第20話 帰る理由

「そーいやお前、自分の事を階段組織って言ってたな。なら、仲間がいんのか?」

 

 ヤルことヤッて大幅にレベルアップした英成が朝食の席に座る。

 懐いてくるオルタをあやしながらカミラに尋ねた。

 その問いに、呆然としていたカミラもハッとして苦笑した。


「んーん。残念ながら、今はまだ仲間を募集中ってとこね」

「いねーのかよ。それで何が組織だ!」

「ふーんだ。これから集めて作るんだもん。最強組織をね。だからいーの!」


 少しムッとしながらそう答えるカミラの姿に、英成は階段組織というものを不良でいうところのチームや暴走族のようなものを思い浮かべて笑った。


「そうかい。最強の組織ねぇ……最強かぁ……」

「ん? なになに! エイセイ、興味あるの?」

「少しな」


 英成の反応にどこか嬉しそうなカミラ。



「俺らの世界の俺らの世代には、あんまりそういう最強だの目指すチームはもう絶滅危惧種みてーな扱いだったからな……だから俺も、どこにも属さずに単独で最強だの目指してたからな……チームで最強目指すのは逆に新鮮だな」


「へぇ~、最強! いいじゃん! あんた、ただのスケベヤローじゃなかったんだ!」


「カカカ! まぁ、ムカつく奴全員ぶちのめして最強になってテッペンに立ち、そしてイイ女とヤリまくって……自分の価値観と欲望に従って好きなように生きる……それが俺の生きがい『だった』からな」


「ッ!」



 英成はあえて過去形「だった」と口にした。その言葉の意味を刹華だけは分かった。

 だが、そのことを分からないカミラは、ただ嬉しそうにニンマリしながら立ち上がった。


「そう、それよそれ! 私も同じよ!」

「……へっ?」

「私にとっては、階数こそが大きな価値観であり、私の生きがいなのよ」


 ポカンとしながら間近で熱く語り始めるカミラ。

 その瞳は、熱くギラギラに眩しかった。


「いつか、最強の仲間たちと共にこの世を駆け抜けて、時代と世界の頂点まで上り詰めてやるの! 魔王軍団ですら見ることのできなかった、十階をも超えた唯一無二の頂点、『最上階』の景色を見てやる! それが私の野望と生きた証よ!」


 大口だ。しかし、どこかハッタリにも見えない。

 そのどこか壮大さを感じさせる女に、英成はとうとう笑みが抑えきれなかった。



「おいおい、テメェ……」


――この女、なかなかイカしてるじゃねえか。



 英成がそう口にしようとした、その時だった。 


「ごーはーん!」

「ふごっ! ってーなァ! オルタァ!」


 飛びついてきたのはオルタ。

 胸を張りながら、いつの間にかテーブルに乗せられた料理の山を見せつけてきた。


「おとーさん、ごはんのときに話をするのはお行儀悪いからまず食べてから。食べる。はい、あーん」

「あ~もう……ほれ、あ~ん」

「あっはっは、かーわいー。子供にはちょっと難しい話だったもんね」


 最初は英成が怒鳴ったり拒絶したりすると泣いたくせに、オルタはもう慣れた様子。

 むしろ、いつの間にか英成の膝の上に座って、機嫌良さそうに鼻歌を歌っている。

 そんな英成の肩に手を置いて、カミラはキラキラと目を輝かせた笑みで頷く。


「うん、もう認知しなさい」

「だから違うつってんだろうが! こんなガキは知らねーよ!」。

「オルタはおとーさんのこと好き?」

「うん!」

「どれぐらい?」

「えっと……、こーんなに好き」

「じゃぁ、セツカママのことは?」

「セツカママも大好き! セツカママと~っても優しいしキレーなんだもん!」


 両腕をめいっぱい広げて万歳するオルタに、感極まりながらカミラは頭を撫でた。

 便乗して刹華も涙ながらに頷いた。


「イイ子ね。どうしたらこんなお父さんからこんなお利口さんが生まれたのかしらね」

「やはり、母親の教育が良いのでしょう……私の実の娘でないのが悔やまれます……」


 だから違う。そう叫んでもまた堂々巡り。

 そんなやりとりばかりで、英成が結局疲れて折れたのだった。


「そういえば、カミラさん。階段組織の話に夢中で忘れていましたが、結局その魔王軍団という組織が持っていた、フォリスとは何なのでしょう? 何故オルタが持っているのですか?」


 オルタを見て思い出した刹華。その話を聞いていなかった英成は首を傾げる。

 食べ物を口に頬ばりながら、カミラは答えた。


「私も良く知らないんだけどね、なんでも世界と世界を繋ぐドアみたいなものだって」

「世界と世界?」 

「当時、魔王はそれで、この世には居ない強力な悪魔や魔獣たちを呼び出してたみたいよ」


 その言葉に英成と刹華は「ほ~」と反応。。


「ほー……確かに、そりゃー、魔王だな」

「この世にいない悪魔と魔獣……まさに魔界からといったところですかね? そして、他の世界を繋げるのなら、私たちの世界にも……なるほど、私には大体カラクリが読めてきました……あとはオルタ来たのは並行世界なのか、時間軸の違う世界なのかですが……」

「お、おい、すまん。そこまでいくと俺も分からんが……」

「ええ。もう少し整理出来たらお話しします。で、カミラさん。続きをお願いします」


 英成と違い、今の話だけで色々とまた理解が深まった様子の刹華は真剣にブツブツ呟きながら考え、その上で更にカミラの話の続きを聞く。

 


「うん。それでね、『十階・勇者一味組織』との戦いで追い詰められた魔王は、敗北の直前に自分の力の全てを与えた息子を、フォリスでどこかの世界に逃がしたって話もあるわ」


「え?! 勇者一味も階段組織なのですか!? そして……魔王の息子を逃がした! こ、これは、また話が一気に変わってきます! まさか……まさか……」


「お、落ち着け刹華。しかし、とうとう勇者まで出てきたか。さらに魔王の息子っておい。まあ……その話が本当だとして、何でそんなことをお前が知ってんだよ」


「だって、今から一年前にその行方不明になったっていう息子が現れて、堂々と『真魔王軍団』を結成させたんだもん。今世界中が大騒ぎよ」


「キ―――――――」


「な、なに? また訳の分からんことが……」


「でも、それが本当だとしたらどうしてオルタがフォリスを持ってるのかしらね?」



 一頻りの話が終えた瞬間、英成は椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げた。

 そして、同時にカミラの話を聞いた途端、ブツブツ呟いていた刹華が急に押し黙り、だがその数秒後に再び瞳をキラキラ輝かせて……



「魔王二代目設定がキマシタぁぁぁぁ!!!!!」


「「うおっ!?」」


「わっ、セツカママ?」


 

 最初、魔王が既に滅んだことを聞いた瞬間、ガックリと項垂れていた刹華だが、魔王には息子がいて、その息子が新たに名乗りを上げたと聞いた瞬間に、涙を流しながら両手を天に掲げてジャンプした。

 その奇行に、外から宿屋の姉妹の様子を伺おうとしていた男たちもビックリした様子で、少々引いた表情をしている。

 が、刹華は構うことなくハシャイだ。



「英成くん、私は全てを理解しました! そして、オルタが私たちの目の前に現れた理由! 私たちがこの異世界に来た理由! 全ては……全ては私たちが二代目魔王を倒し、この世を救うためなのです!」


「……何で魔王を勇者が倒したのに、二代目を俺たち異世界の人間が倒すんだよ……」


「…………ぇ?」

 

 

 と、だがそこで核心を突くような冷静なツッコミを英成から入れられてビクンと固まる刹華。

 しかし刹華は数秒黙っただけで、すぐ切り替えて……


「……というわけで、オルタのお母さんを探しつつ、恐らくその旅の途中で私たちは魔王たちと戦って世界を―――」

「いやいや、もうポンコツ出てるからやめろ。つーか、マジで俺ら関係ねーじゃねぇかよ」


 刹華と違い、英成はこの異世界でそのようなことをしようとはまったく思ってもいなかった。

 英成が考えたのは純粋に……



「何がどうなって俺らがこんな訳の分からないことに巻き込まれたかは不明だが、とにかく普通に元の世界に帰る方が先決だろ」


「ふぐっ!? で、でも、英成くん、せっかくの異世界なのですよ! 全オタク願望のファンタジー世界ですよ!? そ、そう、あなたはケモミミ娘とかエルフの美人とかとエッチだってできるかもしれないのですよ! 来て早々帰りたいだの、帰る方が先決なんて、デートで遊園地に来て早々に帰りたいって言っているようなものですよ!?」


「い、いや、ケモミミとって……それ普通に獣姦……な、ないない。オレ、そこまでヤバくねぇから。エルフってのはまぁ、よく分からねえけど」



 聞いたこともない単語ばかりで、もう頭に入らない。

 刹華と違い、英成の今の思いは、とにかくそれら全部どうでも良いから、さっさとこの世界から帰りたいという気持ちでいっぱいだった。


「なによー、セツカの言う通りすぐ帰ることないじゃ~ん。この際だから楽しんだら?」


 下から覗きこむように見てくるカミラ。


「おとーさん、オルタもおかーさんのとこに一緒に帰りたい」


 あくまで「帰る」という意味を家に帰ると捉えているオルタ。


「だから……あー、もうどうでもいいや。めんどくせー」


 さすがにうんざりで、英成は舌打ちだけしてソッポ向いた。


「なによー。いいじゃない。大体、そんなに帰りたがってるけど、理由でもあるの?」

「帰る……理由?」

「うん。家族が心配してるとか、友達に会いたいとか、恋人は……セツカが……って恋人じゃないんだっけ? あ~もうよく分かんないわね」


 カミラの何気ない言葉だったが、それは英成にとっては目を見開かせるものだった。

 そう、どうして自分は帰りたいのか。

 家族には勘当されている。

 恋人どころか遊人も居ないし、その全てを拒絶して生きてきた。

 セフレはいるが別にそこまで思い入れのある関係でもない。

 唯一特別な刹華も今は傍にいる。

 そして何よりも、例え元の世界に帰っても、生きがいであった四王者も居ない。


「俺は……」


 今になってようやく気づいた。

 故郷の世界には、帰りを待つ者や会いたい者どころか、生きがいもないのだ。


「……あり? なんかまずいこと聞いちった?」


 心配そうに見てくるカミラ。

 あれほど騒がしかった席も沈黙に包まれたのだった。

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