第5話 母を訪ねて

「それで……オルタ、オメーの母さんは誰だ?」

「おかーさんは、おかーさん」

「……な、名前は?」

「なまえ? おかーさんはおかーさんだよ?」

「……じゃあ……母さんはどんな人だ?」

「おかーさんはね、とってもとってもオルタとおとーさんのことがスキ!」

「……じゃあ、あっちの刹華は何でママなんだ?」

「ん~? セツカママもお父さんのお嫁さんだから」

「……なんで?」

「え? ……わかんない」


  質問を続けて英成は頭が痛くなった。



「お、およめさん……わ、私がFWBではなく……セフレじゃなくてお嫁さん……えへ……ではなく! 英成くん! これはどういうことです! ひょっとして、その子はあなたがこれまで無責任に肉体関係を持って孕ませた女性との子なのでは!?」


「んなわけ……んなわけ……んなわけ……」


「否定するならもっと力強く否定しなさい!」


「お、おう、そうだ。俺も四~五年前は童貞だったし、ゼッテー違う!」


「否定の仕方に首を傾げますが、確かに時間軸的にそうだと思います。しかし、どうして……し、しかも、どうして私がママでお嫁さんなのですか! 私があなたのようなハレンチ生命体のお嫁さんになるなど、せめて大学を卒業して就職してからではないのですか!」


「……お前も少し黙れ」



 何も有力な手がかりが手に入らないうえに、本来なら自分よりも遥かに頭も良い刹華もテンパって役に立たない状態。

 このどうすればよいか分からない状況に英成は改めて溜息を吐いた。

 すると、そんな英成に女子のグループが話しかけてきた。


「ね、ねえ、志鋼くん、その子……さわっていい?」

「はっ?」

「だってー、ハーフの子って、チョー可愛いもん」

「ねー。こんなに懐かれてる、志鋼くんが羨ましいもん」

「なんで俺から許可もらう?」

「だって、その子……志鋼くんの子供……」


 次の瞬間に英成は机を持ち上げ、その握力でへし折った。


「誰が! ああん? 誰が! 誰が誰の子供だって?」

「ひいいい、ごごごご、ごめんなさいいい!」


 英成は超人的な握力を持っていた。

 机、ブロック、金属バット、バイクのヘルメットまで、その握る力でへし折ってきた。だからこそ、ケンカになれば誰もが英成の手を恐れてきた。

 最近では、パフォーマンス的な脅しで誰もが黙り込んでしまうほどだ。

 しかし、今日だけはいつもと違った。


「おとーさん。ものは大事にする」


 机を二つ折りにした英成の手を、恐れるどころか平然と握って注意するオルタ。


「おかーさんおこる! メッ!」


 その瞬間、クラスの女子たちは一斉にオルタに抱きついた。


「オルタちゃん、かわいーい!」

「持って帰りたーい!」


 まるでマスコットのようにされるオルタ。

 もう、勝手にしろ。英成は心の底からそう思った。


「ねえ、オルタちゃん、おかし食べる?」

「えっ? うーん……い、いらない」

「ええ? どうして? いっぱいあげるよ?」

「う……うう……でも、いら……いらない」

「もー、我慢しないの」

「おかーさんが言ったの。知らない人からタダで何かをもらっちゃいけませんって」

「もう、オルタちゃん、いい子!」

「お父さんと違って、何て純粋な子なの!」

「お、おいコラ。そこの女ども……今ドサクサに紛れて……」


 オルタは唇を尖らせて、少し悲しそうに俯いている。

 だが、そのオルタの言葉に、女子たちはフルフルと震えて、余計にオルタに抱きついた。


「たしかに、英成くんの子供とは思えませんね……きっと母親の教育が良いのかと……え? やはり私の記憶が無いだけで、私が産んだのでしょうか!? それとも、並行世界の私の子供という可能性は?!」

「刹華ももう黙れ。段々隠してたポンコツオタクぶりがバレてきてるぞ?」


 そして、刹華ももはや役に立たない状態だった。


「それにしても、オルタちゃんはお利口だねー。きっと、お母さんが立派なのね」

「確かに私に子供が産まれたら、こう育ったらな~と思いますし……ひょっとしてタイムスリップで未来から来た私の子供なのではないでしょうか!?」

「……えっと、刹華ちゃん?」


 母親を褒められたのがうれしかったのか、オルタはうれしそうに頷いた。


「えへへ! うん! おかーさんは、すごいの!」


 まるで自分の事のように、オルタは胸を張る。


「おかーさんはね、すっごいえらくてね、みんなのまえではすっごいかっこいいの!」

「かっこいい?」

「志鋼くんの彼女って、かっこいい女の人?」


 英成は英成で、興味ないそぶりをしながら、ちゃっかり耳を大きくしていた。


「おかーさん、ちょびっとだけこわいときもあるけど、オルタとおとーさんしかいないと、とっても優しくなるの。いっつもニコニコしてるの。それでね、オルタはおかーさんと一緒におとーさんにスキスキしてもらうの」

「じゃあ、おとーさんはどんな人?」

「えーっと、やんちゃでらんぼーで、ひねくれてる」


 人違いには思えなかった。そっくり……クラス中が一斉に頷いた。


「でも、おかーさん言ってる。おとーさん、お口悪いけど、ほんとはさみしがりやって」


 子供というのは恐ろしいものだ。

 自分の発言がどんなものかを気にしないからだ。

 怒りにプルプルと震え、我慢の限界に達していた英成が、拳を強く握り締めて唸る。


「な……ん……だ……と? 誰がァ! 誰が寂しがり屋だコラァ!」


 英成は噴火した火山のように爆発した。


「ちょっ、落ち着くのです、英成くん」

「落ち着けるかぁ! 四王者がいない今、街で最強の不良であるこの俺に向かって、このガキは―――」


 寂しがり屋。それは実は刹華にも指摘された図星でもある。

 だが、それを見ず知らずの子供に言われたことが、英成には我慢できなかった。

 しかし、オルタは……


「えっ、おとーさんは寂しんぼだよ? ふふ~ん、オルタ知ってるよ~?」

「な、なに?」

「おとーさんは、皆で一緒におねんねしてるとき、内緒で赤ちゃんみたいにお母さんやセツカママとか『みんな』のおっぱいに甘えてるの知ってるもん!」

「――――――――――!?」

「お母さんたちはニコニコでおとーさんを、イイコイイコしてるの、オルタ知ってるも~ん」


 もはや、それは街や学校で恐れられている不良の衝撃的な事実。

 

「「「「「ぷっ……」」」」」


 たとえそのことが自分じゃなくても、クラスメートたちに笑われてしまった。

 そして、刹華も顔を隠しながらも笑いが抑えられず……


「ぷっ、ふふ……確かに」


 と呟いている様子。

 もう我慢の限界だった。


「おい、クソガキィ! 今すぐ、テメエの母親のところへ俺を連れて行け!」

「お、おかーさんのとこ? でもー」

「デモもクソもねえ! 慰謝料たんまりふんだくるぐれーのことをしねえと収まらねえ! 直接母親にナシつけてやらァ!」


 英成はオルタの頭を掴んで、教室から外へと飛び出した。


「キャーッ、オルタちゃんが誘拐されたわ!」

「あっ、ちょっ……仕方ありません、私も行きます。皆さん、先生にはそう言っておいてください!」

「あっ、近衛さん!」


 英成はクラスの制止を振り切って、学校からオルタをつれて飛び出した。

 とにかく、オルタの親に文句を言わなければ気がすまなかった。

 そんな英成を放っておくことができず、刹華も慌てて自分の鞄を手に取ってその後を追って走った。


「んで? お前の母さんはどこ居るんだ?」

「おかーさんは……おウチにいるけど……」

「じゃあ家に連れて行け! 一人で俺に会いに来れたぐらいだから、近いんだろ?」

「ううん。とーいよ」

「ならバイク使う。とにかく、その母親とやらに今すぐ会わせてもらうぜ! いいな!」


 オルタは少し「んー」と唸ったあとに、直ぐにニコッと笑った。


「うん! おかーさんは忙しいけど、おとーさんと一緒ならいいよね?」

「ああ。いいに決まってる。忙しかろうと、知ったことか!」


 英成は学校からオルタを抱えて走り出していた。

 普通に見れば不良が幼女を誘拐している光景に見えなくも無いが、オルタは絶叫マシーンに乗っているかのように楽しそうにハシャイでいたために、怪しまれずに済んだ。

 自宅に戻ると、英成はアパートの前に止めてあるバイクにキーを差し込む。

 シルバーのネイキッドバイクだ。


「おとーさん、これ何?」

「あん? バイクも知らねえのか? 乗り物だよ」

「乗り物? いつも馬車だもん」

「なんだそりゃ? 俺の愛車を馬と一緒にすんじゃねえ」


 自分用と、もう一つ別のヘルメットを用意する。

 ハンドルを握る腕と腕の間にオルタを座らせ、ヘルメットを被せる。


「ちっ、ブカブカだが無いよりは……って、何で俺は二人乗りしてんだよ。抱いた女以外は俺の魔蓮号には触らせねえと思ったのに、よりにもよってガキが……」

「おとーさん?」

「全て母親の所為だ! 潰す! 行くぜ、魔蓮号! フルスロットルでぶち抜く!」

「えっと、いいの?」

「ああ、さっさと案内しろ!」

「うん、分かった」


 しかしその時、オルタが妙な行動をした。

 頷いたオルタは、ゴソゴソと服の胸元に手を突っ込み、何かを取り出した。

 ジャラジャラと取り出されたのは、宝石のような石が埋め込まれたペンダント。

 オルタが首に掛かっているペンダントを握り締め、何かをブツブツと呟きだした。


「オルタ? つうか、ガキのくせに随分ジャラジャラと……何だ、そのアクセサリーは?」


 突然のオルタの行動に、首を傾げる英成。


「うーん……、ちちんぷいぷい!」


 オルタは、妙なことを口走った。


「オメー……何を?」

「おとーさん、今話しかけるのダメ。しゅーちゅーできない。やりなおし!」


 プンプンとした顔を見せるオルタ。

 英成が呆然としてしまった次の瞬間、オルタの握っているペンダントから淡い光が漏れだし、英成とオルタを包むような風が巻き起こった。


「な、なんだこれは!」


 淡く輝きだした光が渦を巻く。渦巻いた光が自分たちを引き寄せようとする。

 まずい! 英成は直感的にそう感じ取った。

 そして、自分の目の前に居る四歳の幼女に得体の知れぬ何かを感じ取った。


「いくよー、おとーさん」

「ま、待てオルタ! テメエは一体、なんなん……」

「ちちんぷいぷい、おーぷんせさみ、っくしゅん!」


 目の前に現われた光の渦から発する風が、勢いを増した。

 その風に抵抗しようとするが、耐えることは出来ない。

 英成はオルタと共に……


「追いつきましたよ、英成くん! 一旦落ち着い……え!?」

「うおっ、刹華!?」

「え、きゃっ、ちょ、な、なんです?!」


 そして、ここに来て追いついた刹華までも、突如現れた光の渦に吸い寄せられ、そのまま中に飲み込まれてしまった。


「なな、なんじゃこりゃ!」

「え、な、何なんですか、これは!?」


 光の渦の中、まるで無重力のように体が浮き上がる感覚。

 上下左右、どこまで吸い込まれても壁も天井も見当たらぬ世界。


「『フォリス』だよ?」


 混乱する英成と刹華と違って、英成の様子を不思議そうに見ながら、オルタは冷静に答えた。


「「ふぉ、ふぉりす?」」


 言われたところで、何がなんだかサッパリだった。

 抵抗しようにも、ただ宙を漂うしかない自分自身。

 自分は何故こんなことになっている? 自分はどうなってしまうのだ?

 未知の体験に、頭が混乱するしかない英成と刹華

 そして、このわけの分からぬ空間の中で、大きな穴が見えた。

 暗く、穴の奥がどうなっているのかは、分からない。

 だが、二人の意思とは関係なく、その穴の中へと英成と刹華は飛び込んでしまったのだった

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