第379話.ダンジョン街と呼ばれる理由
「これもダンジョンの水なら、わざわざ調べにダンジョンに潜らなくても目標達成出来るだろ!」
ダンジョンから流れ出る豊富な水量に圧倒され、改めてダンジョンの凄さを思い知らされるが、それでもダンジョンの中に潜って謎を解き明かそうとは思わない。
少しでも油断すれば、少しではなくダンジョンの奥深くまで連れて行かれる。ムーアが簡単に引き下がるとは思えないだけに、最初からハッキリと意思表示して予防線を張る。決して曖昧な態度はとらない。
『駄目に決まってるでしょ』
「でも、これだってダンジョンの水だろ」
ムーアが紐の付いた筒を水路に投げ入れると、水を汲み上げる。そして、それを一口だけ口に含む。
『やっぱりね、変質してるのよ。これくらいの違いが分かるのは、酒の精霊でもある私くらいかもしれないけど、他の水がどうかは分からないわよ』
「他の水って···これ以外にもダンジョンの水があるのか?」
『これだけの水で、トーヤの街全体に水を供給出来ると思ってるの!』
「そこはやっぱり、魔法の世界の成せる技だろ」
『そんな訳ないでしょ!』
ダンジョンの入口の大きさからすれば、水路は立派なものに見えるが、大きな河川から比べれば水量は遥かに少ない。これはあくまでもダンジョンの低層部から湧き出す水でだけあって、水のダンジョンの至る所から水が湧き出ている。
そして今は、低層から湧き出す極一部の水の確認をしただけにすぎない。
「いつから、水の変化に気付いていたんだ?」
『トーヤの街のダンジョンが全て繋がっているって分かった時からよ』
それは、俺が始まりのダンジョンを破壊したことの影響でもある。岩壁から溢れ出した魔力は、ほかの空間にも流れ込んだことで、ダンジョンの繋がりが分かった。
急にダンジョンから鉱物や魔石がポップアップしたのも、魔力が流れ込んだ影響である可能性は高い。そして、変化がそれだけで終わるとは考え難い。
「それって、俺のせい···」
『そんなの、決まってるでしょ!』
俺のささやかな抵抗は、一瞬にして終焉を向かえる。呆然とするしかない俺は、ムーアに手を引かれて強制的にダンジョンの門を潜る。
水のダンジョンは、目隠しの柵で囲まれた始まりのダンジョンとは違い、堅固な砦の中にある。
ダンジョンは全ての地下にあり、城や廃墟といった地上に出ているダンジョンというものは存在しない。それはダンジョンという言葉の意味にもあるかもしれないが、地下に潜っているということに重要な意味があるのかもしれない。
もちろん砦は、オニ族によって造られたもの。トーヤの街の水源となるダンジョンは重要施設でもあり、ダンジョンの魔物に備えているという側面もあるのだろう。
ダンジョンであるのだから、真っ直ぐに延びる通路は次第にスロープとなり、ゆっくりと下り始める。完全に地下に潜ると、そこに現れたのは巨大なショッピングモールのような空間。
「何だ、これ」
今はそれしか言葉が出ない。ごった返す人々は皆、活力に溢れ生き生きとし、大きな声が飛び交う。
「嫌だ~。もう一回やる~!」
「今日はもう終わり、3回って約束でしょ!守れないなら、もう連れてこないわよ」
「嫌だ~。もう一回やる~!」
『どうしたの、早く行くわよ』
「えっ、この光景に何も感じないのか?」
『だって今は冬で、しかも大雪よ。ダンジョンの中しか遊ぶようなところはないでしょ』
「そうじゃなくて、これが水のダンジョンなのか?」
冒険者以上に、家族連れやカップルの姿が多く、飲食店や娯楽施設が建ち並ぶ。興奮した子供の奇声のような甲高い叫び声と、それを叱りつける母親の声が響く。
『そうよ、人々とダンジョンが共存するからこそ、ダンジョン街と呼ばれるのよ』
その光景に圧倒されながら下の階層に進むと、宿泊施設が集まるエリアとなり、ここまで来ると流石に冒険者の割合が多くなってくる。さらに下へと進むと、武器·防具や道具屋が集まるエリアとなり、一番奥には2本の剣を交差させたマークの建物が見えてくる。
『さあ、冒険者ギルドが見えたわよ。あそこより先が、冒険者以外は入れない正真正銘の水のダンジョン』
「迷い人でも、冒険者登録は問題ないんだろ。そこはフタガの領主様の腕の見せ所だな。パーティーリーダーでもあるし!」
「旦那っ、そりゃないですぜっ。冒険者なんか、やったことないっすよ」
『何言ってるの、マンセの出番でしょ!』
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