第2話 魔法適性値9999って何ですか!?
冒険者は誰でもなれる。
貴族でも。平民でも。無一文でも。文字の読み書きができなくても。
必要なのはたった一つ。
命を懸ける覚悟だ。
人に害をなすモンスターの駆除。
古代文明の遺跡の探索。
過酷な自然の奥地から錬金術の材料を持ち帰る。
これら全て、人類に貢献する重大な仕事であり、そして死と隣り合わせの
冒険者は死ぬ。
特に武術や魔法の訓練もろくにせず、手っ取り早く金を稼ごうと冒険者になったものは、おおむね死ぬ。
新人冒険者の一年後の生存率が七割を切る、という具体的なデータがあるほどだ。
それでも冒険者になりたがる者はあとを断たない。
なにせ金になる。
スリルがある。
子供の憧れである。
そして、死ぬのだ。
冒険者とはそういうものだと、ずっと思われてきた。
だが、五十年前。そこに異を唱えた者がいた。
死んだ者たちの中には、もしかしたら才能あふれる者がいたかも知れないのに。
その才能を伸ばす前に死んでいいはずがない。
ならば死ぬ前に教育してやろう。
そう唱えたのは『麗しき大賢者』の二つ名を持つ、Sランクの冒険者。
百三十年前に魔神の一体を倒し、今なお存命の生きた伝説。
カルロッテ・ギルドレア。
彼女は当時の国王に掛け合って資金を出させ、教師に相応しい人材を集め、そして冒険者を育てる学校を作り上げた。
それが、王立ギルドレア冒険者学園。
ローラが今日から通うことになる学校であり、父ブルーノと母ドーラもここの戦士学科の卒業生だった。
王立ギルドレア冒険者学園には二つの学科がある。
戦士学科と魔法学科だ。
前者は剣、槍、斧、弓、徒手空拳などをメインに教える。
後者は魔法全般だ。
そして無論、ローラが入学するのは戦士学科である。
「戦士学科の新入生はこっちに集まれ!」
広い校庭に男性教師の野太い声が響いた。
どこに行けばいいのか分からず、荷物を持ったままオロオロしていたローラは、ホッとため息をつく。
いくら剣の才能があっても、九歳は九歳だ。
見知らぬ王都。慣れない集団行動はどうしても緊張する。
「ローラ・エドモンズ。戦士学科です!」
「おお、お前があのエドモンズ家の娘か。確かまだ九歳だったな。その歳で入学試験を突破するとは、両親に負けない才能だ。しかし、ここの授業は厳しいぞ。覚悟しておけ」
「はい!」
厳しいのは望むところだ。
ローラは強くなりたいのだから。
それにしても、九歳で入学というのは本当に異例のことらしい。
周りを見回しても、年齢の近い者が見当たらない。
入学試験は皆が別々に受けたから分からなかったが、一番若くても十二か十三歳くらい。二十歳近いと思われる者もいる。
もっとも、入ってしまえば年齢など関係ない。全ては実力で決まる。
とはいえ、友達にするなら、年齢が近いほうが話しやすい。
自分はちゃんと友達を作れるのかなぁ、と、ローラは不安になってきた。
しかし大丈夫だろう。
歳が離れていても、ここにいる者は全員、一流の戦士を目指している。
きっと話が弾む。
更に剣士同士なら親友になれる、はず。
「戦士学科の新入生、四十三人。全員集まったようだな。では今から、この装置でお前たちの才能を測る。無論、こんな道具で測定した才能など目安に過ぎないが、一応、今後の授業の参考にする。ま、気楽にしてくれ。これで今すぐどうこうするつもりはないから」
そう語る大柄な教師の横には、青い半透明の柱が立っていた。
太さも長さも、その教師と同じくらい。
名前を呼ばれた生徒は、その柱に手を触れる。
すると柱から光が伸びて、空中に文字を描き始めた。
どうやら、剣や槍、各種魔法の適性を数値化してくれる装置のようだ。
おそらく、魔法技術の塊なのだろう。
創立者のカルロッテ・ギルドレアが作ったのだろうか?
「次。アンナ・アーネット」
「はい」
返事をして前に出たのは、十三歳くらいの少女。髪は燃えるような赤色だった。
多分、彼女がローラに一番歳が近い。
そのアンナの歩き方を見て、ローラは思わず唸ってしまった。
まだ若い……というか幼いのに、一流の戦士のような雰囲気だったのだ。
父と母という本物の一流を日常的に見てきたからこそ分かる、ローラの勘だ。
そして勘が正しいと装置が証明してくれる。
名前:アンナ・アーネット
剣の適性:98
槍の適性:81
斧の適性:66
弓の適性:70
格闘適性:83
空中に表示された数値を見て、教師が「ほう」と声を漏らす。
「さっきから見ていて分かったと思うが、あの厳しい試験に合格した者でも、適性はおおむね50~60だ。しかしアンナは一番低い斧でも66。剣に到っては98だ。間違いなく天才。もっとも、どんな天才でも慢心したらそこで終りだがな」
「慢心なんてしない……全力で研鑽を積む」
教師に対してアンナは鋭い声で答える。
それを聞いて、ローラは武者震いした。
きっと彼女は自分のライバルになる。そんな予感がしたのだ。
「さて。アンナの魔法適性がまだ残ってるぞ。戦士学科の者でも、魔法を使えて損はない。覚える余裕があるならドンドン覚えろ」
攻撃魔法適性:04
防御魔法適性:29
回復魔法適性:08
強化魔法適性:31
召喚魔法適性:06
特殊魔法適性:10
「ほう。こりゃバランスがいい。防御魔法で自分をガード。強化魔法で身体能力の強化が可能だ。根っからの白兵戦スタイルだな、アンナは」
「……好みと適性が一致して一安心」
そう呟いたアンナは、本当に嬉しそうに微笑んでいた。
戦士学科なのに魔法適性を見られる。教師も魔法の使用を推奨している。
ローラはそこに違和感を覚えたが、両親から受けた教育が極端なものだったという自覚もあるので、顔にも出さず大人しくすることにした。
「よし。次はローラ・エドモンズ。どんな数値が出るか、楽しみだな」
ローラの小さな姿に生徒たちは不思議そうな顔をし、次にエドモンズという姓を聞いて「おお」と歓声を上げる。
「エドモンズってあのエドモンズか? 魔法嫌いで、接近戦マニアで……そこまで偏ってるのに鬼のように強かったっていう夫婦」
「一人娘がいるって聞いたことがあるし、確かあのくらいの年齢のはずだ。まさか同じ年に入学することになるとはな……」
「それにしてもまだ十歳にもなってないだろ。コネか?」
「バカ。大賢者の学園がコネの入学なんか認めるかよ。実力だよ実力」
戦士学科の新入生全員の視線がローラに集中する。
人生のうち、これほど注目を受けたことがなかったローラは赤面し、小走りで装置の前に行く。
そして――。
剣の適性:107
槍の適性:99
斧の適性:74
弓の適性:68
格闘適性:75
ローラの数値に、皆が唖然とする。
教師ですらポカンと口を開け、それから苦笑いのような顔になった。
「剣の適性100超えとは……恐れ入った。もしかしたら学園創立以来じゃないのか?」
測定した数値など目安に過ぎない。
天才でも慢心したらそこで終り。
そう言っていた教師だが、ローラの数値を見て目を輝かせていた。
ローラもまた、鼻が高かった。
別にひけらかすつもりはないが、それでも自分に剣の才能があると、こうして数字で示されて嬉しくないはずがない。
アンナより高いというのも安心に繋がった。
何だかんだ言って、アンナより剣の適性が低かったらどうしようと不安だったのだ。
そのアンナは、ローラを睨んでいた。
向こうもこちらを意識しているらしい。
やはりライバルだ。
数値の差は9。おそらく、努力次第で覆る。
「さて。次は魔法の適性だ」
それは興味がない。
むしろ見たくない。
そこそこ高い数値が出るのだろう。
練習せずに魔法が使えたのだから。
だがローラは魔法を使うつもりなど微塵もなかった。
ゆえに、どんな数値だろうと無視する。
と、決めていたのだが――。
攻撃魔法適性:9999
「ん?」
「は?」
「なっ!」
「故障か!?」
「999ってありえないでしょ!?」
「バカ、桁が違う。9999だ!」
まず最初に出てきた攻撃魔法の数値を見て、生徒も教師も奇声を上げた。
桁違い。
今まで表示されてきた数値とは明らかに次元が違う。
100を超えたと大騒ぎしていたところに9999である。
理解が追いついている者など、一人もいなかった。
ローラもまた硬直し、次々と表示される自分の適性を眺めるしかできない。
それは悪夢のような光景だった。
防御魔法適性:9999
回復魔法適性:9999
強化魔法適性:9999
召喚魔法適性:9999
特殊魔法適性:9999
ローラの意識は飛んでいた。
剣士になる。魔法など使わない。
そう理想を燃やしていた九歳の心に、この現実はショックが大きすぎる。
「ローラくん、ローラくん。ちょっとこっちに来てくれるかな!」
そして気が付くと、ローブを着た如何にも魔法使い風の教師が、ローラに向かって手招きしていた。
「もう話はまとまったから。君は魔法学科ね。はい、今日からよろしく! いやぁ、想定外の数値だよ。君のような才能を迎えることができて嬉しい。才能だけなら大賢者様すら凌駕している。君は魔法の歴史を塗り替えるかもしれない!」
ローラは目の前が真っ白になった。そして、
「う、うわぁぁぁんっ!」
と泣き叫び、バタリと倒れ、完全に気絶してしまった。
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