第40話 いきなり魔王
マキナ・シルファン。シルファン王国の姫。
父は現シルファン王国の王。
母は、かつて十階組織の魔王軍団組織を討伐した、勇者一味の魔導槍士。
幼い頃から父や勇者たちの武勇伝を聞きながら育ったマキナは、受け継ぐものの大きさを日々感じながら、この世の平穏を守り続けなければいけない存在であると己でも分かっていないがら、自分にはその器はないと感じていた。
「そういう人生は考えてなかったわ……おかーさんになるなんて……」
自室に戻ったマキナは壁を叩く。
「あんな幼い子を使って、精神攻撃をするとはね。あんな子に、おかーさんなんて言われたら……というより可愛かったわ……あんな可愛い生き物がこの世にいたとはね……流石は未来の私……って、違うわよ、マキナ! 私は姫よ! なんで私があんな最低男と結婚して子供まで産むのよ!」
これまで色々と考え事の多い人生だったが、こんな考えをしたことは初めてだった。
「でも……あの子……思わず抱きしめたくなったわ……それなのに、あんなに泣かせてしまうなんて……うぅ~、でも……結婚……さすがに、パパとママが認めないだろうし……って、だからあの最低男は論外なのよ!」
マキナとて女だ。女として、憧れてしまうものもある。
「私に自由な結婚なんて認められない……でも、昔から……そう、たとえば魔王に囚われた私を救い出してくれる白馬の王子様、勇者様……ならば……でも、あんな誰とでもエッチするような最低男はありえないわ! それなのに……おかーさんなんて……困ったものね……」
困ったと言いながら、どこかポカポカとした表情である。
「でも、もしあの娘が本当にフォリスで時を超えてやってきた私の娘だとしたら……私があの男とエッチしなければ歴史が変わって……あの娘は産まれなくなるわけで……って、そ、それってものすごい心を抉るというか……そうなるとあの子は存在しなくなるというか……」
そして、同時に幼女に対して哀れみの感情が浮かんできた。
「でも……だからって、そのために私があの男と……いやよ……そんなの……でも……あの子は……」
容赦はできない。でも、オルタは別。あの子は無垢であり、そしてあの子に罪はない。
「は~……」
自分は本当にどうすればよいのか?
そんな風に答えが出ずに悩むしかないマキナだった……が……
「まったく、人がせっかく考え事をしているときに、……私に何か用?」
マキナの表情が突然変わった。
マキナが尋ねると、目の前の空間が歪み、一人の男が現れた。
黒い鎧とマントを纏った男。
「マキナ姫? 勇者一味の血を引く子だね?」
男の纏う空気や、喋り方に篭る嫌な雰囲気が、マキナの表情を固くさせた。
「マジックセンサーにも引っかからないなんて……あなた、何者?」
「オイラ~は真魔王。よろしくどーぞ~」
それは、魔王という称号を背負った男だった。
「ッ! あなたが、ノヴィナーガ! なぜここに!」
「ああ、前々からこの世界にツッコミたかったが、ノヴィナーガって発音違うけど……まあどっちでもいいか」
余りにも唐突すぎるノヴィナーガの存在に、マキナは護身用の短刀を抜き出していた。
しかし、刃を光らせても、ノヴィナーガの笑みはまるで崩れなかった。
「コエーコエー。野蛮な世界だ。女が堂々と刃物を振り回すなんてねー」
「どうやってここに? 王宮内にはマジックセンサーが張り巡らされているというのに」
「ん? 勇者一味の血を引くお前さんなら分かるんじゃないの?」
そう言ってマントの内側に手を入れて、ノヴィナーガがペンダントを取り出した。
その形状、輝きを見て、マキナは目を疑った。
「それは、フォリス!」
「世界と世界を繋ぐ魔石。異世界だろうと、過去や未来だろうと、魔王の城だろうと、女子風呂だろうと、オイラが行けない場所はこの世にはない」
「フォリス……じゃあ、オルタは?」
「オルタ? 何それ? 流行りの場所かい? まだ、あんまこの世界には詳しくなくてな」
オルタを知らない? 一体どういうことなのか。
「親父にフォリスで異世界に逃がされてから十八年。長かったぜ。ようやく暴れられる」
「異世界? よく分からないわ。でも、一年前にあなたは真魔王軍団設立を宣言しても、戦を起こさなかった。それが、何故今更?」
「なんだー? ひょっとして戦争をやりたかったのかい? 随分と野蛮だねー」
「あなたの目的は何! ここへは何のために? 復讐でもするつもり?」
思いついた疑問を次々と叫ぶマキナ。
ノヴィナーガはニタニタとしながらも、軽口でペラペラと話してくる。
「勘違いすんな。オイラはフクシューなんてする気ねーし、親が死んでもなんとも思わん」
マキナの短刀を持つ手に力が入る。いつの間にか背中に汗も掻いている。
(なにこの男。身の振る舞いや発せられる威圧感なんか、大したことは……)
勇者一味の血をマキナは引いている。戦闘能力にはそれなりの自信がある。
(なのに、何故私がこの程度の力に狼狽えているの? 鳥肌が……)
マキナは魔王の『何か』に気圧されていた。
「オイラはこことは違う世界で舎弟を作って暴れて、自由で楽しい人生を送っていた」
「反吐が出そうね。でも、それなら何故あなたはこの世界に戻ったのかしら?」
「オイラの目的。それは二つ。一つは『決着』だよ」
「決着……勇者一味たちと……ってことかしら?」
「はあ? オイラがワザワザ勇者たちと? 自惚れんなよな」
その言葉の意味が分からず、マキナは少し変な声を出してしまった。
「オイラがかつて居た街で、オイラは三人の男と出会った。その三人は、小さな街のお山の大将。だが、不思議とオイラたち四人は同じ匂いを持っていた」
「三人の男?」
「一人は事情があって置いてきちまったが、二人は連れてきた。この一年でオイラたち三人はそれぞれがこの世界のシステムや戦いに慣れてきた。ソロソロ頃合だと思ったんだよ」
言っていることが意味不明。三人の男? 二人を連れてきた?
「そしてもう一つ。『ヒマ潰し』だよ。正義だ悪だとくだらねえ。人間は、喜びと快楽を得るために生きていたほうがよっぽど楽しいだろうが。それが、オイラの生きがいだ」
その時、マキナは全てを理解した。この男は、ただイカれているのだ。
「さあ、準備は整った! ここからは存分に禁欲期間を終わらせてもらおうか!」
下衆。思わずマキナの全身に鳥肌が立った。
「手始めに、姫ちゃん。あんたには世界に絶望を与える象徴として、攫っちまうよ!」
「何が攫うよ! あなたのような人に攫われる私ではないわ!」
「威勢がいいな。でも、知ってるぜ、『あの事件』を!」
「ッ!」
「数年前、お前が指揮した戦! 当時の高階組織の連合にあしらわれ、大勢の兵を犠牲にして国を大敗させ、多大な損害を与えってな!」
「……だ……黙りなさい……」
「だからオイラはあんたに目を付けた! 生贄に手っ取り早いのは、一番使えねえお前さんがカモだったからさ! それぐらいには役に立ってもわらねえと!」
「否定はしないわ……死刑に値するほどの最低最悪の姫……国民を守るハズの私が、国に大きな損害を与えて、そして多くの悲しみを生み出したわ」
「そーそー、なら王座にふんぞり返らねえで、分不相応に死ねば?」
「ええ。そのほうがこの世のためかもね。でも……まず、あなたを始末してからにするわ!」
この男は野放しにしてはダメだと分かる。マキナは相手を消滅させると決めた。
「神話より伝わりし魔槍よ! 今こそ新たなる伝説を刻め!」
マキナの指にはめられた黒褐色の指輪が光り輝く。
「おほっ。それが勇者一味でかつて名を馳せた伝説の武器?」
「吼えろ! 魔槍デカログス!」
マキナの指輪の形が変わり、堂々たる槍が出現した。
その全身に膨大な魔力を漲らせた暗黒に輝く魔槍。
「売ったら高そうな槍ですこと」
「勇者一味の魔導槍士より受け継ぎし魔槍! その力、地獄の果てまで身に刻むが良い!」
槍を形骸化させただけで、部屋の家具の一式が吹き飛ばされた。
空気が乱気流のように荒れ狂い、肌を切り刻む。
しかし、それほどの圧倒的力を前にしてもノヴィナーガは飄々としていた。
「いいね~……思い上がった世間知らずの女の顔を歪ませることへの楽しみだ」
「な、なんですって!」
その時だった。
「ばきゅーん」
何かが弾けた音がした。
何? 今の爆発のような音は? そう思ったとき、無意識にマキナは膝を着いていた。
「な、な!」
ようやく気づいた。自身の足に感じる痛み。血が溢れ出した。
「まさか卑怯者とは言わねーだろ? これも、力だ」
痛いなどという次元ではない。足には鋭利なもので抉られたような痛みを発している。
「あ、あなた、一体何を! ど、どうやって?」
ありえない。魔力も一切感じさせずに、足を打ち抜くこの痛み。
顔を上げると、魔王は妙な鉄の塊のようなものを向けていた。
その鉄の塊の先からは、煙が僅かに漏れていた。
「チャカ。知り合いのヤーさんから土産に購入してきたもんだ」
「チャ……チャカ?」
「そんでこれがもう一つのお土産。催涙スプレ~」
今度は妙な筒丈のものを取り出し、マキナに向ける。
「かっ、め、目が!? なに、ぅ!?」
その筒からは勢い良く水分のようなものが霧状になってマキナを包んだ。
これはなに? まさか毒? 慌てて口を腕で覆うが、既に遅かった。
マキナの意識が自分の意思とは関係なく急激に遠のいていく。
「さっ、トドメのスタンガーン」
「ッ!」
「すぐ起こしてやるよ。ちっと寝てろ」
マキナは倒れた。
その瞬間、彼女に握られていた槍は元の指輪の形に戻った。
「ひははは、滾るケンカにならねえ相手はこれでいいんだよ。テメエみたいな世間知らずのガキに、オイラの喧嘩の腕は勿体ねえ♪」
一切の抵抗もさせずにマキナの自由を奪った魔王ノヴィナーガ。
狂った笑いが止まらなかった。
「魔力に慣れすぎたお前らは、魔力をまったく帯びていないものを防ぐことはできない。つっても……チョロすぎだなぁ、この世界の英雄候補とやらも」
だが、その言葉に意識を失ったマキナは何も答えられない。
「見てな。この国を燃え上がらせて合図にしてやるよ。オイラたちの喧嘩開始の狼煙代わりにな」
ノヴィナーガはマキナの髪を掴んで首だけ起こし、意識のない彼女の耳元に呟いた。
――あとがき――
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