死にざまと生きがい

羅田 灯油

「ならば、私はあなたを試してみたいと思います」


 ……人間、目の前に自分の無残な死体が転がっていたら、一体どのような反応を示すべきなのだろうか。

 勿論、そんな談笑時のブラックジョークにも使えないような質問に、正式な模範解答が存在しているわけもなく、絶叫するか号泣するか憤怒するかは、突き詰めてしまえば個人の自由となる。よって全てが正答となりうるのだ。


 しかし、僕の場合はそのいずれかに当て嵌ることも、なにか行動を起こすわけでもなく、ただただ呆然と、畑に佇むカカシと同じように力なく突っ立っていた。

 このなにもしないというケースは、果たして正答なのか、そもそも答えであるのかどうかという判定を下せる心の余裕は、今現在の僕には微塵もなかった。


 周囲には、流れ続ける鮮血により醸し出された濃密な鉄錆臭さが、重苦しく、地を這うように停滞している。


「……はぁ」


 漏れ出た呟きは、嘆息と言うより納得に近い。

 「ああ、アスファルトを覆い隠さんばかりに大量の出血をしていたら、間違いなく助からないよなぁ……」だなんて客観的に考えてしまうほど、腕も折れているうえ脚もひしゃげていて、どの角度から見ても生きている人間には見えるわけがなかった。美術館に飾られている抽象的なオブジェじみて滑稽な姿形は、まさしく死んだ人間の模範回答と評すべきだろう。


 近くの電柱を見てみれば、白いワゴン車がめり込んでいる。運転手はエアバックに全体重を預けてぐったりしているが、時折「うーん」と唸り声を上げていることから、僕とは違い奇跡的に生きているらしいことが窺い知れた。


「ああ、そうだったそうだった。たった今思い出した」


 一人寂しく、両手を打って納得して見せるが、内心の混乱は収拾がつく気配も見せてくれない――だが、これでははっきりした。

 僕は散歩中に、暴走してきた白のワゴン車に後ろから弾き飛ばされる形で、アスファルトの地面に何度もバウンドするほど思いきり叩きつけられ、息絶えたのだった。自分の死因を探るのにさえ、こんなにも時間を要してしまっただなんて……本当、馬鹿みたいじゃないか。


 同様に、服装だってあんまりだ。近所をぐるっと一周してくるだけの散歩だからと思って、チノパンにTシャツ、そのうえにパーカーを羽織っただけの格好にしたのは、致命的な判断ミスだった。ラフすぎるスタイルは、死に装束にはあまりにも似つかわしくないうえ、年相応に見せるどころか、かえってみすぼらしく見えてしまう。


 でも死んでしまったんだから、とやかく言う口だってない。

 死人は口なしでなければならないのだから。


「――って、僕思いっきりぺらぺら喋ってるんだけど」


 死人に口はないが、幽霊にだったら口はあるのかもしれない。非常に入り組んだ言葉の綾だ。


「しっかし」


 自らを落ち着けるために、僕は「はぁ」と溜息を吐いた。


「これからどうしようか……」


 染めることどころか寝癖を直すことさえ手間だと思い、乱れたままにしておいた頭を掻いてみるも、頭上で電球が光るようにびびっとひらめくこともない。目には見えない壁で仕切られた広大な迷路の中を、延々と彷徨っている気分だった。


 それよりも、だ。


 頭を掻いていた手の平を見つめてみると、輪郭線の辺りは皮膚らしい色味が残っていたが、下のアスファルトが透けて見えている。しゃがみ込んで地面に手を着けようとしたが、非情にも硬い感触を感じることは叶わず、するりと突き抜けていってしまった。

 今になってやっと気付いたが、足元も少しだけ浮いている。いや、少々違った。典型的な幽霊のように、薄っぺらくなって透けていた。下ろしたばかりのスニーカーは、大気に溶けて込んで消えてしまっていた。


 ――どうやら、僕は本当の本当に死んでしまったらしい。


 しみじみと絶望感を感じていたところ、こつり、という硬質な足音さえ響かせず、飾りっけが欠片もない黒いパンプスに包まれた爪先が、視界の端に入ってきた。なにぶん急な出来事だったので、驚き慌てて顔を上げてみると、太陽の逆光を背にした少女が立っていた。


 喪服のような……というより、喪服でしかありえないような黒づくめの格好である。

 初夏のこんな日には蒸して辛かろうに、長袖のジャケット、きっちり締めたネクタイに、プリーツスカート、タイツや、パンプスをも含めた一切が黒一色で統一されており、また日本人形を彷彿とさせる長いストレートの髪と円らな瞳までもが、磨ったばかりの墨を流したように真っ黒い。

 しかし対照的に、ワイシャツときめ細やかな肌は透き通るように白く、真一文字に引き結ばれた唇は、紅を差しているのかと見まごうほど赤く丁度いいアクセントとなり、不思議と黒色が放つ暑苦しい印象は抱かない。


 視点がしっかりと僕のアホ面に定められおり、急いで立ち上がった。

 少女は素面で言う。


「こんにちは、死神です」


 声はか細いながらも流麗で、凛と響き渡っていった。

 声の美しさに気を取られていたからだろう、『死神』という聞き慣れない単語にも、みっともなく動揺する様を見せずに済んだ。


「しにがみ……」


 図らずとも舌足らずな発音になってしまったことは気にも留めず、自分は死神だと名乗った少女は、僕の反芻を聞いて数ミリだけ頷いた。


「そう、死神です」


 不思議と、不吉な雰囲気や冷たく残虐な印象は持たない。だからなのかは自分でも分からないが、「ああ、そうなんですか」だなんて頭が悪いにもほどがある答えを返していた。


「ところで、その死神さんが僕になんの用ですか? やっぱり成仏を強要……促しに来た、とか?」

「その答えは『はい』でもあり、『いいえ』でもあります。要はあなたを回収しに参ったのです」


 回収、だなんて僕を意志ある人間とは見なさず、モノとして扱っていると誤解を受けかねないような言い方だが、本当に人間は死んでしまえばモノ扱いになるのかもしれない。死神業界を詳しく知らない素人の僕は、無暗やたらと言い返さないようにと思い留まった。


「それよりも、ちょっとお願いを聞いてもらってもいいですか?」

「はい、なんでしょうか。あまり大層なお願いは聞き入れられませんよ。そういったことはサービスにありませんから。生きている人間は、基本的に私達の姿を見ることはできませんし、声を聞くことにしても、なにか間接的な方法で存在を示すことにしてもできませんし」

「いや、そうじゃなくて」


 死神の少女は、きょとんとした表情ででこちらを見つめ返してきた。


「逝く前に少々――離れた場所でお話がしたいんですが」


 正直言うと、あれ以上自分の死体が転がった場所にはいたくなかった。

 血溜まりに溺れ死んだ自分を見ることが嫌だったのではなく、そんな自分を見て尚、形こそ混乱しているものの一向に表層に現れてこないことに、なんの感慨も抱かない自分が怖くなってきてしまったのだ。

 現実味がないのが一番の理由だったが、だからといって吐き気すら込み上げてこないのは人間としてどうかと思う。もう幽霊なのだから、人間時の常識非常識が通じないことはぎりぎり納得できるのだが、流石に自分が幽霊であることばかりは受け入れきれていなかった。死んでいることはなんとも思わなかったというのに、幽霊になってしまったことを受け入れきれないのは、なんとも不可思議な話である。


 そういった意味でも、誰かと話して気を紛らわせたかったのは本心である。

 取り敢えず間に合わせて向かったのは、僕の事故現場から少々離れた公園だった。滑り台とブランコが申し訳程度に置かれた、ささやかなものである。


「それで?」


 二人用ブランコに腰かけることもできず、立ちつくす僕の目の前で、どうでもよさそうに腕を組んでいる死神の少女が、これまた欠片の興味もないと言わんばかりの淡白な声で、僕に話しかけてきた。

 早いところ仕事をこなして帰りたいと見受けられる。なので「座らないんですか?」とは聞かないでおいた。


「なにかお聞きしたいことがあって話したかったんじゃないんですか?」

「あ、えーっと……」


 「別に。特に聞きたいってことはないんですよ」とは気まずくて言えやしない。

 死神と幽霊ではあるものの、れっきとした男女の取り合わせではあったが、談笑で花が咲く気配はほとほとなかった。元々そんなことを期待していたわけではなかったが、なんだか味気ない思いは拭えないまま、間を繋ぐために渋々口を開いた。


「死んで、死神に回収されると、その後はどうなるんですか?」

「そちらは死神の管轄ではありませんので詳しくは知りませんが、十中八九、輪廻転生の流れを汲み取っているのではないでしょうかと私は個人的に思います。人間一人を生み出すのに大量生産・大量廃棄というのも効率が悪いですし」


 本当に人間をモノとしか考えていない発言に、これには僕も苦笑を浮かべることしかできなかった。

 それから、死神の少女は続けた。


「死神は、人間社会では絶対的で、生死を司る荘厳なる神だとされています。見た目も、白骨死体が黒く裾の朽ちたローブを羽織り、身の丈以上もある大鎌で魂を刈り取っていく……そう戦々恐々と思われていることは、ある種死神冥利に尽きるので光栄ですが、現実はこんなものです。鎌も持ってはいませんし、白骨死体でもありません。人間の魂を回収する仕事だって、至極つまらないルーチンワークでしかありません」


 しかしながら、毎日毎日その繰り返しであるせいで、人間を『仕事で扱うモノ』としか認識できなくなってしまうのだろうことには、若干同情してしまった。


「そういうそちらも――」


 す、と視線ごと顔をこちらに向けて、死神の少女は問う。


「未練と言いますか……後悔は、微塵もないんですか? 死神に興味を示しての質問には感じられませんでした。あなたぐらいの若さでなら、まだやり残したことや叶えていない夢もおありでしょう」

「いや、それがですね」


 ないんですよ。


 悲しいことに、これまで二十年近く生きてきた中で大きな目標や夢や希望を持ったことがないのだ。

 夏休みの目標も冬休みの目標も、すべからく『早寝早起き』だった気がする。惰性のまま大学まで来てしまったが、これからの人生もそこそこな会社に入って、十人並みな奥さんを貰って、これまた普通を絵に描いたような家庭を気付いて終わるはずだったのだろう。僕ほどつまらない人間は、全世界を探してもいないと威張れるレベルにまで達していた。


「そう、ですか……」


 死神の少女の視線は、どこか責め立てるように冷やかだった。「あ、でも思い返してみれば心残りもありますねぇ」と取り繕っても、ある意味蔑視にも見える目つきは変わらなかった。


「他の人は、もっと大きな目標や夢や希望を持ってたんでしょうね……」

「ええ」


 死神の少女は、静かに首肯する。短い言葉の中にまで、僕に対する軽蔑の意志が確かに感じ取れたのは、この際言うまでもないだろう。


「ある人はプロのバイオリニストになりたいと言い、ある人は某世界的企業の次期社長の座を狙っていると言い、ある人は美人で非のうちどころかない奥さんを貰いたいと言い、ある人は野球チームを作れるほど子宝に恵まれたいと言いました。全員が全員とは言いませんが、皆さんそれなりに目標や夢や希望を語ってくださいましたよ」

「でも、あなたは死神だから……」

「勿論、恩慈悲をかけることなく回収しました」


 遮るように言った僕の弱々しい言葉を消し去るように、死神の少女は迷いなく言い切ってみせた。

 表情は限りなく削り取られている。彫像のように滑らかな横顔は、彫像のように無表情だ。目にも頬にも口にも、表情という表情を皮膚から剥ぎ取ったように存在していない。逆にそれが不自然で、無理矢理感情を顔に浮かべないようにしているようにも見受けられた。


「そうでしょう? でなければ、私は即刻クビになってしまいます」


 死神は冷酷に、人間の魂を刈り取っていく存在だ。当たり前だとは知りつつも、どうにも煮え切らない思いが、下腹の底でわだかまっていた。

 死神の少女は再び遠くを見つめるように、視線を前方へと向けた。


「泣きついてくる人だっていましたよ。こんな少女の風貌をしているのにもかかわらず、大の大人で、泣く子も黙るようなこわもてだというのに、地べたに這いつくばって、スカートにすがりついてくるんですよ。情けなく、惨めったらしくわんわんぎゃあぎゃあ泣き喚いて、嫌だ嫌だと駄々をこねるように首を横に振って、涙と鼻水で顔面をグチャグチャにしている人も、仕事だと割り切って回収しました。流石にあの時は来世で頑張ってくれれば……とは思いましたが。人並み以上に淡白な性格だとは自負していますが、私にだって少しぐらい躊躇う心はありますよ」


 一瞬、死神の少女の顔に陰りが見えてしまったのがいけなかった。無意識のうちに、僕はあろうことか「お優しいんですね」などと口走っていた。


「どこがですかっ!」


 ここにきて初めて――いや、おそらく死神の少女も初めてなのだろう、怒りを露わにした。


「本当にお優しい方ならば、そこで情けをかけて、生き返すものでしょう! それなのに、文字通り見殺しにしてきた私を『お優しいんですね』だなんて……まってくもって正気ではありません!」


 豹変したかの如く怒りを剥き出しにした死神の少女には、僕も気圧されてしまった。前言撤回をするよりも早く捲し立てられては、言い返すのもままならない。

 ずずいずずいと近づいてくる鬼の形相に、いつの間にか後ずさりしていた。


「第一、あなたはおかしいです! なんの目標も夢も希望もないのに、何故今の今まで生きていたんですか! 何故抗いようもない事故なんかに巻き込まれて死んだんですか! 生きたくもなかったはずなのに、何故いけしゃあしゃあと生きていたんですか! 意味が分かりませんっ!」


 死神である彼女が、元人間で現幽霊の自分に生きることを説くというのはなんとも皮肉な話だったが、呑気に考えている暇などなかった。

 たじたじになっている僕にやっと気が付き、死神の少女ははっとした。


「あ……すみません、柄にもなく熱くなってしまって」


 しなびた青菜のように身体を縮めていては、僕とて強く言いだせるわけもなく。


「え、ええ、別に大丈夫ですよ。気にしてませんし」


 などと見栄を張ってしまった。我ながら萎縮しまくっていたというのに、情けないのは僕の方だろう。

 だが死神などと、少女の外見にしては大層な役職だと思っていたが、死神と呼ぶには少々どころじゃなく人間臭い性分を持っているようだった。


「しかし、なんでですか?」


 死神の少女は、他ならぬ幽霊である僕に問うた。


「私なんかがこう言うのも変ですが――いえ、なによりも誰よりも死に携わる生業の私だからこそ言います。人間は、なんらかしらの糧を持って生きています。それは俗に『生きがい』と呼ばれるもので、それは大小様々ですが、誰しも持っているものだと思います。それはあなたも例外ではありませんよ。口では『ない』と言っていますが、私はあると思います」


 真っ直ぐで包み隠していない言葉だからこそ、こちらも言葉を包み隠さず、真っ直ぐに返すしかない。僕は「うーん」と唸って腕を組んだ。


「しいて言えば……生きがいを探すことが生きがいなのかな」

「生きがいを探すことが……生きがい、ですか?」


 首を傾げながら、死神の少女は台詞を反芻する。


「うん。こんなケツの青いひよっこ男子大学生なんて、今日と明日が楽しく、面白おかしく過ごせればいいと考えてるからね。毎日毎日、暇を潰すことだけを考えて過ごしてる。それこそ、つまらないルーチンワークみたいに」


 僕は上を見上げる。そこには真昼の澄んだ青空が広がっており、その空に浮かぶ雲をカウントするのと生きるのは、僕等にとってしてみれば同意義なのだ。


 言ってしまえば、彼女もまた同意義の存在なのだ。毎日毎日、魂を刈り取ることだけを考えて過ごしており、それこそつまらないルーチンワークだ。空に浮かぶ雲をカウントするのと同じように、死神の彼女は刈り取る魂をカウントする。淡々と、気が遠くなってしまうから考えないようにする。


「そう、ですか」


 諦めがついたように死神の少女は呟くと、ふわり、と空中で一回転し、視線が合う高さにまで浮かび上がった。眼前で行われても、ワイヤーアクションか精巧なCGだとしか思えない。逆さまであるにもかかわらず、プリーツスカートも長い黒髪も、地面に足つけ立っていた時となんら変わりなく、重力に逆らっている。


「ならば、私はあなたを試してみたいと思います」

「え――?」


 答えるよりも早く、僕は彼女が力を溜めに溜めた人差し指の弾き――俗に言うデコピンをされていた。


 まるで額を鉛玉で射抜かれたかの如き衝撃を食らい、痛みに喘ぐ数秒の暇もなく、座っていたブランコから砂に覆われたアスファルトの硬い地面へと、背中から叩きつけられる――と思いきや、これといった衝撃はなかった。


 見上げていたのは白い雲の浮かぶ、抜けるような青空ではなかったのだ。

 はっとして気付けば、そこは真っ白い、オキシドールの匂いが鼻を突く天井だった。徐々に状況を把握すれば、そこは紛れもなく病室の天井であった。


 清潔な布団に包まれて、腕から何本もチューブを生やしていながら、両足と両腕にギプスをまとわせていながら、

 美術館に飾られている抽象的なオブジェじみて滑稽な姿は、まさしく死んだ人間の模範回答だったのに――どうしようもなく、僕は生きていたのだ。精密機器から発せられる等間隔のリズムが、これ以上なく生きている事実を伝えていた。


 どうしてか無性に泣きたくなって、もう下が透けて見えることのない右手で、顔を覆ってしまった。


 生きがいを探すためだけに生きているとは生半可に思えないくらい、まざまざと生きていることを突きつけられ、もう一度死神の少女の姿を脳裏に思い描いた。


 あの、どこか人間臭い死神を。


 ……こうして奇跡とも言うべき九死に一生を得、僕は今、この文章を書いている。

 自分という存在を確固たるものとできるような大黒柱はまだ築けていないものの、生きがいを模索するために、この文章を書いているのだと思えるのだ。


 そして調べてみた結果、あの死神の少女が逆様になったのは、ただいたずらにではなく、ちゃんと理由があってのものだということも分かったのだ。

 タロットの大アルカナに属するカードである死神は、正位置だと『終末』や『破滅』、『死の予兆』など、死神の名に恥じぬ不吉なものばかりだが、逆位置になると同時に意味合いも逆転する。

 逆様の死神が意味するものは、『死からの再生』なのである。まさに現在の僕を指し示しているではないか。


 つまるところ、痛める心のあった彼女は、生きることに大きな目標も夢も希望も抱けなかった僕に自分を重ね、試してくれたのだろう。

 僕が生きがいを見い出せれば彼女の未来も安寧となり、逆に僕が生きがいを見い出せなければ、彼女の先は死神然とした闇に包まれてしまう。そんな願かけに似た気紛れが、僕を蘇らせたのだ。


こうして、僕は生きがいを模索し続ける生活に戻った。

 モラトリアムな生活は相変わらずであるが、案外悪いことではないのかもしれない。友人や家族が泣きながら喜ぶという、一生涯かかっても見れるかどうか分からないような面白い顔を拝むことができたし、誤って事故を起こしてしまった運転手の罪も、幾分か軽くなるらしかった。医師の話によると、奇跡的に大きな後遺症も残らないらしい。既に文章をすらすら書けるほどには、回復できているのだ。自分でもほっと胸を撫で下ろせるくらいには安心してしまう。


 もしかすると、あの死神の少女は女神様の間違いだったかもしれない。そんな人間の僕よりもずっと人間らしい、女神のような死神のおかげで、今、僕は生かされている。


 ……さて。

 まずはこの一連の物語を読んだ人が、いかに自分自身の生きがいを心に思い描くかが、問題だ。



 完

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