第328話.タイコの酒の秘密

「シェイドーーーーッ」


 結界の力を失った祠は、フォリーの魔法を受けて一瞬で塵と化する。そして、まだ塵が舞っている中を突き破るようにして外へと飛び出す。

 何とか水没してしまう前に外へと出ることが出来たが、その直後に俺達の背後に水柱が吹き上がる。石や岩を含んだ水柱は、残っていた祠を完全に破壊するだけでなく、周囲に撒き散らすように吹き飛ばしてしまう。もうここに、結界の張られた祠があったことの痕跡すら見付けることは出来ない。


「何とか、間に合ったな」


 噴き上げる水柱は、次第に増す湖の水に飲み込まれると、徐々に高さを低くしてゆく。これだけの湖の広さならば、水位が回復するにはかなりの時間が必要だと思ったが、水源は豊富なのかもしれない。


『カショウ、あそこを見て!』


 ムーアが指差す先には、大きく地面が陥没している。綺麗な円形だった池は、だるま型へと大きく形を変えている。


「派手に遣り過ぎたな」


 地形が変わっているのは、ヒガバナの群生地だった場所でもあり、地下にはバズが捕らわれていた場所でもある。


『やったのは、私達ではないでしょ!』


 タイコの湖の水は御神酒となり、イスイの街へと神の加護を与えている。それだけに、大きく生態系を変えたくなかった。しかし、バズの魔力が溶け込んでつくられた水が御神酒の秘密であるならば、もうタイコの湖の水には御神酒へと昇華する力はないかもしれない。だからといって、再びバズを人身御供とするつもりもない。


「ムーア、何とかする方法はないのか?」


『それは、ちょっと都合が良すぎるわよ』


 俺達が神の加護を求めるつもりはないが、神の加護がなければ生きていけない者がいるのも確かである。ヒケンの森のオニ族は、神の加護で村を護られているからこそ、厳しい環境下でも生き抜くことが出来る。程度こそ違うが、イスイの街も何らかの神の加護を得ている。それは、まごうことなき事実である。


 それを異世界から転移してきた俺が、意義を唱え一方的に破壊してしまうのは、身勝手でもあり独善的でもある。俺は今のアシスの、それも自分で見てきた限定された範囲しか知らないし、過去の歴史やこれまでの変遷なんて知りようもない。


「それは分かってる。神が加護を与えることで、少しでも神の力を奪うことが出来るんじゃないか?それならば、悪くはないだろ」


『まあ、タイコの酒なら微々たるものでしょうけど、考え方は悪くはないかしら』


 神々の加護を得るには、神饌を捧げる必要がある。その中でも、最上級の神饌は酒になる。ただ、どんな酒でも御神酒へとはなり得ない。数多ある酒の中でも、厳選された一握りのものだけが御神酒となる。

 酒には、特級、上級、中級、下級の4段階に区分され、一般のものが手に入れることが出来るのは中級品までとなる。領主クラスでさえも、たまに上級酒が手に入るほどで、特級酒に至っては全てが神饌としてのみ使われる。


「ヒケンの森じゃ、御神酒となる酒を飲んでたぞ。あの酒は大した酒じゃないのか?」


『何言ってるの!あれは特級酒の中でも別格よ。今のところ、あれに勝るような酒は見つからないわ』


「でもドワーフ達は、アホみたいに飲んでるんだろ?」


『命がけの味見よ。もし、特級酒の質が悪いことに気付かなければ、神々の怒りを買うでしょうね』


「酒を飲みたいドワーフに、味見させたいオニ族か」


『まあ、そういう事ね。でもタイコの酒は、上級酒でしかないわよ』


 御神酒となるのは特級酒と上級酒のみだが、上級酒の中でも御神酒となるのは一部でしかない。理由は分からないが、それは神々との相性だとも言われている。


「最上位の精霊だけじゃなく、神々が関わったかもしれない酒なのに、それが上級酒なのか?」


『酒は水だけじゃないわよ。幾つもの要素が複雑に絡み合って出来るのだから、神々といっても簡単につくれるものじゃないわ。だから私みたいな精霊がいるのでしょ』


 タイコの酒は御神酒となる最低基準になるが、それは神々が御神酒の量産に失敗しただけのようにも思える。ただ、そんなことだけにバズが利用されていたとなれば、再び神々に対しての怒りが込み上げてくる。


「お主、ダメだぞ。怒りの感情が増幅している」


『カショウ、怒る必要はないわ。お陰で、神々の酒を超えることが簡単になったのだから』


 そう言うと、ムーアは湖の水を両手で掬う。

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