第22話 異常な二人

「ひィ、い、いや……な、なんなんですか、あなたたちは!」

 

 突然のカタギとは思えない連中の来訪に、レミとファソラ姉妹は怯えたように震える。


「どいてろ。犯して娼館に売り飛ばすぞ?」

「ッッ!?」


 ザッコーダと名乗った男は、口ひげを生やし、体格もほかの連中よりもはるかに大きい。

 手拭いの下から長髪の黒髪が伸び、顔中に火傷や刀傷がおびただしく刻まれている。

 歴戦の証がにじみ出ている。英成もザッコーダをただものではないとすぐに理解した。

 しかし、カミラは不敵に笑った。


「あら、二階の最強がお出ましね……レベル29……3階まであと一歩ね」


 少し置いてきぼりを食らった英成は、カミラに耳打ちして聞く。


「おい、階段って一から十まであるから、こいつらって下から二番目の階か?」

「そうよ」

「ああん? じゃあ、こいつらは二階なんてザコのクセにイキがってんのか?」

「そうそう! 強いんだか弱いんだか分からない、半端な肩書よねー」


 英成のあきれたような言葉に腹を抱えて笑うカミラ。

 当然、ザッコーダたちの眉は吊り上った。


「くっくっく、威勢のいいお兄ちゃんもいるな」

「あん? なんだよ? 大物ぶるなよ。量産型ザコだ一味」

「あっはっはっは! あんたおもしろいこと言うわね!」

「英成くん、初対面の方に失礼です。オルタの教育にも悪いですよ?」

「おとーさん、おぎょーぎわるいの? おかあさんに怒られるよ~」


 そして、ザッコーダや周囲の配下たちは圧を込めた睨みを英成に向けるが、英成は一切揺るがない。

 それはカミラも刹華も同じである。


「貴様らぁあ!」


 その態度にザッコーダは怒りの拳を振り上げて、丸いテーブルを拳で叩き割った。


「あッ! オルタのごはん!」

「ひィ、い、いやぁ!」

「や、やめてください! ぼ、暴力は……人を呼びますよ!」


 レミとファソラの悲鳴が響き渡った。


「あ、あわわ、た、大変だ……だ、誰か連れてこないと……ファソラが」

「く、ぼ、僕が、レミさんを守……そ、そうだ、王国騎士団を呼べば……」


 宿屋の外にいた男たちや、通行人たちも怯えたように後ずさりする。


「諸君……俺が誰だか分かって……」

「あんたが私を誰だと思ってんの!」


 ガンつけて凄もうとしたザッコーダだが、カミラの右拳がザッコーダを殴り飛ばした。


「お、おお……やりやがった」


 いきなり拳を出したカミラに、目を丸くする英成に、慌てふためく手下たち。


「いずれ『最上階』に駆け上がる私の前で、子供相手にイキッてんじゃないわよ」

「カカカ、野蛮な女だ。俺がケンカで出遅れたのは初めてだ」

「手が早いのは英成くんと同じですね。オルタ、真似したらダメですよ?」

「カミラつよーい!」


 この時のカミラの表情は、輝いていた。



「き、貴様ァ、言うに事欠いて最上階だと……?」


「ええ、そうよ! 私は世界の全ての組織をぶち抜いて、いずれはこの世界と時代の頂点、テッペンに立つ! 私は、最上階に行く女よ!」



 それは、街の不良の頂点を目指すという歪んだ目標で荒ぶっていた英成と違い、夢やら希望やら野望だらに燃えて突き進む眩しさ。


「へぇ、よく分からんが……この女……なかなかイカしてんじゃねぇか」


 思わずそう呟いた英成だった。

 もっともその隣で……


「エイセイクン……マサカ……ガチ恋デスカ?」

「……カカカ、ちげーって。お前との『約束』を簡単に破る気はねえから安心しろ」

「エエ、ソウデス……ホンメイノ女ヲ他ニ作ラナイ……ソレガ、私ガアナタノセフレニナッテ、他ノ女性ヲ抱クコトモ黙認スル条件デスカラネ」

「……わーってるよ」

「だったら良いのです。ふふふふ、それにしてもあなたのおっしゃる通り、カミラさんはカッコいいですね。まさに、女主人公……勇者というよりは、自由に生きる女冒険者といったところですかね? ……って、そうではなくて宿の皆さんに迷惑ですよ! 暴力はやめましょう! カミラさんも落ち着いてください!」


 一瞬だけ……ほんの一瞬だけ刹華が闇の孕んだ歪んだ瞳で英成に耳打ちしたのだが、それを英成以外の誰も気づかず、そしていつもの刹華に戻る。


「さあて、かわいいオルタのゴハンを台無しにしてくれたこと。せっかく私が森に行ったのに留守だったこと。全部まとめてあんたらのタマ潰してチャラにしてもらおうかしら?」


 黒棒をクルクル回し、デンガロンハットを被りなおしたカミラは、威勢よく前へ出る。


「まぁ、半端とはいえ……レベル20台後半になると周囲に迷惑掛かるから……」

「この……ひよっこが!」

「場所変えようか! ソーーーレっ!」

「ぬおっ!??」


 ザッコーダの怒号とともに、カミラに襲い掛かろうとする。

 だが、その寸前でカミラは棒を振り回し、ザッコーダを風ではるか上空まで飛ばす。


「お、おお、すげ」

「おお、風の魔法ですね!」

「な、ぼ、ボスッ!」

「お、女、てめえ!」


 遥か先まで飛ばされるザッコーダ。カミラはニヤリと笑みを浮かべて、そのままその方向へ向けて走りだす。


「エイセイ! セツカ! 私はあいつと遊んでくるから、その雑魚たちの相手してあげて!」

「は、はぁ?」

「手を出した女の子の家は、男ならちゃんと守ってやんなさいよぉ!」


 そんな言葉を残し、カミラはまさに風になって一気に見えなくなる速度で目の前から消えた。


「あーあ、行っちまったよ……」

「……ですね……」

「おとーさん、カミラ行っちゃった……」


 あとに残された英成たち。そして、ポカンとしたザッコーダの部下たち。

 だが、ザッコーダの部下たちはすぐに笑みを浮かべた。


「へ、へへ、よく分かんねーけど……怖い怖いカミラは行っちまったな」

「ああ。じゃあ、テメエらは俺らが相手……ってことだな」

「昨日はちょいと油断しちまったが、テメエらのレベルはもう分かってんだ」

「もう昨日みてーなことはさせねえ!」

「おおよ! それに、ウマそうな女がいるなぁ!」

「ああ。黒髪の女もそうだが、あの宿屋の姉妹も……」

「よっし、さっさとこのガキ潰して、この三人をヤッちまおうぜ!」


 ゲスな笑みを浮かべ、その矛先を刹華やレミとファソラにも向けるザッコーダの部下たち。



「おら、兄ちゃん。覚悟しな。それともビビッてワビでも入れるかぁ?」


「……あ゛? 俺がビビるだと?」


「ビビッて頭下げて、俺らが仲間の黒髪女を犯しているところを見せてやろうかぁ? おい、お前ら、後ろの女たちも捕まえとけ!」


「ひっ、い、いやだ、ヤダぁあ!」


「や、ためてください、い、妹だけには!」


「げへへへ、いいねぇ! この姉妹、前からヤッ――――」



 だが、それは全てが無謀なことであった。


「うるああああああ!」

「べぶぅ!?」

「誰がビビるだ? 誰の女を犯すっつったゴラァ!」


 レミとファソラに触れようとした男の顔面をワンパンでグシャリと潰した。


「な、こんのガキ―――」

「俺の女に汚ぇ手で触ろうとするんじゃねぇよ! オ゛オ゛オ゛!」


 その隣に居た男の顔面も頭突きで潰す。

 背後にいた男も後ろ回し蹴りで潰す。


「お、お兄さん……」

「あ……エイセイくん……」

「おおぉ! おとーさんもつよい!」

「ふ……ヤレヤレですね」


 ベッドで見せていたいやらしい男の笑みではなく……


「ちょうどいいい! 女抱いてスッキリした俺を、もっとヌイてくれるかぁ! 上等だゴラぁ!」


 血走った狂犬のように英成は……


「カカカカカカカカカッッ!!」

「このガ……う、お、な、なんだこいつは!?」


 自分の街で暴れていた時同様に……いや、今はそれ以上に暴れた。


「やれやれ……そもそも私が黙って犯されるはずがないでしょうに……でも……ふふふ、嗚呼……久々に見ましたね、英成くんのあの感じ」

「セ、セツカさん……お、お兄さん、あ、あんな……」

「おっと、私も黙って観戦しているわけにはいきませんね。そもそも犯される云々は私の話のようですし……レミさん、オルタをお願いします」

「え、あ、あの、セツカさん!」


 そして、そんな英成を見て、刹華もまた歪んだ笑みを浮かべる。


「く、くそ、な、なんだこいつ!」

「レベル10台だったんじゃ……ツエーッ!」

「ぐぐぐ……おい! 女共を人質に取れぇ!」


 一瞬で十人以上を一人で蹴散らしていく英成に、集まったザッコーダの部下たちは顔を青ざめさせ、予想外の事態に自分たちでは手に負えないと判断。

 作戦を変え、刹華たちを……


「必殺、旋風華!」

「……え? ふごっ!?」

「正当防衛ですからね?」


 刹華たちに向かった一人の男が、刹華に乱暴に触れようとした瞬間、風車のように縦にクルクルと回転してそのまま地面に叩きつけられた。


「な、なんだ? 何をやったんだ、この女!?」

「魔法か、くそ、ふざけやっ、がッッ!?」


 そして、二人目、三人目と刹華に向かっていこうとするが、


「必殺、頭蓋破砕!」


 刹華はその相手の突進をいなして男の顔面を地面に叩きつけ……


「んな、こ、このおん―――」

「えっと、え~、ひ、必殺! だ、脱臼地獄!」

「え……ぐぎゃああああ、か、肩がァあああ、ぐ、ああああ!」

「あ、今の無しです! うぅ、私としたことがせっかくのファンタジー世界なのに、どうしてもっと真剣に必殺技名を考えていなかったのです!」


 さらに続いて襲ってくる男の腕をいなしながら、可動域の限界を超えるまで引っ張り、男の肩を一瞬の攻防で脱臼させた。


「な、え……」

「う、うそ……」

「わーい、セツカママもつおーい!」


 一瞬で二人の男の意識を刈り取り、一人の男は激痛で地べたをのたうち回っている。


「ふふふふ、それにしても自分のレベルがアップして動きがキレるからでしょうか? これまで未熟な私は練習やお約束の中でしかできなかった合気や柔術を実戦の中でできてしまいました……」


 そんな男たちを見下ろしながら、刹華は……


「そういえば、昨日の森で暴れた時から、私もレベルが20に上がっていたのですよね……今後の冒険に備えて、色々と試させてもらいましょうか」


 笑っていた。その笑みに、ザッコーダの部下たちもレミとファソラも心底寒気がした。



「カカカカ、甘く見過ぎだぜ、お前ら。俺の女の中でも特別なんだよ、こいつは……特別ってことは普通じゃないってことなんだよ」


「んもう、英成くんはそうやって私を異常者か何かと勘違いしていませんか? 異常なのはあなたの方ですよ?」


「いーや、お前はサイコーだ。既に今朝から何発もヤッてるが、終わったら姉妹入れてマジで4Pするぞ。いや、カミラも交えて5P! カカカカ! 考えただけで滾ってきたァ! カカカ、醜くウザってえクソどもを心行くまで潰して、熱く滾った体でヤリまくるとまたサイコーなんだよ!」


「ちょ、私はハレンチなパーティーエッチはあまり好きではないのですが……まったく、あなたはそればかりですね……」



 刹華が異常とか、英成が異常とか、もはや二人とも異常であった。

 その姿に、三十人はいたはずのザッコーダの部下たちは全員戦意喪失して青ざめている。

 しかし二人は、容赦なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る