第2話氷の魔女の最期

『ほほう。軍隊か』


 古城は千近い死霊の武装集団に攻め込まれていた。

 逃げ出す隙間はどこにもない。


『しかも、この結界。他の魔女が力を貸しているのか』


 武装集団は結界の魔道武器の準備していた。人間には用意できぬ代物。

 私以外の魔女が、しかも複数の魔女が、今回の事件に関与しているのだ。


『私も嫌われたものだな』


 大陸の魔女は仲良し回ではない。おそらくは何かの勘に触ったのだろう。


『逃げるか』


 悠遠の時を生きてきたから、もはや未練はない。

 だが無残に殺さる趣味はない。転移魔法の準備をする。


「エ、エライザ。裏もダメだ! どうしよう⁉」


 唯一の心残りはライン。

 この者をどうにかしたい。そんな感情が込み上げてきた。


(コイツを捨て駒にするか)


 転移魔法は一人用。何の因果もないラインは置いていくのが正しい道だろう。


 私は意識を集中して転移魔法を展開。相手の結界は厳しいが、氷の魔女と恐れられた名は伊達ではない。


『――――っ⁉ あれは……』


 そんな私に向かって一筋に雷槍が向かってくる。回避不能な魔女の魔道具の攻撃だ。


「エライザ⁉ 危ない!」


 無防備な私を守るように、ラインが立ち向かう。だが幼く人族である少年には雷槍は即死攻撃だ。


『ライン……』


 だから私は彼をかばう。


 ――――ズッ、シャッ!


 次の瞬間、私の身体は貫かれていた。


(ラインは……無事か。よかった)


 抱きしめていた少年は無傷。


「エ、エイラザ⁉ ど、どうして僕を⁉」


 私は常に冷徹に教えていた。『他人よりも自分を大一優先にしろ』と。

 だからラインは何が起きたか理解できずにいた。


(この傷は……もう無理だな)


 身体の損傷は致命傷。

 私は次なる行動に移る。


『……ライン。よく聞け。お前は既に一人前。だから、ここから先は一人で生きていけ』


「――――っ⁉ な、何を言っているの、エライザ⁉ 今すぐ助けるから待っていてね⁉」


『この襲撃者の並の相手ではない。復讐など愚かな感情に捕らわれずに、教えた通り賢く生きていけ』


 師匠として最後の教えを伝えていく。

 同時に完成した転移魔法の対象者を変更。

 泣き崩れているラインを対象者に。目的地を帝都の近郊に向ける。


「――――な、何をするの⁉ 僕はエライザを助けたいのに⁉」


 涙を流しながらラインの下半身が粒子となっていく。

 転移魔法が発動されて、帝都に転送が始まったのだ。


『お前との数年は悪くはなかったぞ……達者で暮らすのだぞ……』

「エライザ……⁉ 僕も……本当に楽しかった……本当に幸せだったよ、エライザと一緒にいて……僕はキミのことが!」


 ラインは最後に何かを言おうとしていた。最後の瞬間まで手を握ってくれた。


 ――――シュン


 だが途中で転移は完成。ラインは安全な場所へと移送されてしまう。


(さて……足手まといがいなくなったことだし。私も最後の花を咲かせるか)


 自分の中の魔力を収縮させて爆発させていく。


 ――――シュワワ……


 自分を中心にして大地が凍っていく。

 襲撃はもちろん大地も氷漬けにする自爆魔法だ。


 この周囲と古城も、百年は氷と雪に閉ざされた空間になるだろう。


(……どうして私はラインを助けたのだ……?)


 氷漬けになりながら私は思え返す。

 私一人だけなら雷槍は回避できた。だが無力な彼を守るために、私はかばい守った。


(“この感情”のせいなのか……?)


 生き延びたであろう銀髪の顔を思い出すと、胸が暖かくなる。

 自分の命を代償にしても守れた、感情が込み上げてきたのだ。


(“この感情”はいったい何だったのだろう……そういえば最後に何か言おうとしていた)


 ラインの最後の顔が浮かんでくる。

 同時に膨大な後悔も。


(確かめたい……“この感情”が何のか……ラインは何と言おうとしていたのか……どうして私は……)


 そう思った瞬間、私はこと切れる。

 極大魔法が完成して命が完全に尽きてしまったのだ。


 ◇


 ◇


 ◇


 ◇


 それから長い時間が経った。


 いや、もしかしたら一瞬だったかもしれない。


 私は覚醒する。


「ああ、マリアンヌ⁉ 目を覚ましてくれたのね⁉ ああ、神様の奇跡だわ!」


 目を覚ました私は死にかけの令嬢の身体になっていた。


 無意識のうちに転生魔法が発動していたのだ。


(この身体は……ああ、そういうことか)


 新しい身体となった16歳の令嬢の記憶が走馬灯のように流れてくる。


(そうか。アレから7年しか経っていないのか)


 こうして北の魔女と恐れたエライザは、帝国の小貴族の令嬢として転生するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る