第7話.旅の始まり
これからどうするといった選択肢は、残念ながら無い。
周辺にも精霊が居るが、大きな変化を好まない精霊にとっては、異分子となる俺のような存在に力を貸してくれる精霊は少ない。ましてや、争いの少ないこの地から飛び出すようなことは考え難い。
だから、今は少しでも多くの精霊を集める為に、場所を移し多くの精霊を見つけるしかない。
より力の強い精霊ではなく、少しでも多くの精霊を!
その為には、まずこの森からの脱出。交通網の整った場所に出て、精霊の居る場所を目指す。つまりは、人の集まる場所で、情報を集めろって事になる。
と、現状把握してはみたが、今の俺の実力で行けるところは1つしかない・・・。
祠の西側には、五百mの崖がそびえ立つ。南北に渡った崖は、始まりも終わりも見えない大断層。この崖を越えると、五千m級の山々が連なるゴセキ山脈へと続く。
ここには極寒や灼熱の世界となり、最上種のドラゴンなどの魔物が棲息する危険地帯であり、絶対に近寄ってはならない世界。まあ、五百mの壁を登る術も無いのだから、近寄ることは出来ない。
残るは祠の東側。ヒケンの森と呼ばれる大森林が拡がる。ゴセキ山脈から流れ落ちる川により南北に分断される。
川の南側は、雲よりも高い巨木が何本も聳え立つエリア。エルフ族が住む迷いの森。巨木がある目立つ森なのに、森の奥に入った者は誰もいない。人々を拒む暗い森で、勿論俺が入れるわけがない。
川の北側は、森林の中にも色とりどりの湖が存在するエリア。森にも下位の魔物のゴブリンくらいしか存在しない。
だから、現状の選択肢は川北エリアに向かうしかない。
『2日も行けば、オニ族の集落が見えてくるわい』
「ライ、世話になったな。生きてたら、また来るよ」
『最後に、これを持ってゆけ!』
渡されたのは、濃い深緑色のローブ。
「これは?何か凄いアイテム?」
『ただのフード付きのローブじゃ。雨風は防いでくれる。それに森の中では目立ちにくい』
「気配を消してくれるとか、特殊な効果はないのか?」
『そんな高価なものが、ここにある訳がなかろう。あっても、やるわけがない!』
「お約束ならチートな能力がなければ、チートなアイテムくらいあってもイイだろ」
『精霊と融合して、飯は食べなくても大丈夫。眠る必要も無い。無属性魔法に特化したスキル。これ以上はなかろう!』
「・・・あぁっ」
声にはならない。食べずに、しかも寝ないでも働ける体。どう考えてもブラックでしかない。
さらにファンタジーの世界で、魔力というエネルギーがありながら魔力そのもので戦う、原始的な発想。ファンタジーとは真逆の脳筋的なスキルが、俺のアシスで生き残る為の能力。
『忘れておった。これも持っていけ』
ライが手の指輪を外して、投げてよこす。それを若干の期待をしながら、空中で掴む。
「これは?」
『迷い人を証明する指輪じゃな。これを見せれば、どの町へも入れるはず』
「それだけ?」
『ここではヒト族は少ない。こんな森の中に急にヒト族が現れたらおかしかろう』
「そうだな、期待したのが間違いだったよ」
「クオン、ルーク、メーン、カンテ、行こう!」
俺達は、祠に背を向けて歩き出す。
不安な気持ちは大きいが、それを打ち消すくらいに何かあるんじゃないかと、少しは期待していた。
だけど、今のところ何もない。だがスッキリした感覚もあり、諦めとも開き直りとも、どちらとも取れる。
俺の右足、左手足と影を出たり入ったりする自由なクオン。ウィスプ達は、右にルーク、左手メーン、後ろにカンテのフォーメーションで、護衛気取りといったところだろうか。
異世界で仲間が居る。決して悪いわけではないだろう。転移してから、ずっと考えてきた。答えはない。だから、今は何も考えず進もう。
ライが祠の中に戻ると、洞窟の入口が消える。ウィスプ達の明かりも無い暗闇の世界。小さな祠だけが残り、暗闇の中でもライの銀髪が光るように浮かび上がる。
祠の前に立つと、ライの曲がった背中が伸び、顔や手のシワが消えて行く。
『アージ様、これで良かったのですか?私に出来ることは、ここまでです』
しかし、返事は返ってはこない。
『約束は果たしました。私は、私の信じる道を進みます』
ニヤリと不気味な笑みを浮かべて、ライの姿は見えなくなった。
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