幼馴染シンドロームの処方薬
稀山 美波
幼馴染という病
「私ってさあ、あんたのこと好きなの?」
小町と肩を並べて歩く、いつもと変わらぬ帰り道。そこに、いつもとは違う空気が流れた。いつもと変わらぬ様子で隣を歩く幼馴染から、いつもとは違う言葉が零れ落ちたのだ。
「なんだよ小町。藪から棒に」
「ヤブカラボーって、駄菓子の名前みたいな響きしてるよね」
「ここで一旦CMです」
「口の中に入れたその瞬間、唐突に広がる思いもよらぬその美味さ! 美味い、安い、癖になる! こいつはまさしく鬼に金棒! 一口食べれば病みつきで、人生棒に振りかねない! 小牧製菓新商品、ヤブカラボー!」
「棒の押し売りが過ぎる」
「片棒を担いだのは飛鳥だよ」
「薮蛇だったか」
普段とは一味違う話題が挙がったかと思うのも束の間、結局普段と変わらぬやり取りに落ち着いてしまう。返答に困る話だったので、正直なところ少しほっとした。
「で、なんだっけ?」
「私って、飛鳥のこと好きなのかなって」
「普通こういうのって、『あんたって私のこと好きなの?』って聞かねえ?」
それでも俺は、閑話休題とすることを選んだ。
幾度となく、カップルだの夫妻だの夫婦漫才師だのと呼ばれてきた俺たちだ。この手の話も、それこそ飽きるほどにしてきた。さらっと聞き流してもよい話題だったと思う。
それでも俺が小牧の発言を掘り返したのは、これからの俺たちのことを思うと、避けては通れない話題であるように思えたからかもしれない。
「……また、クラスの奴らになんか言われたんだろ」
「なんか、って?」
「お前飛島に骨抜きにされたんだろ、とか」
「それは
「駆け落ちして行くあても無く二人で南を目指すんだろ、とか」
「それは
「思春期の男と女って、昔ほど簡単な関係ではいられないよな」
「
そう思いつつも、ついふざけた話題へと舵を取ってしまう。
ただでさえ、色恋に関する話題が苦手なのだ。加えてそれを小町としなければならないことに、どこかむず痒さを感じていた。
「飛鳥もよく聞かれるでしょ? 小牧と付き合ってるのか、って」
「耳にできたタコに自我が芽生える程度には」
「んで、付き合ってないよって答えると、『でも好きでしょ?』って聞かれてさ。それを言われるとさ、何も返せなくなるわけよ」
それは小町も同じはずだ。それでも頑なに話を続けることから察するに、彼女としても俺たちのこの関係に何か思うところがあるのかもしれない。
「そりゃあ、飛鳥のことは、好きだし。でもそれは、クラスの皆が答えとして求めてる『好き』なのかって言われると、わかんないんだよねえ」
小町の言葉を聞いて、俺は大きく頷き肯定の意を示す。彼女のことが好きかと問われれば、もちろん好きだ。でなければ、こうして四六時中一緒にいたりしない。
「ラブなのかライクなのか……だなんて手垢まみれの表現じゃ表しきれないでしょ、私たち」
しかし俺たちはあまりに長い間、あまりに近くにいすぎた。それこそ、親兄弟よりも長い時間を共にしていると言っても過言ではない。そんな間柄の相手に対してどんな感情を抱いているかと聞かれても、答えなんて簡単に出てこない。
「ラブとかライクとか通り越して、もはやライフなんだよ、私にとって飛鳥は」
「ぜひこれからもリアルタイムの俺を堪能してくれ」
「もはやライブなんだよ」
こういうジョークは、腐るほど出てくるが。
「ああもう! 話が進まない! 水差すのやめてよ!」
「油は差していいか?」
「その発言が! 既に! 差してるんだよ! 油を、火に!」
いい加減にしろと言わんばかりに、小町の歯がぎしぎしと軋む。油を差すべきは、あるいは彼女の口の中だったのかもしれない。
「俺たちみたいな幼馴染って、どこも同じような悩みを抱えてるんだろうなあ」
「そう! これは、思春期を迎えた男女に共通してみられる症例なのだ! 言わば、一種の症候群! 名付けて、『幼馴染シンドローム』!」
付き合いの長さ故に、相手に対する自分の感情がわからない。
一歩退こうにも、一歩踏み出そうにも、勇気と理由がない。
それらはきっと、思春期を迎えた男女の幼馴染に共通して現れる症例に違いない。なるほど、小町が
「え、ダッサ……」
「うっさいなあ!」
「ごめんて。成人病ならぬ、青春病、ってか」
「え、クッサ……」
「お前が言う?」
ネーミングセンスの良し悪しは、別として。
「幼馴染シンドローム患者の中でも、私たちは重篤な方だと思うんだよね。こりゃあ荒療治が必要だ」
小町は無い胸を張りながら何度も頷き、嫌らしさ満載の笑みを浮かべた。向こう見ず、無鉄砲、出たとこ勝負――小牧のそんな性質がこの笑顔に詰まっていることを、俺は誰よりも知っている。小町がこの笑みを浮かべた後、碌な目に遭わないことも。
「荒療治って、何すんだよ」
「それはこれから考える」
それでも俺は、数ある小町の表情の中で、この嫌らしい笑顔が一番好きだったりする。その『好き』という感情の正体は、未だ掴めずにいるのだが。
「そうとなれば善は急げ! さあ、明日から忙しくなるよ飛鳥ァ!」
「忙しいという字は、心を亡くすと書く」
「どういう意味だこの野郎」
幼馴染という関係性と、俺たちが抱える『幼馴染シンドローム』という疾患に、メスを入れる時が来たのかもしれない。
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