剣士を目指して入学したのに魔法適性9999なんですけど!?

年中麦茶太郎

第1話 旅立ちのときです

「前衛はいいぞ」


 それがエドモンズ家の家訓であった。

 現にローラの両親は、冒険者だった頃、ともに前衛だったという。

 父、ブルーノは剣士。

 母、ドーラは槍使い。

 二人でコンビを組み、巨大なドラゴンを倒し、ダンジョンを探索し、新種の生物を発見したりしていた。


 第一線こそ退いたが、今でも町の付近に現われるモンスターを退治しており、その腕は微塵も鈍っていない。


「魔法なんて軟弱者が使う技だ。俺たち前衛の後ろに隠れてこそこそ戦う卑怯者だ」


 ブルーノの考え方は非常に偏っていて、まともな冒険者が聞いたら憤慨するようなものである。

 だが、ブルーノとドーラは本当に魔法使いをパーティーに加えず、前衛だけで数々の偉業を成し遂げたのだ。

 今でも語り継がれる、Aランク冒険者の夫婦。

 その輝かしい実績を前にしては、誰もが押し黙るしかない。


 ブルーノほどではないが、ドーラも似たような思想を持っていた。

 ゆえに、娘であるローラを魔法使いにするつもりなど二人にはなかった。全くもって思いもよらなかった。


 そして「前衛はいいぞ」と囁かれて育ったローラもまた、自分は父のような剣士になるのだと決めていた。

 冒険者ギルドに登録して、槍使いや斧使いと一緒にモンスターを狩って生活するのだと。

 何の疑いもなく信じていた。


 しかし。ローラには一つ、誰にも教えていない秘密があった。

 少しも練習していないのに、なぜか魔法が使えるのだ。

 それを知ったのは、ほんの出来心からだった。

 三歳の頃、絵本を見て魔法に興味を持ち、軽い気持ちで念じてしまったのだ。


 炎よ出ろ――と。


 すると本当に手の平からポンと火の玉が出てしまった。

 ローラは父と母が魔法を忌み嫌っていると知っていた。魔法とは邪悪なものなのだ。

 そんな忌むべきものを遊びとはいえ使ってしまった。

 ローラは怖くなり、布団に潜り込んで涙を流した。

 以来、魔法など使わず、剣を教えようとする父ブルーノに従って、ひたすら稽古に励んだ。

 ローラ自身、剣が好きだった。

 日々上達していくのが自分でも分かった。

 そして我が子の才能に一番喜んだのは、やはりブルーノであった。


 だが八歳になってから、また魔法を使ってしまった。

 怪我をした猫を庭で見つけ、つい回復魔法で治してしまったのだ。

 見つかったら父と母に嫌われると思いつつ、猫を見捨てることができなかった。


 それにしても、なぜ自分に魔法の才能があるのだろうか。

 魔法のことはよく知らないが、練習していないのに火の玉を出せたり、怪我を治せたりするのは、おかしいのではないか。

 いや、どうでもいい。

 もう魔法は使わない。

 私は剣に生きるのだ。

 そう改めて決意を固め、ローラは九歳となる。


「ローラ。そろそろ冒険者学園の試験を受けてみるか? あそこの戦士学科はいいところだぞ。大賢者が学長というのが唯一の欠点だが……それ以外は素晴らしいんだ! 普通は十五歳くらいで受けるものだけど、お前は剣の天才だ。余裕で合格するだろう。それだけの実力があるなら、早く世に出るべきだ。こんな田舎でくすぶっていたら駄目だ」


 九歳の娘に『田舎でくすぶっていたら駄目』と説教する親も親だが、それを聞いたローラは素直に頷いたのだ。

 早く一人前の冒険者になりたい。剣でモンスターと戦いたい。

 父が認めてくれたのだ。ならば試験は合格するに違いない。


「私はまだ早いと思うんだけど……」


 母ドーラはそう言っていたが、しかし娘の才能は否定しなかった。

 本人がやる気になっているなら、無理に止める理由もない。

 結局のところ、ドーラも根っからの冒険者だった。


 そしてローラは九歳の誕生日を迎えた冬。父と母とともに馬車に乗り、王都までやって来た。

 そこで冒険者学園の試験を受ける。

 剣士志望であるから、試験官相手に試合形式で剣の腕を見せた。

 試験官は在校生だ。

 本来なら善戦してみせるだけで合格なのに、ローラは試験官に勝ってしまった。

 また頭も悪くないので、筆記試験も余裕でパスした。


「凄いぞローラ。お前は本当に、お父さんの自慢の娘だ」


「お母さんも鼻が高いわ。春からローラは寮住まいね。ローラがいなくなるのは寂しいけど……確かにあなたの才能を親のわがままで埋もれさせることはできないわ。頑張るのよ」


 両親に褒められて、ローラは心底嬉しかった。

 試験官に勝てたのも嬉しかった。

 自分が今までやってきた特訓は確実に実を結んでいる。

 どこまでも強くなりたい。


「いつか、お父さんとお母さんより強くなってみせるんだから!」


「おお、言ったなこいつ!」


「ふふ、楽しみにしてるわよ」


 そして一度、故郷の町まで帰り、冬の間は今まで通りの生活を送った。

 雪が溶け始めた頃、馬車に乗って再び王都に向かった。

 今度は一人だった。

 順調に行けば三年間。ローラは冒険者学園で、戦闘技術を学び、卒業すると同時にCランクの冒険者になる。

 だが、学園側から落ちこぼれのレッテルを貼られると、容赦なく退学になり、卒業を待たずして家に帰ることになる。

 無論、ローラは退学の心配などしていなかった。

 自分は強い。剣の才能がある。努力もしている。

 小さくなっていく故郷を見つめながら、「学園一の剣士になってみせる」と、馬車の中で決意した。


「それから、友達が沢山できたらいいなぁ……」


 このときローラは、自分に途方もない魔法の才能があるということを、すっかり忘却していた。

 そして、その才能を学園側が放っておくはずがないと、思い至ることができなかった。

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