第23話 王国の姫

 英成たちが暴れている頃、王都を一望できる宮殿内では円卓を囲んだ王族と軍の幹部たちが会議を行なっていた。


「ほう。『真魔王軍団組織』の『真魔王』が、複数の下段組織と接触? 目的はなんだ?」

「そこまではまだ。しかし、『真魔王』が不穏な動きを見せているのは間違いありません」

「所詮はまだ四階組織。警戒する必要もないのでは?」

「たしかに、『真魔王』がこの世に現れて一年。結局主だった大きな事件は起こさず、地方の街で富裕層などから金をだまし取ったり、妙な商売をしているだけですからね」

「そう考えると、最も警戒しなければならないのは、五階以上の高階組織。八階、九階などの次期十階組織候補でしょう」


 二十人以上が入れる会議室。中央に設置される円卓。

 その座に座るのはこの国の有力者たち。

 マントと腰元に剣を携え、胸にはいくつもの勲章を付けた年配の戦士。

 ローブを深くかぶった老人。

 そして、この中で、いやこの国で最も地位の高い者。


「ねえ、そんな分かりきった話しかないのなら、部屋に戻っていいかしら?」


 その発言に、この場にいた者たちがビクッとなる。


「暗い報告ばかりで気分が滅入るわ。少しは良い報告はないのかしら?」


 セミロングボブで真紅の髪が美しく、そしてまだ十代の若き女性。

 銀色に輝く甲冑を上半身に纏い、ヒラリと靡く膝上までの丈の白いスカート。

 凛とした表情と、若干ツリ目の鋭さと、まだ全体的に発展途上の肉体ではあるものの、その美貌の前には誰もが畏まる。

 

「それならば姫様。一つありますぞ?」

「あら、大臣。教えてくれるかしら?」

「はい。かつて魔王軍団を滅ぼした組織、『勇者一味組織』の血を引く英雄達が、この階段組織時代に憂い、ついに立ち上がったと聞きます」

「へー、そうなの?」

「その通りであります。そこで、どうでしょうか? かつての勇者一味組織の一人、魔導槍士の皇后さまの血を引く姫様もこれを気に――」

「い・や・よ。めんどくさい」


 興奮気味の大臣の言葉に、国の姫は椅子を斜めにして、ふんぞり返った。



「何を申されます! かつての勇者一味の血を引く者たちは、それぞれが名だたる国々の王族や将軍としての地位を持っており、彼らの決起は様々な国を上げての事となります。その決起に、姫様と我々シルファン王国が参戦しないことは、外交問題にも影響を!」


「なら、お姉ちゃんでいいじゃない。探して連れてきたら?」


「ですが、あの方は国王様に勘当されて家出中……行方はまだ……」


「だからって、こんなやる気のない面倒くさがりのテキトーな女に国を任せるのが、この国の方針なの? みんな頭悪いんじゃない?」


「ひ、姫様!」


「冗談よ。一割だけだけどね」



 両肩を竦めて苦笑する姫。

 その様子に大臣も頭を抱え、周りにいる臣下たちもため息をつく。


「正義も戦争も興味ないわ。そんな私の下で戦う兵も本心では、たまったものじゃないでしょ?」

「そ、そんなことはありませぬ! 我らは姫の号令あれば!」

「熱苦しいのもイヤ。勇者一味もイヤ。みんな熱苦しかったり甘すぎたりで嫌いなのよ」


 政策でも方針でもなんでもない。そこに居るのはただの我侭で嫌味な女。

 国が、世界が、人々がこの世を少しでもよくしようと頭を抱え、命懸けの決意をしている傍らで、彼女は素知らぬ顔で退屈そうにしていた。


「では、姫様はこの世の現状を放置すると?」

「だから、何で私に聞くのよ。そういうのは、遠征に行ってるパパとママが帰ってきてからにしなさい。私のテキトーな思いつきや感情で、誰かに何かを背負わせるのは嫌なのよ」

「姫様……」

「そう、私の役目は王と王妃が不在の国の留守番……それだけで十分だし、分不相応よ」 


 それはほんの一瞬だった。

 今の今まで退屈そうにしていた彼女だが、一瞬だけ切なそうな表情を浮かべた。

 すると、それ以上はこの場にいた者たちも何も言わなくなった。

 それは何を言っても無駄だと理解したからなのか。

 それとも、一瞬見せた彼女の切ない表情の理由を、彼らが知っていたからなのか。

 だが、どちらにしろこの話題は次の瞬間に、流されることになった。


「ご報告します!」


 突如会議室の扉が勢い良く開けられ、張り上げられた声が響き渡った。


「例のザッコーダが、街で暴れているそうです!」


 一人の兵士が片膝をつきながら全員に告げる。


「なんじゃと?」


 報告を受けて、大臣や軍の上層部たちの表情が変わった。


「ザッコーダ? たかが二階でしょ」


 姫は頬杖つきながら、対して興味なさそうに呟いた。

 だが、その言葉に軍の上層部たちは首を横に振った。


「いいえ、姫様。ザッコーダをただの二階と侮ってはなりません」

「その通りです。ザッコーダのレベルは現在29。力は既に三階にも匹敵すると言われております」

「奴は他国の魔法騎士団に所属した経歴もあります。侮ってはなりません」

「奴らのアジトを見つけられずにいたのですが、ここに来て王都で暴れるとは」


 ざわつく会議室。


「まあ、何階でも暴れている以上は捕まえた方がよさそうね。あー、めんどくさい」


 姫も「ふーん」と呟くが、確かに放っておくわけにもいかないなと、姿勢を正す。


「ザッコーダほどの手練ならば守備兵や警備兵だけでは対処しきれないと……」

「ならば、どの騎士団や魔法部隊を派遣すれば」

「いや、だから今は主だった部隊は遠征に……」


 さて、それではどうするかと案を練ろうとした。

 すると、一人の女騎士が前へ出た。


「この私が行きましょう。一人で十分です」


 その女は、皆の前で膝をついて、自信満々に告げた。

 大臣や軍の上層部たちは大きく手を叩いた。


「おお! そうだ、この国にはまだそなたがおった!」

「貴公ならば確かに十分であろう!」

「そう、我らシルファンの期待の若手女騎士! 『アクメル』よ!」


 よほど信頼があるのか、誰もが慌てた態度を一変させて、大きく頷いた。

 アクメルという名で、桃色の鮮やかな長髪に、騎士装束に身を包んだ女。

 10代の姫よりも大人びた雰囲気と、成熟した容姿。

 スラリとした高身長に、白い素肌、そして何よりも、騎士装束に包まれても分かるふくらみを帯びて盛り上がった胸部。発育して肉付きの良い腿と尻。

 一方で普段から鍛え上げられて無駄なぜい肉をそぎ落とされた引き締まった体が、余計に女の胸、腿、尻の色香を際立たせた。

 

「一人……?」

「はい。ご安心ください。姫に面倒な思いなど決してさせません。奴のレベルが29……配下も一けた台~20台前半のレベル……我が敵ではありません! 一瞬で殲滅してくれましょう!」


 力強く断言する言葉には重みがあった。 


「あっそ。じゃあ、勝手にしなさい。ま、あなたのレベルは45だから心配ないと思うけど、油断して嫁入り前の体がキズモノにされても知らないわよ?」


 その重みに、不機嫌そうな姫も若干気圧された。

 だが、それでは何か癪だと思ったのか、嫌味な言葉を告げてアクメルを送り出そうとする。

 しかし、アクメルは小さく笑みを浮かべた。


「姫様はお優しい」

「はあ?」

「お優しいからこそ、御自身の命令や考えで誰かが傷つくのを極端に恐れられている」

「なっ!」

「我々の命などは駒だと思ってくだされば良いのです。仮にそれで死んだとしても、国と王へ捧げた命。本望です」

「ち、違うわよ。勝手なことを言うのはやめなさい、アクメル!」

「分かっております。全ては、『あの事件』が姫様をそうさせたのだと」

「黙りなさい!」

「しかし、あの事件で姫様が罪を背負うことなどないのです」


 姫は勢い良く椅子を倒して立ち上がり、アクメルを睨む。

 それは、今日初めて見せる感情的な姿。会議室に居る者たちもハラハラしている。


「出過ぎたマネを。お許しください」


 アクメルは深々と頭を下げて、背を向けた。


「いつの日か、姫様の大号令を受ける日のため、私は私の出来ることをしてまいります」


 堂々とした後ろ姿に、シルファンの重鎮たちが息を呑み込んだ。

 これがこの国の将来を担う英雄候補の一人なのだと。

 誰もが期待に満ちた瞳で送り出した。

 だが、姫だけは切なそうに目を細めた。


「だから嫌なのよ……死んで本望なんて……死んだほうがいいのは、私の方なのに……そうだよね、お姉ちゃん。そう……この国を継げるのは……お姉ちゃんしかいないよ……」


 姫は天井を見上げ、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。




 そして、これがきっかけで、「異世界も大したことない」と思い始めていた英成と刹華は洗礼を受けることになる。





――あとがき――


ノクターンノベルズ版……今さらながらヤッてばかりです……雛川さん、刹華刹華刹華刹華、あとメスガキ……


https://novel18.syosetu.com/n9463hk/


是非に遊びにいらしてね。上品な方だけ。坊やはダメよ?

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