第21話 空気を変える

「……刹華……俺よりもむしろお前は本当にそれでいいのかよ。いくらオタクの夢が叶ったからって」

「はい?」

「お前こそ、俺と違って……向こうの世界に色んなものがあるだろうが……」


 カミラが言うように、英成には向こうの世界に帰らなければならない理由があるわけでもない。

 しかし、刹華は違う。


「俺とセフレみたいな関係になったことで、だいぶ人生設計をズタズタにしちまったのに、そんな俺が言うのも変だけどよ……お前ぐらいになると大騒ぎだろ? ……ってか、むしろ俺が攫って連れまわしているとかってことで、警察が動いているような気も……」


 由緒正しい家柄に生まれて両親からも期待され、友人も多く、慕う者もの多い。

 学年トップの成績で生徒会長で部活や学外の行事も含めて他者との繋がりややることも多く、そして何よりもその将来を多くの者から期待されている。

 だからこそ、そんな刹華が行方不明などという事態は、自分と違って周りが放っておかないし、それこそ大騒ぎに――――


「あら、心配してくれるのですね。最低なヤリチン男が今更遅いですけどね」

「刹……っ……」


 そのとき、刹華は笑顔を見せた。

 それは、これまで英成と過ごしている中で楽しそうにしたり、この異世界ではしゃいだりしている時に見せるどの笑顔とも違う。

 どこか大人びて達観したようなもので、思わず英成も狼狽えてしまった。


「たかがセフレの家庭環境に心配無用ですよ。あなたは私のことをそういった家のことや肩書を気にせずにお付き合いしてくださるから私も心を許せるのですから、今更そういう冷めてしまうようなことを二度と言わないでほしいものです」


 そのどこか重たい笑顔に、カミラもタダならぬ空気を感じた様子。

 刹華には刹華で、色々と人には言わない複雑なものがあるということを二人は察した。



「ま、まぁ、そうだな。くだらねーことは気にしないで、とりあえず帰れるまでの間、異世界女とヤリまくるか」


「も、もう、あなたはすぐそれです! ……いえ、レベルアップするという観点からアリなのかもしれませんが……」


「ったく、あんたたちは~、ほんとおかしな奴らね!」



 とりあえず、その重い空気を変えたくて英成は無理やり話題を変え、刹華も元の表情を見せ、カミラもそれを見て笑った。

 すると……

 

「あ……いた! ファソラ! おはよう!」


 先ほどからずっと庭の外から宿を除いていた男の子が嬉しそうに声を上げて手を振る。


「え……あ……『ソーチンくん』、お、おはよ……どうしたの?」


 その先には、ちょっと「ぎこちない歩き方」をしながらも、重そうな小麦粉袋を「一人で」運んでいるファソラがいた。


「あのさ、いつも仕事ばかりで忙しいかもだけど、今度一緒にお芝居……あれ? ファ、ファソラ……お、お前、何でそんな重そうな小麦粉の袋を一人で持てるんだよ……」

「え、あの、こ、これは……」

「そ、それに、なんだろう……なんか……急に大人っぽくなったような……」


 まだ甘酸っぱい恋愛がお似合いな年ごろだというのに……


「お待たせしました、エイセイくん……朝食を……」

「あっ! レミさん! おはよーございまーーーす、僕です!」


 と、そこで更に英成の朝食を遅れて持ってきたレミ。

 ファソラ同様歩き方が少し「ぎこちない」のだが、そんなレミの姿を見て、もう一人いた男が声を上げて手を振った。


「え、あ、えっと……あ……『カムリさん』、お、おはよう……」

「ちょうどよかった! 君に話が……今度僕と一緒にデートしてくれませんか? 大切な話があるんです!」

「ッ、あ……えっと……」

「忙しいかもしれないけど、どうしても……ん? レミさん? ね、熱でもあるんですか? ちょっと……なんか……色っぽ……じゃなくて……あ、あれ?」


 そしてこれまで年頃でありながらも純朴で可憐だった乙女も……二人とも、二人を想う者たちの知らないところで、女になっていた。

 そのことを知らない哀れな少年と男。

 そして、そんな二人を目の前で見せられ、英成はムカッと同時にニヤリと笑みを浮かべ……


「ん? なんだぁ~、人の女にデートの誘いなんて……な~? ファソラ」

「え、も、もうお兄さん、シー!」

「かかか、重いものも一人で持てるようになって良かったな」

「う、うん……お兄さんのおかげ……」

「ご褒美にキスしてやるよ」

「ふぇ?! あ、ちょっ、おにいさ……んっ……ん~♡ ぷはっ、も、も~お兄さんったらぁ!」

「この、かわいい胸も俺のものだもんな~?」

「あ、ちょっ、も、もう、ん……お兄さんのえっち~♪」


 見せつけるように、ファソラを抱き寄せ、その唇にキスをし、背中から腕を回して胸を揉む。

 

「ッッッ!!!!????」


 少年は目の前の出来事に衝撃を受けて口を開けて固まってしまった。

 少年からすれば、何が起こったか分からなくて当然。

 幼いころからほのかな想いを寄せていた近所の気になる女の子が、初めて見た見知らぬ男に馴れ馴れしく抱き寄せられ、しかもありえないことに目の前でキスをした。

 それどころか……


「で、あのガキは誰?」

「ぇ……うん、『ソーチンくん』っていって、近所に住んでる八百屋さんの……うちもいつも買ってて、ちいさいころ一緒に遊んだり……」

「ふ~ん。まっ、どうでもいいや」

「もう、お兄さんったら、何なのぉ~。いきなりまたキスして……でも、舌は入れなかったね♪ 入れても良かったのに~」

「おっ、マセガキめぇ~じゃあ今度はファソラからしてくれるか?」

「え~、どうしよっかなぁ~。それに……私はもう子供じゃないも~ん!」


 キスをされて嫌がるどころか、むしろ嬉しそうに、そしてどこかいやらしい表情で男とベタベタする。 


「ふぁ、ファソラ! だ、誰だよぉ! そいつ、誰だよぉ!」

「んちゅぶ、んちゅ~~~、ぷはっ、ど、どう? お兄さん……さっき教えてもらった舌ペロペロ……上手にできたかなぁ?」


 糸引いた唾液を口元に垂らして微笑むファソラ。

 少年は、ファソラのそんな表情を未だかつて見たことなかった。

 

「ファソラ! それにエイセイくんも人前だよぉ! 恥ずかしいからひゃうん!?」

「ん? どうした? レミ姉さん♪」

「こ、こらぁ、エイセイくん、お、お尻触んないでよぉ~もう……そ、それとも、また……エッチしたくなっちゃった?」

「かかか……レミ姉さんにメシを食わせてほしいなぁ~」

「も、もう、甘えんぼさん……」 


 そんな妹と英成を止めようと顔を赤らめるレミだが、レミもまたファソラ同様に、艶のある表情を見せ、心底嫌そうな態度に見えなかった。


「れ、レミさん!? ななな、なん、なんだ、そ、その男はぁ!」

「あ、か、彼はね……あん♥」

「レミさん!? こ、この野郎! お、お前、レミさんに何をしたぁ!」


 レミを想う男もまた、目の前の事態に目を大きく見開いて震えている。

 そんな見せつけるようにしながら、英成は機嫌よく笑った。


「へへ、メシ食って体力回復したら、刹華……今度は三人でヤルか? カミラもどうする?」

「ちょっ、英成くん! その前に早く街の探索に行きましょう! エッチならいつでもできますからぁ!」

「ってか、あんたたちオルタの前で何言ってんのよ!?」


 刹華が出した重苦しい雰囲気を完全に恐し、気分が楽になった英成。

 だが、そんな時だった。


「もー! お姉ちゃんたち、おとーさんとチュッチュしてるー!」


 膝の上のオルタが声を出して反応。

 そう、幼い子供の前でやるにはあまりにも不謹慎すぎるものであった。


「あ、ご、ごめんなさい、そ、そうよね。私ったらつい……」

「う~、ごめんね……私も……」


 オルタに言われてハッとして恥ずかしそうに衣服の乱れや口元の涎を拭くレミとファソラ。

 するとオルタは……



「ふふ~ん、見ちゃったもん! えっと、……お名前……こっちレミお姉ちゃん? こっちファソラお姉ちゃん?」


「え、う、うん……」

 

「よーし、ちちんぷいぷい! ぶっく!」


「「「ッッ!!??」」」

 


 唐突に英成の膝の上で魔法を発動。

 次の瞬間、オルタの手には羽の形をした筆記用具と、小さな本が一つ現れた。


「これは……オルタ、あんたそんな魔法も……」

「あら、何でしょう?」

「?」


 本を開くがそこには何も書かれていない白紙。

 そこに、オルタは筆を走らせ……



「んっしょ、おとーさんのチュッチュ、レミお姉さん、ファソラお姉ちゃん……ん!」


「「「「「ッ!?」」」」」



 そこにレミとファソラの名を書いて閉じて、再び本を目の前から消した。

 何のことか分からず一同が固まると、オルタは「にた~」っと笑って……



「おかーさんからの宿題! おとーさんといっぱい遊んでいいけど、セツカママ以外でおとーさんとチュッチュしている女の人がいたら教えなさいって言われたの!」


「……え?」



 それはまさに、子供を使った監視のようなもの。

 その「してやったり」な子供の笑みに一同が戸惑っている中で……



「騒がしいところ、失礼する」



 これまた唐突に、宿へと続く庭の門を乱暴にけ破り、頭に手拭いをまいた男たちが現れた。


「え、あ、えっと、なに? あ、い、いらっしゃいませ?」

「あの、お泊りでしょうか……」


 いきなりの団体に慌てて身だしなみを整えて英成から離れて接客に映るレミとファソラ。

 だが、男たちは明らかに泊りに来た客という雰囲気ではない。

 それどころか……


「……英成くん、あの人たち……」

「ああ、昨日の……」


 森の中で英成と刹華とカミラが倒した連中だった。

 そして、初めて見る先頭の、いかにも頭と思われる只ならぬ雰囲気を出した男が……



「青い風のカミラはいるか?」



 と尋ねた。


「あら? カミラは私よ」

「ほう、なかなかイイ女じゃないか」

「今さら言われなくても分かってるって」

「度胸もあるようだ」


 どう見ても堅気とは言い難い連中がゾロゾロと現れたというのに、カミラはケラケラと笑っている。その態度に先頭の男が笑った。



「ザッコーダだ。昨日は俺の留守中に縄張りを荒らしてくれたようだな」


 

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