第2話 佐々木伊織②

「おじゃましま~す……」


 気まずそうに言って、伊織は玲児の部屋に入った。

 普通に片付いた、普通の男子の部屋だ。

 洋室で、ベッドがあって、本棚には流行りの漫画、机にはパソコン。

 特にエッチな道具もなければ、如何わしい本があるようにも見えない。探せばあるのかもしれないが、お願いされたら誰とでもヤル男には不要なのかもしれない。

 玲児は適当に鞄を置くと、伊織の目の前で服を脱ぎ出した。


「ちょ! 待ってよ! 早いってば!」

「部屋着に着替えるだけだ」


 言葉通り、玲児は短パンのジャージとTシャツに着替えた。

 ベッドに寝転んで、携帯モードにしたスイッチで遊びだす。

 そんな玲児を、伊織は茫然と見つめている。


「……なにしてんの?」

「桃鉄」

「……一人で?」

「物件を全部買い占めたい」

「暗っ! 陰キャじゃん!」

「そうだな」

「……じゃなくてさ、ヤラないの?」

「準備が出来たら教えてくれ」


 スイッチで遊びながら、玲児は言った。


「……別に、いつでもいいんだけど」

「それを決めるのは伊織だ」

「……もしかして、ヤラせてくれるって、あたしがあんたにご奉仕するって事?」

「いいや。伊織がして欲しいように俺がヤル。いつヤルかは、伊織が決めろ」

「はぁ……」


 奇妙な気持ちになりながら、ふと伊織は部屋の中を見渡した。


「……まさかと思うけど、録画とかしてないよね」

「してない。俺は犯罪者じゃない」

「……でも、怪しくない? お願いされたら誰とでもヤル男とか」

「そう思うなら帰ればいい。別に俺がヤリたいわけじゃない」


 NPCに先にゴールされて、玲児は舌打ちを鳴らしてデータをロードした。


「……まぁ、あんたって有名だし、悪い噂は聞かないから信用するけど」


 その言葉に、玲児は鼻で笑った。


「お願いされたら誰とでもヤル男なんて、最悪の噂だろ」

「でも、本当の事なんでしょ?」

「……そうだな」


 玲児は黙った。

 暫くお互いに沈黙して、おもむろに伊織は言った。


「じゃ、ヤろっか」

「どうして欲しい」

「えーっと……いい感じで?」

「俺は美容師じゃない。いい感じにして欲しいなら、そうなるように注文しろ」

「そんな事言われてもあたし初めてだし! ぁっ」


 口を滑らせて、伊織は慌てて口を塞いだ。


「……なーんちゃんて? 信じた? なわけないじゃ~ん! あははははは……」


 作り笑いが虚しく響く。


「初めての相手は少なくない」

「そ、そうなんだ」


 仲間がいるようで、伊織はホッとした。


「高二になって、周りはみんな卒業していく。処女だと思われると恥ずかしいが、その為に彼氏を作るのも違う気がする。だけど、経験者の振りを続けるのも大変だ。そんな理由で俺を利用する奴は多い」

「そ、そうなんだ……」


 思っていた以上に仲間が沢山いるようで、伊織は複雑な気分になった。


「俺に言わせれば、下らない理由だ。みんな、セックスに夢を持ちすぎてる。実際にやってみれば、そんなに気持ち良いもんじゃない。自分でする方が、ずっと楽で気持ちいい」

「それって、あんたが下手なだけじゃなくて?」

「かもな」


 あっさりと、玲児は認めた。

 伊織としては、ただの軽口なので否定して欲しかった。


「……でもさ、周りはみんなやってるし、夢を持ちすぎてるって言われても、ヤッた事ないんだから仕方なくない?」

「だから俺みたいなのを利用するんだろ。それで、終わった後で良くなかったとか言われても困るから言っただけだ」

「そうだけど、そこは頑張ってよ。初めてなんだし、出来れば気持ちいい方がいいんだけど」

「努力はするが、俺に出来る事は多くない。特に、初めての相手はな。気持ちよくなりたいのなら、自分の性癖には素直になる事だ」

「例えば?」

「目隠し、拘束、言葉攻め、コスプレ、臭いフェチ、露出、特定の性感帯とか、それこそ人それぞれだ」

「目隠しに拘束って……あたし、そんな変態じゃないんですけど!?」


 真っ赤になって伊織は叫ぶ。


「こんなのは全然普通だ。中には、俺にも対応出来ない癖を持つ奴もいる」

「普通かなぁ……」

「別に舞台で発表するわけじゃないんだ。普通かどうかなんて、どうだっていいだろ。愛もない相手とセックスするのに、気持ちよさを追求しないなら、俺とヤル意味はなんだ? まぁ、それでいいなら俺は構わないが」

「あたし的には、ちょっと処女捨てるだけのつもりだったんだけど……」

「ちょっと処女を捨てるだけならすぐ終わる。中に入れて出して終りだ」

「それはちょっと違うくない!?」

「なにが違うんだ」

「わかんないけど、全然違うじゃん。絶対気持ちよくないし」

「そういう事なんだよ。こんな馬鹿な事をするんなら、気持ちよくなけりゃ救われないだろ」


 投げ捨てるように玲児は言う。

 そんなもんかと伊織は思った。


「じゃ、じゃあ、ラブラブな感じがいいんだけど」

「具体的に」

「ぐ、具体的にって、わ、わかんない?」

「俺は超能力者じゃない」

「でも、経験豊富なんでしょ!?」

「だからこそだ。みんな、自分の事は普通だと思ってる。けど、全然違う。背中を撫でられて喜ぶ奴もいれば、くすぐったいと怒る奴もいる。愛撫一つとったって、普通なんてものは存在しない。キスをしたがる奴、好きな相手とでなければキスは絶対したくない奴、本当に、色々だ。適当にやってもいいが、思いもよらない事で伊織を傷つけるかもしれない。俺は加害者になりたくない」

「わかった、わかったってば! もう、チャラ男のヤリチンかと思ったら、結構真面目じゃん」

「お願いされたら誰とでもヤル男が真面目なわけないだろ」


 突き放すように、玲児は言った。


「そうだけどさ……う~。これ、口で言うの、かなりハズイんだけど」


 真っ赤に茹って伊織は言った。


「なら紙に書くか?」


 玲児はベッド脇の棚からノートとシャーペンを取り出した。


「証拠が残るようなのはちょっと……」


 性癖を羅列したノートが残るとか、どう考えても怖い。


「みんなそう言う。だから、終わったらそのページは破って伊織に渡す。あとはそっちで処分してくれ」

「む~……じゃあ、それで」


 伊織はノートを受け取って、三十分程かけて理想の初エッチプランを書き出した。


「……笑わないでよ?」


 ノートを玲児に渡す。


「お願いされたら誰とでもヤル男より滑稽な話があるか?」


 皮肉っぽく言って、玲児はノートを確認した。


「……長いな」

「やっぱなし! 返して!」


 飛び掛かる伊織に抵抗もせず、玲児はあっさりノートを渡した。


「別に普通だと思うが」

「嘘! 絶対嘘!」


 涙目になって伊織は言う。こんな知らない男子相手に、なにやっちゃってんだろ! という後悔に襲われる。


「嘘じゃない。むしろ丁寧なラブラブエッチは平凡な部類だ。中には気絶寸前まで首を絞めてくれと頼んで来た奴もいる」

「……それ、やったの?」

「やった。相手の希望には出来るだけ答える事にしてる。かなり練習したが、時々ある注文だから、無駄にはならなかった」

「そ、そうなんだ……」


 そんな話を聞かされたら、伊織は自分の少女漫画みたいな初エッチプランなんか全然普通のような気がしてきた。


「……じゃあ、お願いするけど」

「憶える時間をくれ」


 受け取って、玲児は真剣な顔でノートを見つめた。

 小さく口だけ動かして内容を黙読する。

 伊織はそれを見て、裸を見られているような恥ずかしさに襲われた。

 赤い顔をしてばくばくと高鳴る心臓を押さえる伊織に気付いて、玲児は言った。


「多分だけど、伊織は恥ずかしいのが好きなタイプだと思う」

「ふぇ? ない、ないない! そんなわけないでしょ!」

「そう思っただけだ。違うと思うなら、聞き流せばいい」


 視線をノートに戻して、黙読を再開する。

 色々考えて、伊織は言った。


「えーと、ちょっと書き直して良い?」


 その言葉を待っていたように、玲児はすっとノートを渡した。


「気が済むまで直せばいい。初めては一度きりだ」

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