第360話.触手の変化

 ダークに切られた後に残された触手は、動きを止めてしまう。風に揺られたようにしてなびく動きすらとまり、固まったままで微動だにしない。消滅した触手の先端には、様々な機能が集約されていたのかもしれない。

 ただ分断され新しく先端となってしまう部分には、大きな魔力が集まっている。それは傷口を癒すのではなく、失った機能を回復させている為のなのかもしれない。


 この機会を黙って見逃さない。遠隔操作でマジックソードを飛ばすと、触手の先端にはさらに大きな魔力が集まる。それは、触手の焦りでもあるように感じる。


「間に合えっ!」


 触手が完全な機能を取り戻す前に、マジックソードが届かなければならない。少しでもダークとの技量の差を埋める為にも、触手が柔らかく動く体を取り戻す前に攻撃するのは必須条件。


 しかし、マジックソードが触手に届く前に、触手の機能が回復してしまう。新しく触手の先端となった部分が、マジックソードを睨むように動くと、抵抗を受けたのかマジックソードの動きが鈍る。その僅かな速度の変化で、触手は胴体を歪ませるとマジックソードを刺突を回避する。僅かに側面を掠めるただけの攻撃では、掠り傷すら付かずダメージなんて与えれるわけがない。


「手応えはない」


『でも、掠っているのに火花は散ってないわ。それにマジックソードを避けたのよ』


「顔が無いくせに、分かりやすいやつだ。お主の攻撃を嫌っておる」


 今まで待ち構えているだけで回避することがなかったのに、あからさまな動きの変化は触手の焦りを肯定している。


『最初から簡単に終わると思ってないでしょ』


 紫紺の刀ですら金属ワイヤーを叩いたように弾かれたのだから、俺も最初から攻撃が簡単に通用するなんて微塵も思っていない。それも触手の細く丸い胴体に刺突で、ピンポイントに攻撃を通す芸当は不可能。そんな攻撃に、違う反応を見せてくれただけでも成果は大きい。


 俺の具現化したマジックソードは2本。1本は俺が制御しているが、もう1本はナルキが持っている。翼や腕のように形を変えるナルキの蔦は、今は放射状に広がり、触手を包み込むように伸びている。その中の1本の蔦の先端には、絡み付くようにマジックソードが握られている。

 俺が造ったマジックソードで、俺が攻撃する必要はない。それに遠隔操作したマジックソードよりも、直接手にして攻撃する方が、得られる手応えや感触といった情報は多い。


 放射状に広がり触手に隠されるように、マジックソードを握る蔦は、俺が狙った部分よりも遥かに根元へと向かって伸びている。


「自分だけが長く伸びると思ったら大間違いだ」


『あら、自分のことのように自慢してるけど、それはナルキのスキルでしょ』


「俺の魔力で成長させた蔦だろ」


『それを言うなら、あなたの体の中に無理矢理詰め込まれた魔力ね』


 傍観する俺達を他所に、ナルキが触手に攻撃を仕掛ける。あくまでもマジックソードを持つ蔦を隠す為だけの陽動でしかない攻撃。


「ダミア、アモン」


 蔦に現れた無数のダミアとアモンの実を、触手に向けて一斉に振るう。ストーンキャノンやウィンドトルネードであれば、触手は全く動かない。全てが青白い火花となり消滅するならば、弾幕としては十分でさらにマジックソードを隠してくれる。


 しかし、予想に反した動きを触手が見せる。ダミアとアモンの実を避けるようにして動くが、至近距離で放った攻撃を全てを躱すことは出来ない。一斉に青白い火花が散り、次々と触手に打ち落とされてゆく。


 それでも幾つかの実は触手の防御を抜けて触手に襲いかかる。一瞬だけの、淡い期待。


「まあ、そんなもんだな。ダークの斬撃を何度も耐えるのだから、ダメージは与えれるわけがないか」


 防御を抜けたといっても、放たれた時よりも大きく失速したダミアとアモンの実ではダメージを与えることは叶わず、パラパラと降り注ぐ程度でしかない。


 だが触手は慌てたように動く。ウネウネと動くのではなく、一直線に俺を目掛けて迫ってくる動きは、今までになく速い。ジワジワと相手を追い詰める甚振る動きでなく、一瞬で相手を仕留める殺すことに徹した動き。


 今から慌てても、ナルキのマジックソードの方が先に触手の胴体に届く。それでも攻撃が通用しなかった時は回避しなければならず、俺が回避行動に移ろうとした時、先に左手の甲の瞳が煌めく。

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