第346話.リンゴクオージの証
今までに、魔石を砕くような無属性魔法はない。アシスに迷い込んだばかりの、魔法の熟練度の低い俺でも上位種を倒せるのだから、特化型のスキルであったとしても効果は大きい。
「ああ、無属性の扱いは良くないのは分かってる」
『そうでしょ。扱いは悪過ぎるのよ』
俺は悪いとは言ってないが、ムーアはそれを“悪い”と敢えて言い直してくる。無の理は、原初の八属性の一つであるにも関わらず、あれば便利程度の認識しかない。無属性に魔石を破壊するスキルがあれば、長い歴史の中で知られていない方が不自然なのは分かる。
「でも、何で俺がリンゴクオージで、アシスと違うラノウベの理まで持っていることになるんだ?物質化魔法も気配探知魔法も、無属性のスキルそのものだろ」
「いいえ、貴方様は間違いなくリンゴクオージ様ですわ」
俺とムーアの会話にクロカミセージョに割り込んでくると、俺のマジックソード指し示す。アシスの精霊は契約することにより力を与えるが、ラノウベの精霊は武器を介することで力を与える。だからこそマジックソードを作り出し、それを貸し与える俺はリンゴクオージとなってしまう。
「青みがかった透明な剣は、リンゴクオージの象徴。それを2つも操るなんて、私の探し求めていた、リンゴクオージ様で間違いありませんわ」
それでも見た目が似ている剣なんて、探せば幾つでもある。俺のマジックソードだけをとって、リンゴクオージと決めるのは強引過ぎる。それにこの世界に転移してきたのだから、最初から存在しなかった俺がリンゴクオージになり得るはずがない。
『ねえ、貴女は何故リンゴクオージを探しているの?』
しかしムーアは、そんなクロカミセージョの主張は気にしないようで、俺とは違う疑問を投げ掛ける。
「それは、私たちが2つで1つの存在。私はリンゴクオージと共になければなりませんの」
『私達はね、ここに力を求めて来たの。足手まといは必要ないわ』
ムーアは厳しく突き放す言い方をするが、それは間違っていない。アクヤクレージョーの力は驚異となっても、クロカミセージョの力は違う。ダイニオージに見せた魔法のハイスペツクシュジンコーでは、アクヤクレージョーには遠く及ばない。少なくてもサージが残したメッセージの力は、クロカミセージョのハイスペックシュジンコーではない。
「私は、リンゴクオージの力を引き出し、さらなる高みへと昇華させる存在。2人が合わさるとこが重要なのです。それに···」
何かを言いかけて、クロカミセージョは黙ってしまう。ムーアを見る視線は定まらず、そして顔も薄っすらと紅潮している。
『それに?どうしたの』
「もう、私とリンゴクオージは、1つになってしまいましたわ」
「···へっ、1つって?俺は何もした覚えはないぞ」
『ハートを吸収されたのかしら?』
クロカミセージョにとっては、それは口に出し難いことなのか、黙ってコクリと頷く。アシスの魔物ならば魔石の吸収は、スキルを得たことを意味するが、それは上位種の魔石を完全に破壊した時のみの話になる。
だが、スキルを吸収した時の体の中に流れ込む独特の感覚はなかった。それに、目の前には確かにクロカミセージョが居て、俺から供給された魔力でなく自身の肉体を持っている。
「魔石を部分的に吸収なんて出来るのか?」
『新しいスキルを強化するならば完全に破壊する必要があるのでしょうけど、カショウのスキルを強化するだけなら問題ないのかもしれないわね』
「でもな、特に変わったところはないぞ」
マジックソードを何度か作り直してみるが、見た目には全く違いはない。俺のマジックソードの特性は、硬さや魔石を破壊する性能に特化しているのだから、見た目の違いがなくても当たり前ではあるが、それでも明らかに分かる変化があれば納得出来た。
『信じられないなら、クロカミセージョのハートを完全に破壊してみる?何かが変わるかもしれないわよ』
その言葉で、クロカミセージョは両手を広げて、無抵抗で俺の攻撃を受け入れる姿勢をみせる。俺が出来ないと分かっていて聞いてくるムーアだが、クロカミセージョの表情は真剣そのもので、目を閉じて黙ってハートが壊されることを待っている。
「そんなことが出来る訳ないだろ。取り敢えず、ダイニオージの居ない安全な場所まで連れていく。俺達が出来るのはそこまでだ」
「それは出来ません。私たちは、2つで1つの存在ですのよ」
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