第3話下級令嬢へ転生

 人間の身体に転生してから月日が経つ。


「マリアンヌ。これもどう?」

「大丈夫です、お母さま」


 最初は少しだけ違和感があったが、今ではマリアンヌ、今の身体に慣れていた。

 マリアンヌだった記憶もあるために、言葉使いや家族との人間関係も良好だった。


「マリアンヌ。本当に宮殿にいくの?」


「……はい」


 私マリアンヌはこれから宮殿に向かおうとしていた。目的は自分の気持ちを確認するためだ。


(今の宮殿にはアイツがいる、らしいからな)


 前世で死に別れしまった少年ラインハルト。あの者に再会して確認したことがあったのだ。


「それで行ってきます、お母さま」


 こうしてマリアンヌとして育った小さな領地を離れ、私は帝都にある宮殿へと馬車で向かうのであった。


 ◇


 数日かけて帝都に到着した私は、すぐに宮殿に向かう。


「貴女がバルマン男爵家の令嬢のマリアンヌさんですか?」


「はい。本日からよろしくお願いします」


 宮殿付きの侍女長と顔合わせをする。

 ここに来る前に事前に推薦状や根回しを、私はしておいた。

 お蔭で難なく侍女見習いとして働くことが出来るのだ。


「それでは侍女の仕事に簡単に説明します……」


 侍女長は四十代の真面目そうな女。宮殿内を案内しながら、私に細かく説明をしていく。


(“侍女”制度か)


 人間界の侍女とは、王族や貴族などの上流階級の者に個人的に仕えて、身辺の世話をする女性の名称だ。


 仕事内容は、化粧や髪結い、服装などの選択や管理など。全般の外出や買い物の補佐など多岐にわたる。


(人間独特の風習だな)


 人間の風習や文化は書物や経験で知っていた。あと昔、人間界で暮らしていた時にも、同じように風習もあった。

 だから今回も問題なく侍女として働くことは可能だ。


(それにしても侍女は、かなり人数が多いものだな)


 宮殿内ですれ違う侍女は、かなりの数に渡る。令嬢たちは最低も二人以上の侍女を引き連れ、宮殿内を闊歩しているのだ。


(なるほど。侍女の数が身分の高さ、ということか)


 知識として知っていたが、こう見ると面白い光景。魚のフンだと思うと滑稽だ。


「……マリアンヌさん、ちゃんと私の話は聞いていましたか⁉ 宮殿内は迷路にようになっているから、ちゃんとメモをしなさい⁉」


 私は上の空で聞いていたように見えたのであろう。侍女長はかなり不機嫌な顔になっていた。


「失礼しました。ですが全部記憶しておりますので、ご心配には及びません」


 記憶力は自信がある方。

 数千冊の専門書を暗唱できる能力があるので、この程度の宮殿や説明は一回聞くだけ覚えてしまうのだ。


 私は今までの説明を一語一句間違えずに復唱していく。


「どうでしょうか、合っていますか?」


「――――っ⁉ え、ええ……ちゃんと聞いていたようですわね。感心しましたわ」


 侍女長はかなり驚いた表情。あまり好印象は抱いていはいない。


 だが私は気にはしない。ここに潜入した目的は人間に好かれるためにはないからだ。


(さて。早めにアイツの顔を見ないとな……)


 目的はラインハルトに再会すること。

 だが相手は仮にも皇族であり、侍女である今の私とは天と地ほどの身分の差がある。

 何か策を弄さないと、なかなか顔を合わせることも出来ないだろう。


(……ん?)


 そんな時、宮殿のテラスが騒がしくなる。


 ……ざわ……ざわ……ざわ……


 令嬢や侍女たちが騒ぎ出したのだ。

 雰囲気的に大物、上級貴族が宮殿に入ってきたのだろう。


「……ねぇ、見て。ラインハルト殿下よ……」

「……ええ。本当ね」


 なんと運の良いことに、最大の目的である人物。

 第五皇子のラインハルトが接近してきたのだ。


(あれがライン坊だと。まさか)



 だがラインハルトと呼ばれる人物を目にして、私は自分の目を疑う。

 何故なら前回見た時と別人のようになっていたのだ。


 身長は私を超えるたくましい長身に。顔つきも整っているが、壮観な青年の顔になっていたのだ。


(ああ。そうか。成長期の人は、数年で一気に成長するのだったな)


 最後に見たラインハルトは11歳だった。

 だが七年後に転生したため、今は成人後の18歳になっていた。


 だから別人のように見まちがえるに成長していたのだ。


(そうか。あのライン坊が、あんなに大きく、か……)


 身長や顔つきは成長しているが、全身から発せられる魔力は、ライン坊そのもの。


(再会できたのか、また……)


 そう思うと胸がチクチクしてきた。前世の“あの感情”がまた込み上げてきたのだ。


「――――っ⁉ マ、マリアンヌさん⁉ 頭を下げなさい! ラインハルト殿下の御前ですよ!」


 侍女長が隣で叫んでいる。


 ああ、そうか。

 皇族を前にした時は、身分の低い侍女は頭を下げなくていはいけない、宮廷ルールがあった。


 だが私はラインハルトを目の前にしても、鋭く観察をしてしまっていたのだ。


「――――っ⁉ そこの侍女、不敬であるぞ!」


 ラインハルトの近衛騎士が睨んでくる。

 まだ頭を下げない私に対して、激昂したのだろう。


「……大変失礼いたしました」


 私は素早く最上級の謝罪をする。

 少し古いが各国の宮廷マナーも前世で会得済み。


「――――っ⁉ そ、その態度……ああ。くっ、分かればいい。殿下、生きましょう」


 私の完璧なマナーに、近衛騎士も言葉を詰まらせる。気にせずに先に進もうとする。


 だが一行の中で一人だけ足を止める者がいた。


「……おい、そこの女。今の宮廷マナー、どこで学んだ?」


 私の声をかけてきたのは長身の皇子、ラインハルトだ。


(コイツ……こんな冷たい目と、口調をしていたはずは)


 記憶の中ににあったライン坊は明るく前向きな性格。

 どんな困難に対しても前を向いていたら、太陽のような少年だった。


(まるで氷のような冷酷な目になったな、ライン)


 だが今のラインハルトは目つきと口調も冷酷になっていた。

 魔力が同意人物でなければ私ですら勘違いするだろう。



「……北の辺境に育ちました故に、古い宮廷マナーを失礼いたしました、殿下」


 だが今は怪しまれるのは不味い。相手の機嫌を損ねないように、私は説明をする。


「“北の辺境”……か」


 その単語にラインハルトは少しだけ反応する。


「……それでは行くぞ」


 だがすぐに冷徹な顔に戻り、立ち去っていく。


(ふう……鼓動が早いな、この身体でも)


 久しぶり目にしただけで、心臓の鼓動が早くなっていた。

 しかも前世よりも身体の反応が大きいのだ。


(やはり私に異常が起きているのか、これは?)


 ラインハルトと再会しただけ、鼓動が早くなるなど、明らかに普通の状態ではない。

 まるで病気になったかのような、魔法でもかけられたような症状なのだ。


(もう少し宮殿に留まり、原因を追究するべきだな、これだと)


 知識の探求者である魔女として、原因不明などあってはならない。

 この謎の現象の現象を解明するため、私は宮廷内で生活を続けていくことを決意する。


(それにしても。ライン、この七年間、何があったのだ、お前に……)


 まるで別人のように変ぼうしていた弟子の風貌と雰囲気。

 あれも原因不明で解明が必要だ。


 辺境の小貴族令嬢でしかないマリアンヌの記憶には、皇子ラインハルトの情報は少ない。

 だから私の魂が、さ迷ってた七年間、この男に何が起きていて、何をしていたか、全く知らないのだ。


(とにかく宮殿内で調べていく必要があるな。怪しまれないように、疑問の調査を。今日から忙しくなりそうだな)


 こうして氷の魔女と呼ばれていた私は、正体を隠しながら宮殿内で侍女としての日々が幕を開けるのであった。


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇



 一方で皇子ラインハルトにも変化がった。


「……ミュラー。先ほどの銀髪の侍女は何者だ?」


 唯一心を許せる近衛騎士ミュラーに声をかける。


「先ほどの、ですか? 恰好的に侍女見習いかと思いますが……殿下の気に障るようなら、辞めさせますか?」


「いや。どんな奴なのか水面下で調査をしろ」


「水面下で? あんな侍女を、ですか?」


 ミュラーは思わず声を上げてしまう。

 何故なら自分の主ラインハルトは、他人に対して、特に女性に対して興味を持ったことは一度もないからだ。


「ああ。なぜか、気になる」


「……かしこまりました」


 だが優秀な騎士であるミュラーは、それ以上は声を上げない。すぐさま了承して部下に指示を出していく。


「……エライザ……いや、まさかな……」


 一方でラインハルト胸の中のペンダントに手をおく。

 たとえ偶然の一致だとしても初恋の女性のことを、今亡き美しい人の顔を思い重ねたことに嫌悪していた。


「ミュラー。もしも怪しい奴なら排除しろ」


「はっ!」


(エライザを殺した奴らは……あの事件を謀った連中は、必ず皆殺しにしてあげるからね、エライザ……)


 こうして再び復讐の闇に捕らわれていた皇子ラインハルトと、氷の魔女との物語も幕を開けるのであった。

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氷の魔女、第五皇子の侍女になる ハーーナ殿下@コミカライズ連載中 @haanadenka

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