第359話.魔法の無効化
ダークの紫紺の刀が、触手に襲いかかる。触手が紫紺の刀に触れて動きを止めようとするが、ダークと比べれば動きは緩慢で躱すことは容易い。
ビーーーンッ
初めて俺たちの攻撃が触手へと届くが、ワイヤーを弾いたような音が響きと、触手の胴体からは青白い火花が散る。体を大きく揺れ動くという事は、触手を切断出来ていない。
「ダークでもダメなのか?」
「まだまだ、これからですわ。闇の中でこそ、真のヴァンパイアの力を示す機会です」
触手は自身の意思とは関係のない方向へと弾かれ、自由に思い通りに動けていない。それに1度ダメでも簡単に諦める訳にはいかない。2度目ダメならば3度目と、回転する独楽のように繰り返し触手にぶつかりに行く。
ダークの攻撃が繰り返される度に火花が飛び散る。しかし、その火花も次第に小さくなってゆく。それは紫紺の刀の限界が近いのか、それとも触手の抵抗が弱まっているのかは判断が出来ない。
「どっちだ?効いているのか?」
「兄さま、何をやっているのです!」
ベルのスキルを使わずとも、影の中のフォリーの声が周囲に響き渡る。その声で、さらにダークの攻撃が回転速度を上げる。
パンッ
今までとは違う乾いた音が響くと、触手はダークによって分断され、切り離された触手は消滅しただの魔力に還る。
『これが、兄妹の力なのね』
「少し違う気はするけど。ダークにとってはそういう事にしておいた方かイイのかもしれないな」
妹に尻を叩かれて発揮した力というよりは、兄妹の力を合わせたといった方が、ダークの精霊としても兄としての尊厳も保たれる。
ダークの方はクールダウンするように、ゆっくりと回転速度を落としてゆく。徐々に紫紺の刀の姿が見えてくると、そこには完全に色の抜け落ちてしまった刀がある。シェイドの魔法は完全に消失し、俺の魔力を基にして造った薄っすらと青い刀身の刀だけが残っている。
「もう紫紺の刀ではないな。まさかフォリーの込めたシェイドも無効化されるなんて···」
触手に触れようとすれば、どんな魔法でも無効化される。崩壊をもたらす陰魔法であっても例外ではなく、しかもヴァンパイアの最大の力を発揮出来る闇の中で全く通用しなかった。
「カショウ様、この刀には刃こぼれ一つありません。無属性魔法だけは、無効化出来ておりません。それに、触手を切った時は、すでにシェイドは消失しておりました」
「そうだったな、物質化も魔法だったな。無を無効化するなんて出来る訳ないか···」
自分で言って余計に複雑な気持ちになるが、今は触手を切ったという結果が全てである。
「カショウ、触手は魔法を無効化しておらんぞ。これは魔法を破壊しておる」
『イッショ、破壊ってどういうことなの?』
「膨大な魔力を流し込んで、魔法自体をを崩壊させたとしか言えんな」
一般的に魔法を無効化するには、2つの方法がある。1つは、行使された魔法と相反する属性の魔法で打ち消すこと。もう1つは、魔法の原動力となる魔力を吸収すること。
しかし、上位の魔法になればなるほど、込められた魔力は大きくなり、一瞬にして魔力を抜き取って無効化することは難しい。だから魔法を無効化するには、相反する属性の魔法で無効化することが一般的である。
しかしイッショの話では、触手はそのどれをも行っていない。
「そんな事が本当に出来るのか?火に油を注ぐだけの行為だろ」
「やろうなんて奴は出てこんだろうが、それは普通のヤツの話だ!」
『それもそうね。規格外の存在がここにもいたわね。それなら、あり得なくはないかしら』
ムーアが呆れたように、俺の方を見つめる。
「規格外って誰のことだよ?」
「カショウ、分かっていて聞くのは時間の浪費だぞ。そんな馬鹿げた存在は、ニョロニョロと私のリンゴクオージ様しかおらんだろうが」
イッショが、ここぞとばかりに俺に仕返ししてくるが、それは今の状況に余裕を感じているからこそ出来ることでもある。
「随分と余裕そうだな。何かイイ方法でも思い付いかのか?」
「別に特別なことはないぞ。お主のマジックソードで触手を切ってみろ。そうすれば全てが分かる」
「紫紺の刀とダークの技量でも、簡単に切れなかったんだぞ。それなのに俺のマジックソードでやっても意味なんて無いだろ」
『カショウ、やってみれば分かるわよ』
ムーアに促されて、まだ残っている触手に向けてマジックソードを飛ばす。
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