第347話.コアの契約

「それは出来ません。私たちは、2つで1つの存在ですのよ」


「でも俺達は、何時までもダンジョンには居られない」


「はい、だから私も何処までもお伴します」


 急にそんなことを言われても、ダンジョンに居た未知の存在を外の世界に連れて行くことなんて出来ない。それこそ、ダンジョンから出た時点で、クロカミセージョがアシスにどのような影響を与えるか想像も出来ない。今まで始まりのダンジョンに入った者以外で、中から出てきた者は居ないのだから、ラノウベの世界は知られていない。


「それは、危険過ぎる。ここの仲間と一緒の方が安全じゃないか?」


 しかし、俺の言葉には感情は籠っていない。このダンジョンの中に、安全に暮らせる場所があると知ってるわけではないし、どこかでクロカミセージョを厄介者払いしたいという想いは伝わってしまう。


「それならば、ここで私のハートを完全に奪って下さい。それならば、リンゴクオージ様と伴にすることが出来ますわ」


 そして、再びクロカミセージョは両手を広げて覚悟を見せる。何故俺に対して、ここまで出来るなかは分からないが、こうなるとクオンやコアが黙っていない。


 2人揃って影から出てくると、俺とクロカミセージョの間に立つ。


「ご主人様の一番はクオンなの!足手まといは首ちょんぱする」


「残念ですが、旦那様と夫婦の契りを結んでいるのは私です。私を抜きにして、勝手に“伴”という言葉を使ってもらっては困ります」


 それを神妙な面持ちで聞いているクロカミセージョだが、さらに強い口調で詰め寄るクオンとコアに覚悟を決めたのか、口を硬く結び目を閉じる。クオンとコアが揃って現れたのだから、2人の意見は共通している。そして、俺が口を挟める空気はなく、詰め寄る2人を黙って見守るしかない。


 ただ、クロカミセージョが俺達に与える影響を考えれば、どうしてもクロカミセージョを一緒に連れいくわけにはいかない。


 クオンの手が、クロカミセージョの胸へと伸びる。全ての者を助けることが出来るわけではないし、万事上手く行くことはない。非常な決断をしなければならない時が必ず来ると覚悟していたが、それは今なのかもしれない。そして俺が躊躇い出来ないことを、クオンやコアは自ら判断し、そして実行に移す。それをクオンとコアに任せてしまうのは、情けなくはあるが今は仕方がないと諦める。



 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ


「んっ、この音は?」


 俺の中から聞こえる鼓動は、次第に大きくなる。それは、他の何者の鼓動でもなく間違いなく俺自身の鼓動。非情な判断をすることは正常ではいられないが、ここまでハッキリと鼓動が聞こえるのは異常としかいえない。

 そして鼓動の音は俺から飛び出すとクロカミセージョへと向かい、クオンの手が触れているクロカミセージョの胸の中へと収まる。


「うんっ、問題ない」


 クオンはそれだけを言い残して、影の中へと戻ってしまう。クロカミセージョはクオンの言葉に驚き、閉ざされていた目を開くと、残されたコアがクオンの後を引き継ぐ。


「貴女が旦那様と伴にいたいならば、まず行動を持って示すことです。何もしないで、ただで利を得ようとするのは第一夫人の私が許しません」


「有用であるこを示して見せますわ!」


 アシスとラノウベでは理が違うのだから、クロカミセージョはコアの言葉の真意をどこまで理解しているかは分からない。それでも伴に居られるとこが分かり、顔にこそ出さないが喜びの感情の声が伝わってくる。


「ムーア、クロカミセージョと契約を!」


 感情の混ざらない冷静な思考では、コアの思考を読み取るのは難しい。それでも、ムーアはコアが何をしようとしているのかは分かっているらしく、笑みを浮かべている。そして俺にも分かるように、あえて口に出して聞く。


『誰と誰が、何を契約するのかしら?』


「私とクロカミセージョよ。鼓動の音と名を与える対価として、旦那様に悪い虫が付かないようにするのよ」


「私に名を!」


 その契約内容に俺は凍り付くが、クロカミセージョは何の躊躇いもなく、名を求めることで了承の意を示す。


「貴女の名は、セージよ」


「ちょっと待て、どうなってるんだ?」


 しかし俺が真意を聞こうとした時には、すでにコアとクロカミセージョの契約は済んでしまっている。


『カショウの想いを実現するべく実行しただけでしょ♪』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る