第336話.ミクの覚醒
ボーンの足首には有刺鉄線のようなラーキの蔓が巻き付き、地面へと縫い付けている。
「やっぱりっすか。旦那っ、あっしだけが我慢してもダメですぜっ」
チェンは振り返ると、お手上げのポーズをつくってみせる。
「あっしと揉めるなら、だいたいの事は想定内の範囲でしょうけど、ミク姐さんは想像出来ないっすよ」
チェンが“姐さん”と呼ぶこと自体に、本能的にラーキの精霊の存在を感じ取り、尊敬と畏怖の念を抱いている。
「そうだな、これまでの経緯はミクには伝わってないかもしれないか···」
チェンが一番恐れていたのは、自身とボーンが揉めることではなく、ボーンが俺の精霊達を怒らすこと。そしてボーンの類い稀な才能は、弱りきってブレスレットの中で眠りに就いていたはずのミクを一瞬で覚醒させただけでなく、逆鱗に触れてしまう。
「ヤバいっす!間違いなく、恐ろしく怒ってるですぜっ」
「ああ、俺にも感情の声が聞こえてるよ。まだ目覚めたばかりなのが救いだったな」
精霊達の中でも、ミクは契約者に対しての忠誠心が強い。そうでなければ、ハーフリング族の無理な命令に従って、己の命を無駄に消費したりはしない。それを分かっているエルフ族だからこそ、ラーキを利用したとも思える。
それでも、精霊として自身の力を知っているミクは加減している。本気を出せば、ボーンの足はラーキの刺に貫かれるだけでなく、粉々に砕けてしまっている。
しかし、ボーンはそんな事に気付くだけの余裕はない。必死に痛みを堪えながら持っている槍でラーキの蔓を切ろうとするが、ボーンの持っている槍でも技量でも歯が立つ訳がない。
「おい、お前ら!何してるんだ、早く助けないか!」
慌てて後ろの仲間達に助けを求めるが、ボーンだけが動きを封じられている訳ではない。少しでも動けば、ラーキの刺が深く食い込む。その痛みを堪えて、何とか後ろを振り返ると。そこには真っ白な霧が立ち込め、仲間の蟲人族どころか、トーヤの門すらも隠している。
「お前達がやったのか?こんな事をして、ただで済むと思ってるのか?俺の一言で、お前らなんてどうにも出来るんだぞ!」
しかし、ボーンは自分の置かれている状況を顧みることもせず、高圧的な態度は変わらない。
その態度に真っ先に反応したのはラーキのミクで、絡みついていた蔓が手の形に変わると、ボーンの足を掴み少しずつ上へと登り始める。足首から脛へ、脛から膝へ、そして容赦無しにラーキの刺はボーンの肉に食い込む。
「ヴオオオォォォーーーーッ」
大きな口を開けて叫び声を上げるが、その声は周囲には全く届いていない。ボーンが声を発した瞬間、ベルが音を無効化してしまう。一番性格がおっとりしているベルまでが出てくるという事は、ラーキのミクの取った行動を全ての精霊が由としている。
「旦那、ただで済まないって、あっしらの事っすか?」
「少し勘違いしてるみたいだな。ただで済まないから、徹底的にやる事に決めたんだろ!」
そこで始めてボーンは、今の自分が置かれている状況を把握する。ただで済まない状況に置かれているのは、自分自身なのだと!何かを話そうとしているが、ベルによって音を消されているボーンは、口をもがもがさせているようにしか見えない。
「ベル、何て言ってるんだ?」
「えっ、皆に聞かせるのっ?怒らせちゃわないっ?カショウなら、感情の声だって聞こえてるでしょっ」
「少しだけだ。俺じゃなくて、チェンに話があるみたいだしな」
「いいのっ。私は責任は取らないからねっ!」
自分の発する声の感覚が戻ってくると、ボーンの高圧的態度な言い方は猫なで声に変わる。
「なあ、チェン。今ならまだ間に合うんだぞ。何も無かった事にだって出来る。それに黒鎌だって、もうお前のものだ。誰にも文句は言わせない!」
「ボーン、諦めろっすね。あっしじゃあ、もう止められないところまで来てるっすよ」
「おいっ、俺様がここまで譲歩してやってるのに、何て口の聞き方だ!」
やけくそになったボーンがチェンに槍を投げ付けようとするが、今度は槍自体がミクに絡めとられてしまう。そして、ターキの刺がボーンの足に深く食い込む。しかし、再び音を消されたボーンの叫び声は、トーヤの空高くに飛ばされて、その声を誰も聞くことはない。
『さあ、やっと私の出番が来たみたね♪』
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