第378話.水のダンジョン

『どうするの、カショウ?』


 ムーアが俺の名を呼ぶ時は、必ず何かがある。そして、その何かは必ず危険を伴う。表情や感情には見せないが、そこがムーアの分かりやすいところであり、本人も気付いていないところでもある。


「そうだな、たまにはゆっくりトーヤの街を満喫しようか?アシスに来てからは観光する機会もなかったし」


 始まりのダンジョンから無事脱出したばかりで、また直ぐにダンジョンに潜ろうという気は起こらない。始まりのダンジョンだけが特殊で、入口で強制転移トラップが発動する。その特異性も分かっている。


 それでも他の8つのダンジョンも、ラノウベの世界であることは間違いない。2つの理の混在するダンジョンでは、俺のマジックソードやスキルがどんな影響を与えることは想像出来ない。大惨事を引き起こしてしまえば、今度こそ生命に関わる被害を出してしまう。


 だからこそ、今回はダンジョンを避けることを提案する。雪の積もった状態では、主な移動手段は飛行船になるのだろう。しかし、違う街へ行ったところで雪が変わらないのであれば、トーヤの街から移動するメリットは少ない。


『そう、それなら行きたい所があるのよ!付き合ってもらってもイイかしら?』


「どこに行きたいんだ?」


『トーヤの水が欲しいのよ。忘れてるかもしれないけど、私は酒の精霊なのよ』


 ダンジョンに直行すると言い出すかと思ったが、意外な答えに少し拍子抜けしてしまう。イスイの街と違って、トヤーの街は大きな河川と隣接していない。

 どこかから水を引き込んでいるのかもしれないが、それでも幾つもの水源が無ければ、トーヤの街を賄うことは出来ない。


 ムーアの興味がトーヤの水に向いてくれるなら、この広い街をまわるだけでも、それなりに時間もかかる。


「ああ、雪が溶けるまでは時間がある。たまには、ゆっくり見て回るのもイイだろ」


『そう、それならば早速行動しましょう。外は寒いし、早く行動した方がイイわ!』


「外は寒いしって?」


 僅かにムーアの魔力が漂う。だが、酒の香りはしない。しかし、それは魔法が行使されたことの証であり、酒魔法でなければ契約魔法が行使されたことになる。

 そしてムーアの浮かべる笑みで、上手く嵌められたことを知る。喜びの笑みでなく不敵な笑みは、企みが成功したことに満足するもの。さらに、契約との精霊との間に交わした約束には、絶対的な効力が生まれる。


「もしかして、ダンジョンに行こうとしてないだろうな?」


『それ以外に、どこがあるの?トーヤの街の水源は、全部ダンジョンに決まってるでしょ!』


 トーヤの街はダンジョンの上にある。そして、ダンジョンの外壁は結界によって守られ、破ることは不可能に近い。

 そう考えれば、水源がダンジョンにあることは簡単に分かったはず。それなのに、ダンジョンという言葉だけを避けて、ムーアの策に嵌まってしまった。


「水を採取するだけだからな!ダンジョンの下層には絶対に潜らないからな!」


『心配しなくて大丈夫よ。今まで私が言ったことで、悪い結果になったことなんてないでしょ!』


「結果が悪くならなかっただけで、プロセスは良くなかっただろ!」


『まあ、今さら何を言っても関係ないわ。契約出来たのだから、あなたに害も起こらないから安心して』



 そして半ば強引にダンジョンの1つに連行されてしまう。冒険者がごった返すダンジョンの入口。

 始まりのダンジョンと違い、ダンジョンの入口は大きい。10m以上はある通路とは別に、その倍以上の水路が両側に設けられている。もちろんダンジョンの中から外に向かって水は流れているが、水源としてだけでなくダンジョンへ入る為や、資源を外へと運び出す為にも使われている。


 そしてダンジョンの扉は解放されたままとなっており、外側には青い角を持つオニ族の門番が立っている。


 ここは8つあるダンジョンの1つの中でも、オニ族が治めている水のダンジョン。酒造りが影響しているのか、水に関してはオニ族が一番精通している。それは意外でもあり、スキルを超えた力を感じさせる。


「ダンジョンって、改造出来ないんだろ?」


『ここは、まだアシスとラノウベの世界が混ざってるのよ。それに、低層にも街が入り込んでるんだから、これくらいは出来るわよ。でも気になってきのなら、調べてみるしかないわよね』

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