第126話.変革
魔樹の森の奥に行くにつれて、木々は密集し風の流れも無くなり、静かで不気味な空間となる。
地中から漏れ出す魔力も濃くなり、日の光が届かないだけでなく、黒い靄がウィプス達の明かり直ぐに遮ってしまい視界は悪い。
さらに尖った枝葉が行く手を遮る。硬く曲がることさえしない枝葉は、軽く接触しただけでも身体を切り刻んでしまう。不用意にぶつかれば、傷だらけでは済まないかもしれない。
「思った以上に、この森を抜けるのは大変だな」
『そうね、大きない木よりは枯れてしまった細い木の方が凶器になるわね』
「魔樹を傷付けるなって言われてるから、道を開く事も出来ないしな」
『オルキャンの光る剣があれば、この森は簡単に切り開けるのかしら?』
「狂ってしまってもタカオの街の元領主で、廃鉱を作り上げたドワーフだからな。ただの光る剣ではなかったのかもしれない」
『まあ、今はキマイラ戦で出番が無かったから、ナレッジが頑張ってくれるわよ』
今はリッターを召喚し十分な明かりと視界を確保して、なるべく開けた場所を移動している。
この森の守護者となるキマイラは、クオンが探知出来る範囲にはいないので、リッターの明かりがあっても問題ないだろう。
今思えば、キマイラが変則的に移動していたのは、このせいかもしれない。
「僕だけじゃ大変だよ。早く人員補充してよ。この視界の悪さで僕だけだと、せっかく進んでも後戻りする事になるよ」
「イッショは何してるんだ。手伝ってもらえばイイだろ!」
「待て、カショウ。俺様は魔力吸収の制御という大変な仕事があるのだ!」
「今必要ないだろ。それにお願いされれば手伝ってくれるんだろ。頼んだぞ!」
「そっ、それはっ、確かに言ったが・・・」
「じゃあ、シナジーみたいに俺の気配探知スキルを手伝ってもらおうか。そっちの方が休みは」
「任せておけ!リッターと俺様は相性が良いのだ。適材適所というやつだな!」
そして今まで以上に危機感を感じたクオンは、新しい事を始めた。
風もなく木々の揺らぎもなければ、生物が発する音もない。クオンの耳は、どんな小さな音でも聞き分け出来る。風に揺らぐ草木の音だけでなく、鼓動や脈拍でさえも感じ取れるが、音が少なければ探知スキルも弱くなってしまう。だから、弱っていたユニコーンに気付けなかった。
さらに、キマイラの探知範囲の広さは、俺達だけでなくクオンにとっても驚きだった。
しかしシナジーの霧の中に隠れた俺達を、キマイラは見つける事が出来なかったので、その点に関してはクオンの方が優秀である。
“次は負けない”と宣言したクオンの出した答えは少し意外だった。
精霊達が増え、召還したままの精霊は俺の周りにいるか、俺の影の中で過ごす。クオンは、人数が増えて賑やかになるのは嫌いではないらしいが、グループの中にいるよりは1人でいる事を好み、それを見ている事の方が多い。
そのクオンがベルと一緒に探知を始めた。
今まで以上に、ベルが外と影の中を出入りするようになり、鳴き声を出しては戻るを繰り返している。
その鳴き声も、高い音であったり低い音であったり様々で、たまに聞こえない場合もある。
「ベル、何してるんだ?」
「クオンに頼まれたのっ♪私の声は綺麗で、良く通る声だからっ」
「それで、鳴き声でどうなるんだ?」
「えっ、それは・・・きっと皆の元気が出るのよっ」
“ベル、大丈夫よ”
「ほらねっ、合ってるでしょっ♪」
クオンもベルの事を良く分かっているようで、効率良く説明をしたのだと思う。
今までの発する音を待つだけの受動的な探知とは違い、能動的に行おうとしている。ベルが音を発して、その反響音を感じ取る探知スキルで、音を発しない魔樹の森は都合のよい訓練の場となっているようだ。
急激に精霊達が増える中で、1人の圧倒的な能力や1つの絶対的なスキル伸ばすのではなく、複数いるからこそ産み出せる能力を見出だしたのは、俺達らしい戦い方だと思う。それをクオンもそれを感じていた事は、少し嬉しくもある。
少しだけ、頭の中がスッキリする。精霊や仲間が増える事による悩みや迷いはあるが、それの答えがぼんやりと見えたような気もする。
それと同時に、ズキリと頭に痛みが走り、記憶がフラッシュバックし、自然と言葉が出てくる。
「専・・・・」
「命・・・・化」
「統制・・・・」
「責任・・・・致」
「権・・・・譲」
『カショウ、どうしたの?大丈夫?』
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