第113話.出来損ないのユニコーン
ソウ川を少し上流に登ってから川を渡る。
蟲人族が治めるイスイの街だが、川を渡って出ていく蟲人は少ない。ほとんどが商売を目的とした隊商になるので、荷物が無く川を飛んで渡る者は少ない。
川を飛んで渡るのは、それだけ緊急の用がある場合に限られる。
それでも可能性が無いわけではないので、チェンの目で視認出来ないくらい離れた場所まで上流に行く。目の良いチェンが視認出来なければ、誰にも飛んでいる姿は分からないだろう。
そして、川を渡った向こう岸は草木のなかった岩場から、森が広がる山々へと姿を変える。
生い茂る木々や山々が視界を邪魔するが、川を上流に遡り、空よりも高い巨木のある森を目指せば良い。
しかし、それでも誰も辿り着いた者はいないと云われるのが迷いの森になる。どこからが迷いの森の始まりになるか、境界線なんて分かるわけがない。俺達が迷い込む前にエルフ達が見付けてくれるという保証もない。
「バッファの話を疑うわけじゃないけど、行けば分かるという根拠の無い話には不安しかないよな」
『何が起こるかは分かってたら、楽しくないでしょ♪』
「そんな、お楽しみはいらないよ」
そんな会話をしていると、予定通りの何かが起こる。
“争ってる、何か居る”
そこは予定通りにクオンが探知してくれて、そこに居たのは有翼のユニコーンの群れ。
額にある螺旋状の1本角に山羊の顎髭、2つに割れた蹄、ライオンの尾があるユニコーン。しかし有翼である事が、ユニコーンの中でも成長して進化した存在である事を示している。
「ユニコーンは、何の精霊なんだ?」
「薬ヲ司ル精霊ヨ」
俺の問いに答えたのは、ムーアではなくブロッサ。薬と毒は似ているともいえるし相反する存在であるとも云えるが、ブロッサの表情も声も硬く、相性が悪い事は見てとれる。
そして5体のユニコーンが1体を囲んでいる。本気には見えないが5体のユニコーンが次々と角で攻撃する様子は、どこか甚振るような感じで、見ているだけで気分を悪くさせる。
ユニコーン同士での縄張り争いなのかは分からないが、俺達は部外者でもあるし、ここにはここのルールがあるのだろう。
どうしようかと悩んでいると、ブロッサが先に行動に出る。
「ポイズンミスト」
そして、ブロッサが甚振られていたユニコーンの前に出る。
「モウ止メル」
突然目の前に現れた薄紫色の霧に、ユニコーン達は少しだけ驚く。毒性のある霧だが、それは薬の精霊であるユニコーンにとっては全く効果はないのだろうし、ブロッサも毒性を弱く調整している。
「誰だ、毒霧を撒いた奴は?」
「私達に、こんな攻撃が通用すると思っているのかい」
「愚かな奴だな。この森の事を知らない部外者だね、きっと!」
毒霧が治まるとユニコーンの視線は、ブロッサに集まる。そして、1体のユニコーンが前に出てきてブロッサを凝視する。
「お前、昔ここから逃げ出した毒蛙か?」
「ああ、何か居たな。穴ほって隠れるしかない可哀想な奴が!」
「もう、お前の居場所はないぞ。何しに戻ってきた!」
しかしブロッサは何も言わずに、ただじっとしている。それに対して、ユニコーン達は角をブロッサへと向け攻撃姿勢をとってくる。
「ちょっとイイか?俺の精霊が何かしたかな?」
そこで初めて、ユニコーンが俺達の存在に気付く。
「ヒト族、オニ族、ドワーフ族、蟲人族。それに下位の精霊」
「この森に迷い込んだ愚か者だろ」
「毒蛙の主人なのか?弱虫蛙の主人がヒト族なのはピッタリだな」
そして今まで喋っていなかった真ん中にいるユニコーンが1体が前に出て、俺を睨み付けるように凝視してくる。
「何しに来た、ひ弱なヒト族よ!」
「俺に言ってるのか、出来の悪そうなユニコーンみたいな精霊」
「出来損ないの種族が私達を愚弄するか!まあ、出来損ないの精霊に、出来損ないのユニコーンと相通ずるものがあるかもしれんがな」
『えっ、出来損ないなの?』
あまりにも我慢できなかったのか、ムーアが影から出てくる。そして、その顔は笑いを堪えている。
「ムーア、そんな顔はするなよ。ちょっと可哀想だぞ」
『だって、だって、くっ、っ、っ・・・』
黙って攻撃姿勢をとるユニコーンの顔は、顔が真っ赤に染まっている。
「これ、ペガサスだろ!」
沈黙が流れる。誰も何も喋らず、ただ離れて佇む出来損ないのユニコーンを見つめる。
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