第15話

「お父様の・・・分からずやっ」


 いつもなら清々しいウォーリー伯爵領の朝なのに、私の気分は全く晴れていない。

 私がレオナルド王子のところへ嫁ぐか嫁がないか、ノーバルダム王国から独立するか独立しないかの話合いは平行線だった。


 いつも優しいお父様。

 

 私が幼い時に安易な考えで人として誤った方向に進みそうな時は、お父様は私の意見も尊重しながらも、ダメな理由のヒントをくれて人の道を外さないような教育をしてくれた。そして、私が成長してしっかりとした意見を持っていた場合は、いつも背中を押してくれていたお父様に今回は猛反対されてしまい、本当にショックだった。


(なんで、わかってくれないのよ・・・)


 今回の件は私のことというのがまた歯がゆい。お父様の深い愛情を理解し、嬉しいと思いつつも、王国と敵対するのはよくないと思っている。そして、人としての道徳を教えてくれたお父様が、伯爵という権力を使って私の意見に耳を貸さずに決めようとしている。これを誰かに相談しても、普通の親なら、普通の伯爵なら当たり前だと言われてしまうだろう。でも、私が尊敬したお父様はどんなに自分が正しくても、相手の意見を聞き、遠回りでもみんなが納得する方法を選ぶ人だったのだ。


「おはようございます、ミシェル様」


「おはようございます、神父様」


 いつもなら、天気や木々、そして町のみんなが元気かどうかなんて観察しながら、ゆっくり歩いてくるのに、今日は何も目に入っていなかったのか、記憶がないまま、目的地の教会に着いてしまったようだ。お父様も優しい顔をしているけれど、神父様もいつも優しい顔をしている。小さい頃にお会いした頃は垂れ目で無かったと思うけれど、お父様よりも大分年上な神父様は加齢とともに頬と目が垂れてきて、より優しい顔になってきた。


「長旅でお疲れでしょうに・・・。今日はかなりお早いですね」


「えぇ、ちょっと考え事をしていたら、早歩きになってしまったみたいです」


 あまりに早いと教会の方々も迷惑かなと、申し訳ない気持ちになった。


「あぁ、そうそう。これ、御土産です」


 私はポーチから、金色の十字架のネックレスを取り出す。


「こんな、貴重な物・・・いただけません」


 神父様は少し目を見開いて、断られた。


「いいえ、もらってください。王都でこのネックレスを見つけた瞬間、あっ神父様にぴったりだ、と思ったんです。貰ってください」


 私が両手の上に乗せて、笑顔で神父様の前に出すと、


「では・・・・・・頂戴いたします。本当に・・・ありがとうございます」


 そう言って、神父様は深々と頭を下げて、私から十字架のネックレスを貰ってくれた。そして、自分がしていたネックレスを取って、私の上げたネックレスを首にかけてくれた。


「うん、似合ってますよ」


「ほっほっほっ。ありがとうございます」


 私の見立ては間違いなかった。ペンダントは神父様にぴったりだった。ただ、まだ新品のネックレスは窓から差す太陽の光を反射させて、良く光っており、神父様は照れ臭そうだったけれど、嬉しそうで良かった。


「・・・・・・本当にミシェル様にも、ウォーリー伯爵にもお世話になっておりまして、感謝申し上げます」


 神父様は目をうるっとさせながら、私にお礼をしてくれる。私は神父様をへりくだらせてしまって、ちょっと申し訳ない。それに、今、ウォーリー伯爵であるお父様がみんなを裏切る行為をしようとしているので、私の心はチクチクした。


「どうしました、ミシェル様?」


「えっ?」


「違っていれば、大変申し訳ございませんが、なんだか、とても・・・苦しそうな顔をしております」


 心配されるのも本当に申し訳ない。

 

「ふふっ」


 私は笑っていた。別に神父様が面白かったわけではない。神父様の言葉が私を追い詰めたわけでもないのだけれど、私には余裕がなかった。そんな自分に対して、笑ってしまったのだ。


「?」


 当然のリアクションだと思うけれど、神父様は私が気が触れたと思ったのか心配そうに私を見る。


「あぁ、ごめんなさい」


 私は今まで勉強で悩むことはあっても、いろんなことを理解できるようになるのは楽しいから苦しいと思ったこともないし、力仕事とかで力をいれるために険しい顔をしたこともあったと思うけれど、お父様やみんなのおかげで、簡単に乗り越えて来れたから、苦しいと思ったことはほとんどない。人のせいになんてしたくはないけれど、こんな風になってしまったのは、全てレオナルド王子・・・・・・とその周りの人たちのせいだと思いたかった。


「今日はみなさんが来るまで時間があります。もしよろしければ、相談に乗りましょうか?」


 私の肩にそっと手を触れて、神父様が神様のような優しい声で私に話しかけてくれた。その顔はとても慈愛に満ち溢れており、私は笑ったばかりだったのに今度は泣きそうになった。

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