第377話.ミツハとヒケンの蜂蜜

 あたいは、ミツハ。トーヤの街の警備隊隊長を務めてた。


 そう、あたいはハチ人の女王。この広いトーヤの街の隅々を把握し、連携に至っては他のどの種族と比べても頭一つ抜けている。だからこそ、蟲人族の中だけでなく、この街でも大きな影響力を持っていた。


 でも、それも全ての過去の話。人望も信用も地に落ち、あたいの周りには誰にも居なくなった。言葉では知っていたが、これがぼっちというやつだ。常に周りには側仕えが居たのに、これ程までに惨めで虚しいとは思わなかった。


 それでも、あたいの代わりが出来るものならやってみろ! というプライドはあった。しかし人が代わっても特別に混乱することなく、トーヤの街は通常と変わりを見せていない。


 あたいに残されている道は、トーヤの街で消えた黒髪黒目のヒト族と酒の精霊を探し出すこと。どんな状況にあっても、ヒケンの酒を運んできた者達に襲いかかったことはマズく、その重要人物を放置して見失ってしまったのだから、さらに責任は重い。


 そして、あたいにはこの者達を見つけ、連れてくるという任務が与えられた。それが出来たとしても、もう女王としての立場はない。だが、ぼっちからは解放されるには、それしか方法はない。


 だから、全財産なげうって情報を集めた。分かったのは、始まりのダンジョンに消え、まだ出てきていないこと。だが情報は掴んでしまえば、後は待つだけで簡単な任務だったはず。


 始まりのダンジョン入った者は、黒目黒髪のヒト族達しかいないのだから!


 しかし一週間たっても、誰も中から出てこない。二週間たっても、それは同じで状況は変わらない。時間が経つほどに、私の存在は薄れて記憶からも忘れ去られてしまう。


 1ヶ月を過ぎると事態は急変する。限界態勢だったダンジョンの異変。8つのダンジョンの低層から次々と鉱物や魔石が大量にポップアップし始める。魔物のポップアップも増えているが、所詮は低層の魔物でそれほど脅威にはならない。


 少数精鋭の方針から一転して、大量の人員を投入しての採掘·採取が始まる。大きく事態を好転させる変化に、族長達の間でも黒目黒髪のヒト族や酒の精霊の存在は、次第に忘れ去られる。今その事を覚えているのは、あたいだけ。


 2ヶ月が過ぎると、トーヤの街には今までにない活気が戻る。トーヤの街で起こったダンジョンの異変に、始まりのダンジョンは新人冒険者や他所からの冒険者で連日溢れかえっている。警備隊となるハチ人は、今まで以上に忙しく飛び回り、あたいが居なくても成り立っていることを思い知らされる。


 時折、通りすぎるハチ人の視線が痛い。皆が必死で飛び回っているのに、あたいは何時もここで立っているだけ。それでも、あたいは任務を遂行しなければならない。命じられた任務でもあるし、これ以上の任務失敗はあたいのプライドが許さない。


 3ヶ月が過ぎ、始まりのダンジョンからの最長脱出記録を更新する。準備もなくダンジョンに入ったのならば、もう餓死していることを誰も疑わない。


 4ヶ月、5ヶ月と経つと、毎日ここで張り込みしていることが虚しくなってくる。例えそれが意味のないことであっても、諦めずにここで張り込みしている間は、任務は継続中であって失敗ではない。


 そして6ヶ月が経過する。もうあたいの存在は、このダンジョンを覆う建物の一部となり、誰も気に止めるものも居なくなる。蔑んだり見下すような視線もなくなる。


 しかし、遂にダンジョンから黒目黒髪のヒト族が出てきた。酒の精霊は居ないが、あたいの目は誤魔化せない。だが、心の中では死んでいると思っていただけに、少し反応が遅れてしまい慌てて追いかける。


 それでもバレないように細心の注意を払ったつもりだったが、急にヒト族の姿が見えなくなる。


 そして気付けば、あたいは囚われの身。


 目の前には、酒の精霊と毒の精霊が立っている。そして、手には黄金に輝く黄色の薬物。例えどんな強靭な精神を持っていたとしても、この2人が作り出した薬物には敵わない。


 あたいの精神は崩壊し、もう言いなりになるしかない体になっしてしまった。あたいの知りうる全ての情報を話してしまい、勿論その中には機密事項もある。

 任務失敗以上の過ちを犯せば、この街には居場所はない。だから、誰にも告げずに街を出よう。でも、私は透明人間。誰も私が居なくなった事に気付かないだろう。


 あたいはフタガの岩峰で、誰にもも見つからないようにヒッソリと生きる。

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