第59話.経験と勘

 最初は坑道の大きさ、幾つもに分岐した道、いつ襲われるか分からない状況に、緊迫した空気が漂う。


 坑道にはコボルトの臭いと、油の焼けた臭いや木の焦げた臭いが残る。ドワーフの臭いはしないので、普通に考えればコボルト達にも明かりが必要という事になる。俺達には頼りになるウィスプ達が居るので、洞窟やダンジョンで明かりに困ることはないだろう。


 ゴブリンキングから吸収した嗅覚は追跡向きのスキルといえる。しかし痕跡を辿れるだけで、場所を特定する事は出来ない。

 近付く者を発見し把握するのは、クオン探知スキル。俺の探知スキルは熟練度が低い為に探知範囲も狭く、嗅覚スキルと併用して発動するが出来ない。でも俺の嗅覚とクオンの探知が合わされば、知らない坑道の中でも不意打ちや奇襲される事はないだろう。

 何が普通かは分からないが、あるべきはずの見張りや待ち伏せは見られない。


「あまり変わらないな」


 思わず出た言葉に、ムーアが反応する。


『臭いは変わらないの?』


「少しずつ濃くはなってるけど、ここまで何も無いと拍子抜けだな」


『そうね、ラップ達も襲われてたし、コボルトは好戦的ではあるはずよね』


「逆に何をやったら襲われるんだって聞いておけば良かったよ」


『どうする?幾つか分岐はあったけど、このまま進む?』


「臭いは濃くなっているから、もう少しだけ進もう」


 コボルトの臭いを辿っている為に、ほぼ迷いなく進んでいる。立ち止まるのは分岐点でのみで、どちらの臭いが濃いかを判断する為だけの最小の時間。


 もう少しだけ、山中を捜索すれば良かったと後悔が出てくる。最後の崩落があった後にコボルトのポップアップが始まったのであれば、コボルトの謎は最深部にあるはず!という考えが思い込みだったかもしれない。


 ウィスプ達の明かりは変わらないが、進むにつれて心なしか暗くなったというか、闇が深くなったような気がする。


「ムーアは、暗闇の中でも見えるのか?」


『私もあなたと一緒くらいよ。明かりが無ければ、何も見えないわ』


「ブロッサとダークは見えるのか?」


「見エルワヨ、ズット地下デ過ゴシテタカラ」


「僕は明かりが無い方が良く見える」


 流石は、地下で暮らしていたブロッサと陰の精霊。ウィスプ達の行動を考えると、ブロッサとダークには明かりが無い離れた場所でも行動出来るのは大きい。


 そして幾度目かの分岐に差し掛かった時に、変化が訪れる。臭いが二手に別れ、またクオンの気配探知に当たりがある。



 右は坑道の入り口から続いていた臭いで、左は奥から溢れ出てくる濃い臭い。そしてクオンの探知に掛かったのは左側。しかし濃い臭いとは正反対で、感じられる気配は1つ。


 右は、地上に出ていた事は確かだけど存在は不明。左は地上には出てはいないが存在は確か。


『どっちにするの?』


「そうだな、存在が確実な方に進もう。臭いが濃すぎるし、危険な存在なら坑道から引き返す事も可能だろ」


『あら、引き返すなんて今回は慎重なのね』


 薄っすらと笑みを浮かべるムーア。何だかんだいって、結果としては猪突猛進に近い。


「俺が選択を間違ったら、皆ここに閉じ込められるだろ。契約している精霊が多い少ないじゃないけど、これからはリスク回避は必要。こうやって俺は成長してくんだよ!」


『次は何をしでかしてくれるか楽しみにしておくわ』


 クオンは気配を探知してくれるが、坑道内で音が反響している為に、いつもの精度は出ない。少しペースを落として進んでいるが、坑道が終わり部屋が見えてくる。

 さらに近付くと、小部屋があってさらにその奥に大きな部屋というか空間が見える。


 クオンの気配探知に掛かるのは、奥の大きな部屋の中から。しかし、コボルトの臭いは手前の部屋にも充満している。

 そっと小部屋の手前から中を見ると、壁際に並んで立っているコボルトが10体。石像かと思うくらいにピクリとも動かない為、クオン探知に引っ掛からない。ただ臭いはする為に、コボルトであることは間違いない。


「ここに入ったら動き出すやつか?」


『入ったら分かるわよ♪』


 少し楽しそうに、ムーアはこの部屋に入れと唆してくる。


「何かイイ事でもあるのか?もしかして、何か知ってるのか?」


『精霊の勘よ。あなたと契約したのも勘だし♪』


「そんな感じで大丈夫なのか?」


『あら、失敗した事があって?』


「ゴブリンキングの時は、かなり動揺してなかったか?」


『途中はどうでもイイのよ。あくまでも結果が全てね!』


 コボルト10体とは戦闘経験もあるし、コボルトに上位種が居ないのであれば特にリスクは高くない。


「部屋には入るけど、これは勘じゃないからな!」

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