第127話.湿地帯の巨木

『大丈夫なの?何か呟いていたけど』


「少しだけ、元の世界の記憶が戻ったんだと思う」


 頭に痛みが走り、急に元の世界の記憶の一部が戻ったといっても、何となく言葉が出てきただけで、何かを鮮明に思い出したわけではないし、それで変わった事もない。


『それならイイけど、何かあったら教えなさいよ』


「それは、分かってるよ」



 魔樹の森を、様々な探知スキルを駆使して進むと、やっと森の終わりが見えてくる。丸2日は、行ったり来たりを繰り返して、やっと迷路のゴールに辿り着いた気分になる。

 帰り道にもう一度この迷路を通りたいかと聞かれれば、絶対に拒否する。


 そのお陰ではあるが、クオンとベルの探知も形になってきた。最初は影の中から出入りを繰り返していたベルも、途中からは出てこなくなったし、魔樹の森を後戻りする事も少なくなった。


 それにしても、“迷いの森に行けばエルフが迎えに来る”というバッファの言葉を簡単に受け取った俺が間違いだった。

 迷いの森自体に簡単に辿り着く事が出来ないし、魔樹の森もかなり命懸けだった。やはり、権力のある者の言葉は簡単に信用してはならない!


 そして魔樹の森を抜けた先が普通の森である事を願う。少しずつ森の外が見え始め、様子が分かってくる。

 広葉樹から針葉樹の森に変わったり、緑の光景が黒一色に変わるといった木々の変化ではなく、木々そのものが少ない。

 そして、遠くには雲よりも高くそびえ立つ大木が2本見えてくる。


「あれがヘカントケイルの居る大木じゃないよな」


『そうね、あそこまで行けば迷いの森の入り口になると思うわ。それに木は1本って言ってたわね』


「それじゃあ、魔樹の森の違う場所に出たのかもしれないな」


「それはないわっ。私の方向感覚は正確よっ」


 ベルが抗議の声を上げてくるが、それを宥めながら森の外へ近付く。魔樹の森の外は、窪んだ盆地となり100mほどの高低差がある。そこを下ると、辺り一面に湿地帯が広がり、地面が見えている箇所は迷路のようになっている。

 そして盆地の中央には、キマイラの言っていた1本の大きな木が見える。遥か彼方に見える雲よりも高い巨木ではないが、それでもあれがキマイラの言っていた木である事は分かる。

 木の上は茶色く変色したように見え、そして光の精霊が必要な木と言われれば間違いないだろう。


「取り敢えず、また暗闇の迷路を進む事はなさそうだな」


『そうね、湿地帯でも通れない場所は少なそうだし、飛んで越えれる事も出来るわね』


 取り敢えず連続迷路は回避出来たので、話題はヘカトンケイルに移る。


「ヘカトンケイルの事は知ってるのか?」


『そうね。話にしか聞いたことがないけど、50の頭に100の手を持つ巨人の精霊でしょ』


「何の精霊なんだ?」


『ヘカトンケイルは、同一の精霊が沢山集まった集合体のような存在よ。あの木の精霊なら、トレントが集まり1つに融合したんじゃないかしら』


「50の精霊が集まればヘカトンケイルならリッターもそうなるのかな?」


『それは難しいわね。トレントのような木の精霊は一旦根を張ると、そこからは動けなくなるの。だから互いに強く成長して干渉しあうと、逃げ場がないから1つに融合するしかないのよ』


「リッター達は、逃げ場があるから大丈夫って事か?」


『それだけではないわ。あなたがリッターに求めているは個の大きな力じゃないでしょ。哨戒であったり明かりであったりと、複数での力を求めているから、リッターが1つに融合しようとは思わないわ。それに融合出来る精霊は、それなりに力が必要だから下位の精霊ではあり得ない事よ』


 確かに沢山の精霊が集まって融合すれば強くなるなら、数の多い精霊が1番強い事になる。それに2体の精霊が集まっても単純に2倍の強さにはならないのだろう。


 そして見えてきた巨木は、確かにヘカトンケイルが居ると思わせる。複数の木が集まって1つの木を成し、様々な種類の葉や木の実がなっている。

 50種の木が集まり無数の枝があれば、これ自体がヘカトンケイルと言われても納得してしまうだろう。


「誰も居ないよな。まさか、この木自体がヘカトンケイルじゃないよな?」


『ヘカトンケイルとなれば、この木ではなく別の存在になるわ。だけど、この木から遠くは離れることは出来ないはずよ』


「そうなると、上になるのか?」

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