第244話.オークキングの存在
黒い靄は次第に凝縮された塊となり、幾つもの球状となってオリジナルへと飛んでいく。その中を少しずつオリジナルの方へと引き寄せられている。体格の小さいハーフリングは完全に体が浮き上がり、空を飛ぶように引き寄せられてしまう。
動きの自由が利かなくなったハーフリングが、黒い球に触れると一瞬で塵となり消滅してしまう。しかし、ハーフリングの絶望という感情は残されて、黒い球へと吸収され大きさを増す。幾つもの吸収や合体を繰り返して、オリジナルの元へ集まった時には積乱雲のように大きな姿となっている。拡散されていた靄が1ヶ所に集められた事で、感じる臭いは逆に薄れたのだけが救いといえる。
地上では黒い靄が消えた事で、オリジナルのロードとキングの姿がハッキリと見える。
ロードは両手で槍を地面へと突き立て、穂は地面に飲み込まれて見えない。そして、そこを中心として地面には放射状に亀裂が走っている。湿地帯の水は亀裂から地中へと流れ出し、もう水溜まり程度しか残されていない。
『地下にあるオヤの街まで、攻撃を仕掛けるつもりかしら?』
「これだけの亀裂をつくれるなら、小さくないオヤの街にも影響は出ているだろうな」
さらに、ロードに向かって黒い雷が打ち付けると、槍を伝って地中へと流れ出す。異臭の強い湿原の中にいたロードであっても、異臭の耐性があるわけではなく、雷から溢れ出す負の感情に触れてしまえば正常でいられない。
全身にポツポツと湿疹のようなものが現れては弾ける。しかし、ロードは口から雷を吸い込んで傷付いた体を少しずつ回復させている。
「吸収出来るってことは、あれも魔法なのか?」
『スキルで作り出したものだから魔法みたいなものなのよ。ただ、この草原に充満させるだけの量で、どれだけ時間が経っても効果が残り続ける強い魔法よ』
「異臭は侵入を近付けさせない為の結界じゃなかったのか」
『そうなるわね。湿原全体の大気中に拡散されたら、どれだけの力を蓄積しているかも分からないわ。こんな想像を遥かに越える力を蓄えていたのに、誰も気付けなかったってことよね』
ハーフリング族が地下に潜み出てこないならば、地下に影響を及ぼすまで力を蓄えればいい。どれだけの月日がかかろうとも湿原で耐え忍び、全てはこの日の為に用意周到に準備されていた。それは、オークの知性とういうよりは執念に近い。
ボンッ
ロードの左肘が膨らむと、音を立てて大きく弾ける。雷の与えるダメージがオークの回復力を大きく上回り始め、肘の回復は始まらない。それでもロードは腕を槍に巻き付けるようにして離さない。
さらにロードの皮膚が弾け、皮膚が崩れ落ちてゆく。コピーのロードが相手でも、俺の魔法が回復スキルを上回ることはなかっただけに、余計に力の差を感じさせられる。まだまだ上空の靄は大きく成長を続け、俺達を引き寄せられる力は強くなり、いつまでもこの場所に留まる事は出来ない。
「バーレッジ」
どうせ引き寄せられるならばと、ロードに向けてバーレッジを飛ばす。魔石を狙う必要はなく、ロードのどこか1ヶ所にでも当たれば、槍を抑え込むことが出来なくなる。
しかしバーレッジはロードに届く前に、黒い雷によって飛散させられてしまう。
守ることも攻めること、結界をつくることも出来る万能なキングの魔法。ロードはキングを守る鉄壁の盾だと思っていたが、キングにとって盾など必要ない。ロードは地下へと靄を流し込む為の補助の道具でしかない。
「勝てる相手じゃないな。それどこか、逃げることも難しいかもな」
『守護者はオリジナルと話をしろって言ったんでしょ?何か方法はあるはずよ』
「でもな、俺の中のハーピーロードと勝手に話をしたから、俺は何を話したかまでは知らないんだぞ」
『聴覚スキルを強化したんでしょ。今ならハーピーロードの声だって聞こえるんじゃないの?このままだと雷に打たれるか、亀裂に飲み込まれるだけよ』
「分かったよ!」
俺が翼をイメージすると黒翼が現れる。俺の意思に応じてくれるのだから、俺の問いかけにも応えてくれるはず。
「何を話したんだ?」
「我に名を与えよ!」
微かに聞こえる声には、名を付けよと言っている気がする。
「我に名を与えよ!」
再び聞こえる声は、同じことを繰り返している。
「ムーア、魔物に名付けって出来るのか?」
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