第243話.靄の声
ウッダとの取引が終わり、俺としては早く退散したいのだが、ハーフリング族は退くことはない。俺達を行動を防ぐように、一定距離を保ち監視している。
出来れば短剣の事がバレる前に、この草原からさっさと退散したい。あの光る短剣がオークの魔石を壊すための特効武器にはなり得ない。
勘違いしたのはハーフリング族だし、俺は決して嘘を付いたり騙してはいない。少しだけ勘違いするような行動をしたが、ハーフリング族の欲望で濁った目が真実を見抜けなかっただけ。
しかし、光る短剣も十分に価値のある武器なので、取引としては成立する。オルキャンが命がけで作り出した死霊特効の武器は、上位種のリッチでさえも一撃で仕留める。ただ折れた長剣からつくり出したものなので短剣は2本ある。俺としては、交換しやすい取引であったとはいえる。
スキルや魔法を極めれば上位種を倒すことも可能になることは分かったが、そこまで極めた者は数える程しかいない。
「それにしても、ウッダはしつこいな」
『それだけ守護者の秘密を知っているあなたがハーフリング族にとって都合悪いんでしょ』
「守護者と戦って生きて戻ってきた者がいないっていうのは···」
『そういうことね。遠くから監視している割には、守護者の事を詳しく知りすぎているもの。生き残った者から情報は得ているはずよ』
「もちろん俺達に危害を加えるのは、契約の範囲外だよな」
『ええっ、残念ながら範囲外ね♪もういい加減に諦めて、ロードとの約束を果たしたら?』
「繰り返すけど、俺はオリジナルと会う約束はしていない!」
『だけどオリジナルが出てきたら、ハーフリング族も退散するわよ』
「ムーアの目的はそれだじゃないだろ」
『クックックックッ』
ムーアの笑いが込み上げてくる。コピーのスキルであってもキングのスキルを吸収するつもりはなかった。しかしウッダとの取引で、上手く利用されスキルを吸収させられてしまう。
『折角なら、オリジナルのスキルを確かめてきたら?どこまで差があるかを知っておいても損はないでしょ』
「んっ、湿原に誰か近付いたか?」
遠くに見える湿原に、急に黒い靄がかかり始める。それは暗雲が立ち込めたかのように黒くて分厚い。
北東側の守護者は俺達が倒したばかりで、ハーフリング族で近付いていく者もいない。
東側の守護者はまだ健在だから、残るのは守護者のいなくなって時間が経つ北側。しかし守護者にも勝てないのに、オリジナルに安易に近付く者なんているのだろうか?
「カショウ、少しずつ異臭が薄くなルワ」
ブロッサが逸早く空気の変化に気付く。守護者が倒されれば異臭が強くなり、それと同時にオリジナルが現れる。今はそれとは逆の現象が起こっている。
「もしかして、あそこに異臭が集められているのか?」
草原に拡散されていた異臭が吸い込まれ、空気の流れが起こり風が吹き始める。それは徐々に強さを増し、じっと立っていることも難しくなってくる。そうなれば俺達よりも体の小さいハーフリングは、落葉のように風に巻き上げらてしまう。
「んっ、何の音だ?」
それは風の吹く音ではなく、黒い靄から聞こえてくる小さな音。途切れ途切れでノイズのような雑音が混ざるが、ハッキリと聞こえてくる。
「聞こえるか?」
『何も聞こえないわよ』
「私も聞こえナイ」
靄が濃縮される程に、次第にハッキリと声が聞こえてくる。それは、禍々しい負の感情で、怒りや憎しみに哀しみ、苦しみが入り混じり、一つの塊となり大きな叫び声となる。
『聴覚スキルが強化されたからかしら?』
「そうみたいだな。順番が違っていたら、俺はここで発狂してるよ!」
凝縮された負の声を聞いてしまえば、まともな精神状態ではいられない。その感情に耐えきれずに、精神だけでなく体も崩壊してしまう。イッショやタダノカマセイレがいるからこそ、正気を保っていられる。
さらに風が強くなると、地面に無数の亀裂が走る。分断された地面はジグソーパズルのように捲れ、吸い込まれるように空中へと巻き上げられる。
「全てを壊すつもりなのか」
吸い込まれるように引き寄せられる、ハーフリングも土や石も途中で消えてなくなってしまう。
陰魔法のシェイドは全てを吸い付くして劣化させる力だとすれば、この靄はそれとは真逆の力。溢れ出す負の感情を流し込んで、耐えられなければ内部から暴走させ爆発する。それには、人も精霊も石でも関係なく一瞬で塵としてしまう。
そして、俺達も少しずつオリジナルの方へと引き寄せられる。
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