第6話 四王者

 大人も社会も敵だった。

 両親も世の中の大人も自分をゴミのように見る。だが、それで構わなかった。

 むしろそういう連中にこそ中指突き立て反発してやるのが自分の生き様だった。

 反逆し続けるのが生きがいだった。

 力でわがままを貫いた。

 抱きたい女は口説いて自分のモノにしてきた。

 誰にも屈服せず、自分のやりたいように生きてきた。

 そんな日々の中で、殺したいほど嫌いな奴がいるのは良いことだった。

 そいつらと殺りあっている時は、さらに生きていると実感できるからだ。

 そんな者たちこそ、自分にとって変わりのない繋がりだったのかもしれない。



「聞いてくれ。実はオイラは本当に『魔王』なんだ」



 その不良は英成に、そしてその場に居る男たちに言った。

 夜の神社。鳥や野良猫の気配すら完全に消え去った境内では、シルバーのネイキッドバイクのエンジン音だけが煩く響いていた。


「急に呼び出したかと思えば、何を言ってやがる。魔王はテメェのあだ名だろうが」


 この街には代表的な四人の不良高校生が居た。


「そう、俺たち四王者の一人、魔王・王堕延永おうだのぶなが


 時には四バカ。ワルガキ日本代表。クズの成れ果てなどと色々言われた。

 中でも一番この街で浸透した名は『四王者』だ。

 四人はそれぞれ、『皇帝』『帝王』『魔王』『覇王』と呼ばれた。

 四人の誰がトップになるかは、政治家の選挙よりもこの街の男には関心事だった。



「人目もねぇのは寂しいが……まぁ、構わねえ! オラ、さっさと最強を決めようぜ。そして俺がテッペンに立つ!」



 志鋼英成は四王者の一人の『皇帝』と呼ばれた。

 四人の中では一番学年が下だが、それでも四人は対等だった。



「志鋼英成の言うとおりだ。自分も決着だと思って来たのだが。違うなら帰るが、そうでないのなら自分の全身全霊を持って相手をしよう」



 英成の言葉に頷く四人の内の一人。

 『帝王』こと亜礫燦牙あれきさんが。高校二年生。

 不良といえば派手目を想像するが、髪も黒で前髪が少し目にかかる程度と普通。

 体格もスリムで細身。一見、決して不良には見えない落ち着いた振る舞いと口調の男が淡々と言う。



「くだらぬ話ならば俺は帰るぞ。だが、英成の言うとおり決着をつけるのならば是非もない。なんなら貴様ら三人まとめて捻り潰してもいいぞ? いや、その方が面白いな! だから来い! 全員まとめて殺してやろう! 今すぐだ! この俺を滾らせろぉ!」



 そして次に口を開いたのは、『覇王』こと瀬喜航宇せきこうう

 英成より二つ上の高校三年生。

 金髪のオールバック。仏頂面で筋肉隆々で四人の中では一番体格が大きい。



「怒るなよ。エイちゃん、サンちゃん、コウちゃん。オイラもワリーと思ってんよ」



 そして『魔王』。その男の名は王堕延永おうだのぶなが


「オイラとコウちゃんは何だかんだでもうすぐ卒業だ。そしてオイラは卒業後に街の不良を引退してパラダイスに行こうと思う」


 ドレッドヘヤーで上下が黒のトレーナーにスウェットに無精ひげ。

 英成はこの男が一番嫌いだった。

 人生で唯一自分より目つきが悪く、イカれていると思える男だったからだ。


「この街の最強の不良ワルは分からねえし、実際のところ腕っぷし最強にオイラは興味ねえ。ただ、少なくとも……この街で一番の悪だったのはオイラだ。そんなオイラが唯一認めたのがお前ら三人だ」


 そんな男が興奮で喜々とした笑みを浮かべながら身を乗り出した。


「なあ、三人とも。オイラたちは何度もやりあった仲だろう? これからオイラが向かう世界に比べりゃカスみたいな武勇伝だが、それでもお前らがオイラと対等扱いされていることに悪い気はしねえ。お前らは本物の魔王に認められたんだよ。その不良という種族がだ」


 背筋が震えるような延永の笑みは止まらない。


「オイラと一緒に来な! 一生バカやって、血が滾って、いつまでもワルガキでいられる世界に連れてってやるよ。これからもバカみたいに遊ぼうぜ、悪友ども」


 それが、この三人を英成が見た最後の日だった。



「くだらねえ。俺ァ帰るぞ。家に女待たせてるんでな」


「待てよ、エイちゃん。その場所へ行けばレベルアップの特典ももらえるぜ? 特典内容はバラバラだと思うけどな。そこでもっと高みの最強決定戦もできるぜ? 色んな女も抱き放題だ」


「何言ってんだか……お前、ヤクザの詐欺の片棒でもしてんのか?」


「これで最後かもしれねぇからだよ」



 最後? 英成はそんな言葉を鼻で笑った。

 何故なら英成にとって、ありえなかったからだ。

 この時の英成に、自分たちの戦いに終わりなんて感じた事がなかったからだ。


「俺たちの最後は四人のうち三人の息の根が止まった時さ。卒業だろうが引退だろうが知ったことかよ。今日中にやる気がねえなら、俺は帰る」


 英成はその日、それだけを言って帰った。魔王の言葉に大して興味も無かった。

 帝王と覇王もそうだと思っていた。

 だが、次の日に三人はこの街から居なくなっていた。

 事情は分からないし、何があったかも分からない。

 ただ一つ分かったことは、自分一人だけ取り残されたような虚しさだけが英成に残った。




 それが一年前のことだった。

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