたあとだった。
訓練場の全てが光に包まれる。
明るすぎて目を開けているのが困難だ。
顔面を熱波が叩く。
やがてローラが放った破城槌は炎の精霊に衝突し、一瞬で消滅させ、そのまま訓練場を包む防御結界へ突っ込んだ。
地震が起きた。
大気も震えている。
そして、空がひび割れた。
「あぁぁ! あぁぁぁっ! 防御結界、修復、強化! 新結界構築、生徒を守護せよ、強化、強化、強化、強化ァァッ!」
エミリアは悲鳴を上げて、色々と魔法を使っている。
ローラは見ているだけで、その全てが手に取るように分かった。
まず、訓練場の結界の修復と一時的な強化で、破城槌の爆発が外に漏れないようにしたようだ。
それから、ここにいる生徒全員とエミリア自身を包み込む新しい結界を作り、あらん限りの魔力で強化。ひたすら強化。
が、間に合わない。おそらくエミリアの作った結界には穴が空き、生徒に少なからず被害が出るだろう。
ならば元凶であるローラが新結界を更に強化してやればいいだけの話。
「……強化」
小さく呟き、エミリアの結界に自分の魔力を上乗せする。
他人の魔法に割り込むというのが、どれほど高等テクニックかまるで自覚しないままローラは平然とやってのける。
そのおかげで全員が無傷だった。
被害も外に広がらなかった。
だが、焦げないはずの壁が真っ黒になっている。
エミリアの判断とローラの強化が一瞬遅れていたら……どうなっていたことやら。
「え、マジで……え、ローラさん、もう既に私より強い? ギルドレア冒険者学園の教師にしてAランク冒険者、そして〝竜殺し〟の異名を大賢者様から与えられた私より……え、え? そんな、流石にそれは……ない!」
エミリアは何やらブツブツ言ってから、自分のほほをパンッと叩いた。
そうやって動いたのは彼女だけで、他の全員はポカンと突っ立っていた。
声を発する者すらいない。
そして当のローラは、自分の手の平を見ながら――興奮していた。
「あの光を、あの威力を……私の力で……?」
父と母に知られたら怒られるだろう。
しかし、味わってしまったのだ。
魔力を錬って、思いきり放つ。
剣では味わえない、特上の破壊力。
これは、病みつきなってしまう。
(いや、駄目よ! 私はローラ・エドモンズ。剣士を夢見る少女なんだから!)
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