第202話.レーシーの最後

 ファイヤーボールを察知したのか、黒光りする虫が一斉に飛んで逃げる。本来ならシナジーが気配探知を助けてくれているから、どれくらいの数がいるかは簡単には分かるはずだった。

 しかしシナジーは、触れる直前で黒光りする虫に気付いてしまった。触れる事だけでなく、触れてしまえば形状を記憶してしまう。その恐怖に真っ先に戦線離脱してしまい、気配探知の精度が大きく落ちてしまう。正確な数は分からないが、塊の大きさからして数万匹は居るはず。


 そして、逃げ場のなくなったムーアとブロッサは完全に理性を失ってしまう。


『近付くものは、皆殺しよ!』


「私に、任セテ!」


「待て、落ち着け!」


「ドーム」


 嫌な予感がして、ブロッサを止めるが間に合わない。そして、俺達を守るように何かが囲んでいる。ブロッサが操る毒で、臭いもなく無色で強力なものといえば···。


「やっぱり、オネアミスか?」


 ドームに触れた瞬間に、黒光りする虫は落下する。一瞬で動きを止めてしまうが、死んではいない。流石はレーシーに吸収されても死ぬことがなかった生命力を見せている。

 しかし、森でオネアミスの毒を使う事はリスクが大きすぎる。ましてやファイヤーボールを放っている所では、この森が消失する可能性すらある。


「ブロッサ、大丈夫か?せめて、ファイヤーボールが消えるまで待て!」


「大丈夫!」


 しかし、ブロッサは俺の声に短く答えただけで、ドームをさらに大きく成長させる。そして、コクンと頷くとムーアが御神酒を撒き始めてアルコールを充満させる。


『シナジー、お願い!』


「もしかして?ちょっと、待て!」


 シナジーが御神酒のアルコールを操作して、ブロッサの作ったオネアミスの毒と合わせる。その間にもドームはどんどんと大きくなり、そしてファイヤーボールへと近付いてゆく。


 ゴオオオォォォォー!


 ドームは一瞬で蒼い炎に包まれ、触れた虫は燃やし尽くされ消滅してしまう。ボッボッとドームに虫が触れる音だけが聞こえ、ドームの中には燃えかす1つさえ落ちてくる事はない。


 しかし、当然ながらドームの中にいる俺達も高温にさらされる事になる。タダノカマセイレが俺達の周りを冷却し、イッショが必死に魔力を吸収して熱を無効化してくれるが、それだけでは足りない。


 それぞれに新たに役割を持たせたが、正直ここまで自由にやってくれるとは思っていなかった。そして、1人よりも複数の力を合わせた方が出来る事も増え、俺の予想を超えてくる。

 それが精霊達に置いていかれたような気がして、言い出しっぺとしては格好が悪い。


「ダーク、マトリ、手伝ってくれ!」


 マジックソードとシールドを頭上に集める。攻撃するわけでもなく、かといって守るような行動にも見えない。


「カショウ様、何をするんですか?」


「ダーク、ミスト化だよ。マジックソードもシールドも一気にミスト化するから手伝ってくれ。俺よりもダークの方が得意だろ」


「かしこまりました」


 しかし、ダークは今ここでミスト化する意味が分からない。ダークがマジックソードをミスト化したのは、より攻撃に適合した形にする為の手段でしかない。そして、今は攻撃する対象は見当たらない。


「ミストッ!」


 マジックソードもシールドも一瞬で形が消えてなくなって、若干靄となって見える程度でしか分からない。


「マトリ、ドーム状に再構築するぞ!」


 ゆっくりと靄を操作して形を変える。俺を通して物質化魔法を習得しただけあって、俺とマトリの相性はイイ。

 どちらかといえば、マトリの方が無駄が無くスムーズに形を作ってゆく。まだまだ俺は魔法初心者だし、幼くみえるマトリでも俺よりも遥かに永く存在しているのだから仕方がない。


 なるべく薄く大きく、俺達をバリアのように囲い、そのバリアは熱を通さない。さらに中にはタダノカマセイレの冷気が満たされ、熱放射や地面からの熱伝達を防ぎつつ熱が収まるのを持つ。


 ボッボッという虫が焼ける音がしなくなると共に、炎も弱くなり外の景色が見えてくる。


 黒光りする虫は見えないが、レーシーの姿も見えない。魔石も残ることがなく全て燃やし尽くされ、後に残るものは何もない。しぶといレーシーにしては呆気ない最後だったかもしれないが、その秘密は黒光りする虫だったのかもしれない。


 そして、森に放たれた熱を冷ますかのように雨が降り始める。

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