第24話 ダサい

 世界にありふれた弱者への暴力。

 それが今まに、この街で行われていた。


「かはっ、ヨエー。弱すぎるぞ、しょぼくれ盗賊! ガキだとか女だとかで甘くみてんじゃねえよぉ!」

「も、もう勘弁してくれ! 俺たちが悪かったって!」


 その男こそ、英成。

 宿屋の庭に集まったザッコーダの配下たちは全滅し、一人残らず地にひれ伏している。

 もはや戦意も失った相手に対し、英成は足で踏みつけて徹底的に痛めつけた。


「エイセイくん、彼らはもう抵抗する力もないよ……」

「そ、そうだよ、お兄さん。もう、騎士団に引き渡せば……」


 最初は英成と刹華の力に興奮していたレミとファソラだったが、愉快そうに笑いながら暴力を振るう英成の姿に怯えていた。


「下がりましょう……オルタ、そしてあなたたちも。今の彼には届きませんし……不良の喧嘩としての度を越えるような、『取り返しのつかない』ところまでは彼もしないですから」


 そんな英成を刹華は止めようとしない。


「カカカ、こいつらが雑魚で抵抗する力が残っていないことは分かってる。だからこそもっと徹底的にやるんだよ」


 そして、英成も止まろうとしない。


「折れた心が治ってまた逆恨みされるのも面倒……拭い切れないほどの恐怖を叩きこんでこそ、こういう馬鹿どもには意味があるんだよ!」


 踏みつけ、蹴り、倒れている男たちの髪を掴んで持ち上げて地面に叩きつけて恫喝する。


「ぐう、ガキが……こんなことしてただで……」

「知らねえよ。まあ、既にただで済んでないのはお前らだけどな」


 ケタケタと容赦ない笑みを浮かべ、英成は言う。


「仲間に伝えろ。今日からテメエら雑魚どもは道の端っこ歩くか、下向いて歩けってな」

「バカが、テメエみたいなガキに何が出来……ぎゃあああ!」

「俺に何が出来る? 何言ってやがる。何でも出来るさ。何故なら―――」


 英成はそのまま残党の頭を握り締めて潰そうとした。

 それにためらいはなかった。

 だが、その時だった。


「おとーさん、怖いのはダメ! おじさんたち泣いてるよ~」

「……あ゛?」


 いつの間にか、幼いオルタが英成の傍まで駆け寄り、ポンポンと体をつついて止めた。


「オルタ、ちょ、危ないですよ!」


 オルタが無防備に英成に駆け寄って、しかも止める。

 これには英成も子供相手とはいえ少しイラっとした表情。


「ヲイ……いま、暴れて気が立ってんだ……あんま不用意に俺に近づくんじゃ――――」

「おとーさんは、サイキョーなんだから、弱い者いじめダメ! そういうの、ダサいっておかーさんも言ってたよ?」

「……ぬっ……」


 弱い者いじめはダサい。

 オルタのその言葉に、思わず英成はピクリと手が止まった。

 オルタの言う「おとーさん」も「おかーさん」も英成にとっては人違いなはずなのだが、それでもどういうわけか英成はその言葉を無視できなかった。


「おやおや……」


 刹華も一瞬呆けてしまったものの、「弱い者いじめ」、「ダサい」というオルタの言葉に感じるものがあった。

 この一年あまり、ずっと英成の傍にいた刹華は麻痺して逆に気づいていなかった。

かつての英成はそれまで、自分と対等かそれ以上の四王者に挑んで暴れるばかりの日々だった。

 しかし、その四王者がいなくなり、宿敵を失った英成は八つ当たりのように名もないその他大勢の雑魚と喧嘩して叩きのめしていた。

 だが、それも相手の戦意が無くなってしまえば、そこから先は弱い者いじめでしかない。

 オルタの言う通り、「ダサい」という言葉が当てはまると、刹華は感じた。


「俺がダサい……か……」

「そーだよ。おとーさんカッコいいからおかーさんも、セツカママもおとーさん好きで、レミお姉ちゃんもファソラお姉ちゃんもチュッチュしてくれたのに、嫌われちゃうよ?」


 一方で英成もまた、オルタの言葉を否定できずに、その言葉が核心をついていたかのように身に染みた。

 確かにそうかもしれなかった。


「……そう……俺も昔は……自分よりツエー奴らに……それこそテッペン目指してたんだよな……」


 四王者の頂点に立つ。

 そんなもの世間一的にも社会的にも何の価値もないものでしかないかもしれない。

 しかし、自分にとってはそれが何よりも欲した価値だった。


――私にとっては、階数こそが大きな価値観であり、私の生きがいなのよ


 そのとき、英成は先ほどのカミラを思い出した。


――いつか、最強の仲間たちと共にこの世を駆け抜けて、時代と世界の頂点まで上り詰めてやるの! 魔王軍団ですら見ることのできなかった、十階をも超えた唯一無二の頂点、『最上階』の景色を見てやる! それが私の野望と生きた証よ!


その瞳は、熱くギラギラに眩しかった。


「そうか……だからこそ……俺はあの女をイカしてると思ったんだ」


 かつての自分のような親近感。

 そして、そんなカミラと比べて今の自分は?

 目標が消えて、虚しく腐った日々を送るだけだった。

 それをこんな小さな子供に気づかされ……


「そうだな……俺はダセーな……カミラ……オルタ」


 英成は自嘲気味に笑った。


「おとーさん」

「……ったく、ガキのくせに核心突きやがって……」

「ふぁっぷ」

「まっ……確かに間違っちゃいねえよ」


 そして、英成はオルタの頭を英成は優しく撫でた。

 英成の言葉の意味が分からずポカンとしたオルタだったが、頭を撫でられたのは嬉しかったのか、心地よさそうに笑顔を見せて頷いた。

 その上で……


「あ~、悪かったな。怖がらせちまったな」


 英成は視線をレミとファソラ姉妹に向ける。

 そこには、目の前で、自分たちの宿屋の庭で凄惨な乱闘や暴力に恐怖している様子。

 これまで、そういったものに免疫が無かったのだろう。

英成が近づくと……


「あ……ぅ……」

「あ、あの、うっ……」


 姉妹揃って後ずさりする。完全に英成に対して怯えているようだ。


「あ~……」


 英成も「少しやりすぎたか?」と苦笑する。すると……


「っ、こ、この暴力野郎! ファソラに……ファソラに近づくんじゃねえ!」

「レミさんは僕が守るんだ!」


 そこには、先ほど泣いて発狂していた少年と男が、レミとファソラを守るように立ちはだかった。


「あん?」


 いきなり立ちはだかれて怪訝な顔をする英成。

 だが、二人は引かずに、自分の大切な二人を守ろうと……


「あ……ソーチンくん……」

「カムリさん……」


 怯える自分たちを守るために現れたのは、恋愛経験のなかった自分たちのこれまでの人生の中で、最も近しかった二人の男。


「ファソラ、さっきは驚いたけど……お前、こいつの脅されてるんだろ! も、もう大丈夫だ! 俺が守る!」

「ソーチンくん……」

「お、俺……俺、ちっちゃい頃からお前のこと……だ、だから、だから!」

「ッ!?」


 しかも、この状況下でドサクサに紛れての愛の告白。その予想外の事態に、怯えていたファソラは急に顔を真っ赤にして慌てる。


「え、ソ、ソーチンくん、な、なに言って……だ、だって、私たちオトモダチで……」

「そ、そーだけど! 俺、好きだったんだ! だから守りたいんだ!」

「ソーチンくん……」

 

 それは、少年にとっては初恋だったんだろう。

 ファソラも驚いているようで、そこまで嫌そうな表情はしていない。

 それだけソーチンはファソラと心許せる距離にいた親しい存在だったのだろう。

 さらに……


「か、彼に先を越されたが、レミさん! 僕も君をずっと想っていた!」

「……え……え、えええええ!? カムリさん!?」


 カムリもまた、ドサクサに紛れてレミに告白した。


「本当は今日、君にプロポーズするつもりだったんだ! そして、両親を説得して、僕も君と君のお母さんとレミちゃんと一緒にこの宿屋で働きたいと!」

「カムリさん……」

「さっきは驚いたけど……こんな奴に脅されて、穢されようと……僕の気持ちは変わらないぞォ!」


 カムリもソーチンも、別に腕っぷしに自信なんてまるでない。二人ともレベルは5の平均であった。

 しかしそれでも、自分の好きな女を守るために理由は……



「ったく……レミ姉さん、ファソラ」


「「ッ!?」」



 思わぬ愛の告白をされて驚き戸惑っている二人だが、そんな二人に英成は歩み寄り、


「く、来るな! ファソラに近づくな!」

「ひっ、く、くるな、くるなー! レミさんには、レミさんには~!」

「落ち着けよ……悪かったな。お前らの惚れてる女に、乱暴なことはしねーよ」


 通せんぼしているソーチンとカムリに対してそう告げた、その時だった。


「それまでだッ!」


 振り返るとそこには、正義に満ちた瞳で英成を睨む女騎士。

 その瞬間、ソーチンとカムリは目を輝かせて、現れた女に歓声を上げた。


「あ、あれは、アクメル様!」

「シルファンの新星、女騎士アクメルだ! よ、よかった……」


 現れた女騎士アクメル。その存在に、ソーチンとカムリは「助かった」と安堵の表情。

 レミとファソラも驚いた顔をしている。


「つ、ついに、ファンタジーには欠かせない、美人女騎士様キマしたーっ! って、何だか睨んでますけど……なぜ?」


 そして、その存在に刹華も嬉しそうに反応し……


「うお、こりゃまた……カカカ、極上の美人が現れなすった」


 驚きながらも、そのアクメルの美貌と色気に満ちた身体にそそられる英成。

 そして……


「あー、アクメルだー!」


 オルタもニコニコして反応。


「ん? オルタ、お前あいつを知ってんのか?」

「うん!」


 子供のオルタですら知っている。ならば相当な有名人なのだろうと、英成と刹華が思った瞬間……



「アクメルは~、おとーさんのあいじん!」


「「ッッ!?」」


「「え、ええ!?」」


「「は?」」 



 その言葉は、その場にいた英成、刹華、レミとファソラ姉妹、そしてカムリとソーチンすらもポカンとさせ、それを聞いたアクメル本人は……



「あいじ……って、ちょ、ちょっと待つのだ娘よ! わ、わた、私が、だ、誰の愛人と!? そんなわけなかろう!」


「ふぇ? アクメル~?」


「いや、そんなポカンとした顔されても、ありえんぞ! そもそも私はそんな爛れて淫逸な関係性を誰かと持つなど死んでもあり得ぬ! 騎士の誇りに懸けて!」


「アクメルどうしたの? オルタだよ? アクメル? どうして知らんぷりするの~!」


「し、知らぬぅう! どど、どうなっ……どういう教育をされているのだ、この娘は!」



 顔を真っ赤に大否定のアクメル。どうやら本当に心当たりがない様だ。

 一方でオルタは「知っている人に、他人のふりをされている」というような様子で戸惑っている表情。

 とにかく、凛々しい女騎士の登場……のはずが、急に普通のウブな女の反応を見せられ、場に漂うはずだった緊張感は失せた。


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