幼馴染はかく語りき

 飛島とびしま飛鳥あすか小牧小町こまきこまちは、幼馴染である。


「飛鳥はさ、私で興奮できる?」


 その関係を見直すべく荒療治に挑むと、小町は先日言っていた。


 小町の言う荒療治とやつに一抹の不安を覚えていたのだが、その予感は見事に的中した。まさか長年連れ添った幼馴染の口から、こんな言葉を聞く日が来ようとは。

 

「なんだよ藪から棒に」

「ヤブカラボーって、駄菓子の名前みたいな響きしてるよね」

「あれ、なんだろうこの既視感は」

「本題に入る前のジャブみたいなものだから気にしないで」

「まさにジャブ」


 俺がジャブを軽くいなしたところで、彼女はわざとらしく咳ばらいをしてみせた。


「色々考えてみたんだけどさ、仮に付き合った後のことを想像してみるのが一番の近道かなって」


 ジャブの後にくるのは、ストレートだと相場が決まっている。

 小町の発想は、まさに直線的ストレートかつシンプルなものだった。


「ま、近道には違わねえな」

「でしょでしょ!」

「で、なんでそこから俺が小町の貧相な体に興奮できるかどうかって話になるんだ?」

「そりゃあ、付き合った先にあるものって、つまりはそういうことじゃん? ドキドキしたり、キュンキュンしたり、興奮したりできない相手と付き合いたいとは思わないじゃない」


 俺の幼馴染の良いところは、このように物事の本質を見極めることができるところと、表裏のない性格だ。


「ところで誰が貧相な体だって? あァ?」

「小町さん、やめて。関節技はやめて。骨がバキバキしてる」


 そして悪いところは、このようにすぐ俺の関節を極めるところと、表裏のない性格だ。


「で? どうなのよ?」

「考えたこともねえからわからん」


 恋慕、欲情といった感情は、家族愛から最も遠い感情だ。

 飛島飛鳥と小牧小町は、長く共にありすぎた。俺が小町に抱く愛情のようなものは、家族に抱くそれと相違ない。 


「……じゃあ質問を変える。飛鳥の好きな女性のタイプは?」


 それはきっと、小町も同じはずだ。


 それでも彼女は、納得したいのだ。自分の感情、俺たちの関係に。喉の奥から絞り出したかのような問いかけには、そんな意思が汲み取れた。


 意固地、頑固、向こう見ず。

 それが小牧小町の良いところであり、悪いところでもある。


「パツキン美女で」

「ふむ」

「身長が高くてスポーティで」

「ほう」

「出るとこ出てるグラマラスお姉さん」

「当てつけかこの野郎」

「小町は当てるだけのものないからな」

「あるわい! まだ眠りについてるだけじゃい!」

「すみません。よくわかりません」

「ポンコツAIか?」


 思い返せば、好きなタイプだとかどんな異性が理想だとか、そういった類の話を小町とした記憶がない。意識的か無意識か、避けていたようにも思う。


「小町の好きな男のタイプも教えろよ」

「まず背が高くてスマートで」

「ほうほう」

「頭が良くてスポーツ万能で」

「なるほど」

「笑顔の素敵な紳士!」

「お前……俺のこと好きすぎだろ」

「すみません。よくわかりません」

「ポンコツAIか?」


 それは、兄弟と恋愛話をするような小恥ずかしさがあったのかもしれない。

 少しは真面目な話になるかと思いきや、二人していつもの調子でふざけてしまうのも、一種の照れ隠しであるように感じた――


「ところで飛鳥はさ、エッチな本とかDVD、どこに隠してる?」


 なんて、人がちょっぴりセンチな気持ちになりかけていたというのに、こいつときたら。


「本棚の漫画の裏と、冬物衣類の下」

「めっちゃ素直に言うじゃん」

「どうせ小町にはバレてるし」

「あと引き出しの二重底もね」

「そこはバレていないと思ってたのに」

そこだけに」

「失意のどん底だよ俺ァ」


 幼馴染という存在は、これだから恐ろしい。

 俺以上に、俺のことを知っている。


「と、いうわけで!」

「どういうわけだよ」

「飛鳥には宿題を与える! そのえっちな本とかDVDを家に帰ったら確認して、中身を私に報告すること!」

「え? 新手の拷問ごうもん?」

悶々もんもんとするのはあんたでしょ」

「いちゃもんだ」


 そして、彼女はさらに俺のパーソナルな部分に土足で踏み入れようとしていた。幼馴染シンドロームへの特効薬と言えば聞こえはいいが、それはあまりにも劇薬すぎやしないだろうか。


「大事に隠して保管するほどのお気に入りグッズには、きっと飛鳥の深層心理が現れているはず」

「えっち本に現れる心理なんて浅瀬も浅瀬だろ」

「しかぁし! 口ではグラマラスお姉さんが好きだとか言いつつも、本を開いたらそこにいたのは、私みたいなちんちくりん女子……みたいな可能性もあるはずだ! そうなれば、飛鳥は深層心理で私を異性として見ていて、欲情していたということになぁる! 誰がちんちくりん女子だゴルァ!」



 ――というやりとりがあったのが、ほんの数刻前のこと。

 

 荒れ狂う幼馴染に恐怖と哀れみを覚えつつも、俺は本棚の裏と冬物衣類を掘り起こした。俺はなんて律儀で甲斐甲斐しい奴なのだろう。


 本棚の裏と冬物衣類の下からは、ピンク色をした記憶と共に、お目当ての代物が見つかった。その結果を、すぐさま小町に連絡する。


『パツキン美女のファン祭り』

『神は死んだ』


 グラマラスでセクシャルな、金色の結果を。


『引き出しの二重底は見たか』


 これは流石の小町も懲りたろうと思いきや、続けざまに連絡が入る。そういえばそんなところにもお宝を隠していたはずだが、どうして彼女がそれを知っているのだろうか。今は考えないことにする。


 数年前、友人の悪ノリの末に譲り受けた代物だったはずだが、その記憶すら朧気だ。引き出しの底を二重にしてまでひた隠し大切にしていた理由に関しては、これっぽちも思い出せない。


『何が入っていた』


 引き出しの底に眠っていたブツに手をかけた途端、再度小町から連絡が入る。


 こればかりは、これだけは、小町にだけは言えない。


 俺がこのブツをこれほどまでに隠匿していた理由に合点がいった俺は、大きなため息をつきながら、手中の本のタイトルに目をやった。



『清純派美少女大特集

 ~〇〇マルマル小町たちの××チョメチョメな一面~』



 飛島とびしま飛鳥あすか小牧小町こまき こまちは、幼馴染である。


 固く閉じられた机の底は、まさしく記憶と心理の深淵であった。

 深淵を覗く時、深淵にいる幼馴染もまた、こちらを覗いている。

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