第335話.蟲人族の門番
チェンを先頭に、後ろにはソースイとホーソンが並び、最後尾に俺が付いて入場門へと向かう。
壊滅しかけたばかりの混乱の収まりきっていないイスイの街から、トーヤへと向かう蟲人族はいない。それなのに門番となる蟲人族は4人配置され、この人気の無い状況では余剰な人員となっている。
「使えない奴らですぜっ」
チェンの表情は暗く、門番の蟲人族を見て吐き捨てるように言う。チェンは蟲人族の中でも爪弾き者だったはずだが、それはチェンの性格だけでなく使う側の力量も関係していた。無理な仕事を押し付けられても、そつなくこなしてしまう。それがさらに反感を買い、さらに孤立させてしまう。
「知り合いなのか?」
目立ちたくないこともあり、リッターやウィスプ達は表に出していない。しかし、チェンの目には蟲人族の門番が誰なのかをハッキリと捉えている。
「ボーンって言いやす。一応知り合いっすかね。この鎌の元持ち主ですぜっ」
「それは···。何でイスイの街にいたカマキリ族が、ここで門番なんかをしているんだ?」
「族長一族の遠戚なんすよ。経験を積む為に、少しの間だけイスイの街に来ただけっすから」
「その少しの間で、チェンと揉めたのか?」
「あっちから吹っ掛けてきた喧嘩っすからね。あっしは受けただけですぜっ」
そして、チェンがボーンを見えているなら、あちらもチェンの事が見えている。まだそれなりに距離はあるのに、ここからでもボーンの嫌な感情の声が聞こえてくる。門番としての仕事がなければ、きっと直ぐにでも飛んでくるに違いない。
今さらどうすることも出来ない。4人の門番の中でもボーンは真ん中に立っていて、威張った雰囲気を出しているし、門番の中でもボーンが仕切っている存在なのだろう。
「今からでも、他の入場門に向かうか?このまま行っても揉めるだけだぞ!」
「ダメですぜっ。通報されれば、他の門でも揉めるのは間違いないっす。知らな種族で揉めれば、もっと面倒な事になりやすぜっ」
どう対処するかが悩ましい。そして、自然と門へと向かう歩みは遅くなり、それがまたボーンを苛立たせている。
「チェン、考えはあるのか?」
「トーヤの蟲人でも、実力のある者は一握りっすよ。あそこにいるのは、ダンジョンに潜れない出来損ないの連中ばかりっす」
イスイの街の蟲人は、常に戦いと隣り合わせの戦闘集団。兵站を担う蟲人族であっても、組織だって戦うことを徹底して教えられる。
しかし、トーヤの街の蟲人は違う。力のある一部の者だけしか、ダンジョンに潜ることが許されない。実力の無い者が無茶をすれば、足を引っ張るどころか他の者まで危険にさらされてしまう。
さらにタカオとオヤの異変で、力のある蟲人は全てダンジョンに駆り出されている。残っているのは実力不足の者しかいない。
「バッファ様の通行証があれば大丈夫っすよ」
「無茶はするなよ」
歩みが遅くなりイライラした態度を見せていたボーンだが、再び俺達の歩みが速くなると、安心したのかニタニタと嫌らしい笑みを浮かべる。チェンの仲間は、オニ族と学者肌のドワーフ、そして最弱のヒト族。それに対して、ボーンには自分の言う事を聞く蟲人が3人。
「誰かと思ったら、トンボ族のチェンじゃないか?ゆっくり歩いてくるなんて、自慢の配達も出来なくなったのかと心配したぞ?」
「お前に用はないっすよ」
「ここを通すかどうかは、ボーン様に権限があるんだ。通して欲しければ、それなりの態度でお願いするんだな!」
「通行許可証と身分証明はあるっす」
チェンは、予定通りバッファの通行許可証を見せて形式的に済ませようとする。
「んっ、後ろには居るのはオニ族とドワーフ族、それにちびっこいのは最弱のヒト族か」
「お互い無事で済ませたいなら、それ以上は止めとくっすよ」
「相変わらず、人の事を見下しやがって。こんな奴にボーン様が負けるっていうのか?」
ボーンはチェンの胸ぐらを捕まえようと手を伸ばすが、それはチェンのバックステップであっさりと躱されてしまう。空を切った手の感触が、ボーンに屈辱を与え怒りを倍増させる。
「お前達みたいな不審者は、ここでボーン様が始末してやる!」
両手で槍を構え空へと飛び上がろうするが、ボーンの翅だけが激しくが動き、体は地上から動こうとしない。そして、ボーンの顔は怒りから苦悶の表情へと変わる。
「忠告を聞かないからっすよ」
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