第329話.タイコの酒②

 ムーアは、両手で掬った水に顔を近付ける。俺には透明なだけの水にしか見えないが、ムーアの鋭い目付きは確実に特性を見抜いている。

 御神酒は神々の欲求や我儘でしかなく、いつもそれに嫌気が差したと言っているが、今のムーアの表情を見ている限りでは、酒に対しての探求心も探究心も強い。

 そして、俺が初めて見る酒の精霊としての一面かもしれない。凛とした佇まいは気品に溢れ、いつもの冗談を言っている精霊と同じとは思えない。


 今度は掬った水に、そっと息を吹き掛けて目を閉じる。嗅覚や触感でもタイコの水を鑑定しているのだろう。


『うん、悪くないわ』


 一切味わうことなく、ムーアは答を出してしまう。


「飲まなくても分かるのか?」


『それじゃあ、飲んでみる?』


 そう言うと、ムーアは手に掬った水を口に含むと、俺に顔を近付けてくる。凛とした表情は消えてしまい、いつもの悪い顔に戻っている。


「からかうな、遠慮しておくよ」


『あら、残念ね。あなたが飲んでくれれば、もっと分かったかもしれないのに』


 ここでムーアの話に乗ってしまうと大きく脱線してしまうし、勝てない相手に勝負するのは無謀な挑戦でしかない。


「悪くないって、今の湖の水で御神酒が造れるのか?」


 ムーアは戻された話に少し不満そうではあるが、それを了承して話を続ける。


『以前のタイコの水よりは良質よね。特級酒にまで昇華するかもしれないわ。ゴルゴンとスライムの魔力が混ざったことで、魔力の質が良くなったわね』


 ゴルゴンとスライムであれば、ゴルゴンの方が上位の魔物になる。ましてや、ゴルゴンの魔力を糧として進化したスライムならば、魔力の質はゴルゴンには及ばない。他にもタイコの湖には、中和された魔毒であったり、枯れてしまっているがヒガバナの影響も受けているだろうが、そのどれもがゴルゴンの影響が強い。


「でも純粋なゴルゴンの魔力の方が、魔力の質は良くなるんじゃないのか?」


『それは、イスイの穀物との相性ね。水だけで酒は出来ないのよ。他所から持ってきたものが、ここで育ったものと馴染むとは限らないわ。色んなものが複雑に絡み合って出来るのだから、水だけが良くてもダメなのよ』


「今回は、たまたま組合せが良かっただけの、ただの偶然なのか?」


 最上位の精霊によってつくられた結界。そこから漏れ出した魔力を、たまたま近くに居たスライムが吸収した。そして、たまたま上にはヒガバナの群生地がありスライムを吸い上げた。

 そもそも最上位の精霊がつくった結界で、不必要に魔力が漏れ出る事なんてあるのかという疑問もある。


『最初から誰かに仕組まれてたのかしらね?世話焼きの精霊とかかしら。意外と、人使いが荒いかもしれないわよ。気付かないフリして、どんどんと厄介事を押し付けてくる性悪タイプね。まあ、押し付けられるのは私じゃないから関係ないけど!』


 ムーアも同じことを考えていたようで、俺の頭の中には出来損ないのウインクの精霊サージの顔が浮かぶ。


 今となっては推測でしかないが、結界の中から魔力を放出するのであれば、無属性の壁しかない気がする。マジックソードや俺の手を飲み込んだように、そこからバズの魔力を放出していた。


「でもタイコの水が駄目になってしまう事を、神々は見逃したのか?御神酒にはうるさいんだろ?」


『神っていってもね、万能じゃないのよ。飽きっぽいし、我儘だし、精霊にばかり仕事を押し付ける!それにタイコの酒は、御神酒としては残念だけど最低ランクなのよ』


 それは、直接お告げが聞こえるムーアでしか知り得ない事実でもある。


『それに、タイコの酒を超えるものがつくれても問題は解決しないわよ』


 ムーアが指摘するのは、この水が恒久的な対策では無いこと。もうゴルゴンの魔力が湧き出ないし、それを吸収するスライムもいない。湖底や地面には、まだ浸透した魔力が残されているが、それが消えてしまえば湖の水は、ありふれた只の水となってしまう。そうなれば、元のタイコの酒すら造り出せなくなり、神々の加護は得られない。


「この水を使って新しく酒を造ったとしたら、どれだけの期間持たせれる?」


『そうね、これだけの量があるのなら、水さえ確保すれば3年は大丈夫でしょ。後をどうするかは、自分達で考えるべきことよ』


「そうだな、今回は俺達が来る前から異変は始まっていたことだな」

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